第六十二話
玲衣と紗夜から離れ、一人会社の外を歩く葵。
昼休みが終わるまで、あと半分。
「(……プレゼント……か……)」
葵の脳裏に浮かんでは消える、玲衣の言葉。
「(……そう言えば……狐川さんと初めて会ったあの日、彰良くん……クリスマスを一緒に過ごそうって……)」
インパクトが強過ぎた凛の出会い。
予想外の言葉の連発。
結局、あの日以降……クリスマスの話なんて出来ていなかった。
「……今更……だよね」
きっと、クリスマスの二日前に一緒に過ごしたいなんて…………彰良は、困るだろうか?
「(……クリスマスケーキも……何も、無いし……)」
毎年、一人ぼっちのクリスマス。
「……彰良くんの……家には、クリスマスの夜は居ない方が良いよね……」
でも、プレゼントだけでも何か用意したい……!
多分……彰良ならば、葵からのプレゼントを喜んでくれると信じて。
「……何が良いかなぁ……」
会社の近くに有る雑貨屋。
お昼ご飯の時間を削って、店を覗きに来た葵。
帰りは彰良が一緒だから。
お昼休みじゃなければ、彰良にバレてしまう。
「…………」
綺麗に整理整頓された棚。
男物ならば……ハンカチやネクタイが無難だろうか……?
「……食器……?」
そう言えば……彰良の家に丼がなかったと思い出す。
「……さすがに、クリスマスプレゼントで丼は笑われちゃうかな……?」
苦笑する。
恋人になって初めてのクリスマスプレゼントに丼。
ある意味では……葵らしいチョイスかもしれない。
「……あ……」
丼にしようかと、八割方固まった心。
しかし、なんとなく……マグカップコーナーへと目が向けば……
「……このマグカップ……」
色違いでペアのマグカップ。
黒地に銀。
白地に金。
それぞれに銀と金で描かれた三日月と星。
黒地のマグカップには、二匹の寄り添う犬。
白地のマグカップには、二匹の寄り添う兎。
寄り添った動物が、静かに月を眺めている。
「…………」
そのマグカップを見た葵の脳裏に、二人で見た月が浮かぶ。
「これ……」
まるで……葵と彰良の思い出の一幕を描いているかのよう。
「……よ、喜ぶかな……いや、私の方が……彰良くんが、このマグカップを使っている姿をみたいかも……」
ドキドキする。
胸が高鳴る。
「…………ふふ」
彰良用の分だけ、綺麗にラッピングをして貰って。
自分の分は、普通に袋に入れてもらって。
彰良へ渡す分だけ、大切に胸に抱き締めて。
葵は、幸せそうに微笑むのだった。
昼休みの葵とのやり取り。
どんなに仕事を押し付け、困らせようとしても。
糠に釘。
「(意味わかんない、意味わかんない、意味わかんないっっ!!)」
玲衣は、うがーっと頭を掻き毟りたい衝動に駆られる。
表面上は、いつもの微笑み。
しかし、内心は大嵐が吹き荒れている玲衣。
「立花さん」
有馬も、紗夜も、佐山も。
葵の味方になりそうな人間が出払った一瞬の隙。
「はい?」
苛立ちを少しでも解消しようと、玲衣は再び葵に声を掛ける。
「立花さんって仕事が早くて本当に助かるよ。」
「……ありがとうございます」
胡散臭い。
怒っている?
苛立っている?
そう感じるのに、何故か葵を褒める玲衣に首を傾げてしまう。
「そんな仕事の早い立花さんにお願いがあるんだ!」
「……はい」
ジッと見詰めた玲衣の顔。
なんとなく……
「…………泣きそう……?」
「は?」
小さな呟き。
「いえ、何でもありません。」
「…………」
出鼻を挫かれた。
「あー……うん。
取り敢えずさ、コレ。」
「…………?」
葵に渡された数冊分のファイル。
「ごめんねえ?
明日の朝一番の会議で使いたい資料なんだけど。」
「え……明日の朝一番ですか?」
時計を見る。
時計の針は、既に十七時を示している。
「うん!
本当は僕自身がやりたいんだけど……急用がはいちゃって!
真面目で仕事も早い立花さんだけが頼りなんだ!」
「…………わかりました。」
ありがとう!と微笑む玲衣。
「あ……!
全然別の話になるんだけどね…………犬飼くんに、他の女の子からプレゼントを貰っていた件は聞かない方が良いよ。」
「……どうして、ですか?」
「だってさぁ、そんなことを聞かれたら……恋人に信じてもらえてないって思うよ。
男からしたら、すごく嫌な気持ちになると思うんだよね。」
無害な微笑み。
しかし、毒を吹き込むような声音。
「それに……クリスマス当日も、もしかしたらさ……その子と約束しているかもね。
だから、そんな意地悪なことを聞かれたら、百年の恋も冷めちゃうかも」
「…………」
「好きだったら、何があっても黙って耐えるのが……立花さんらしくて良いんじゃないかな?
だって……そんな君を犬飼くんは好きになったんでしょう?」
男にとって都合の良い女。
どんな扱いを受けても、文句も言わずに黙って笑顔で尽くすだけの女。
……そんな健気で可哀想な自分が大好きなんだろ?
「……そう……ですね……」
「っ!」
玲衣を見ていた葵の視線が下がる。
肯定の言葉に、玲衣の口角が歪に上がる。
「恋人を信じているならば、聞かない方が良いことも有るでしょう。」
「だよね!
やっぱり立花さんは、良い女だよ……」
「だから」
やっぱりお前も同じだ。
そう思った玲衣の思考を、葵の声が止める。
「だから、クリスマスが終わったら……聞いてみます。
折角のクリスマスに水を差すのは無粋でしょうから。」
葵は下げていた視線を上げる。
「男性側の考えをご教授を賜り、ありがとうございました。」
柔らかく微笑み、感謝を告げる。
「……あのさ……聞くってことは、フラれるかもってことだよ?」
「そうですね」
何のことは無いように、葵はふわりと微笑む。
「私、犬飼くんからは一生ものの幸せを貰いました。
誰にも愛されることも、必要とされることもなく、一人ぼっちで老いて死んでいくと思っていた私が……一瞬だけでも暖かな夢を見れた。」
本当に。
本当に、幸せな夢。
愛していると、家族以外の存在から囁いてもらえた。
側にいてほしいと望んでもらえた。
「……とても、幸せな夢でした。」
あの日、あの時。
華乃が葵に叫んだ気持ちが……今なら分かる。
例え、自分の恋心を捨てることになったとしても。
大好きで、大切な愛する人が幸せならば。
その隣に居るのが、葵じゃなくても構わない。
悲しくて、苦しくて堪らないけど。
「っ………」
玲衣の顔が歪む。
「魚形課長は……不思議な人ですね」
「は?」
「私に似ているのに、反対っていうのかな?
そうですね……鏡合わせみたい。」
「なに、言ってんの?」
眉が寄る。
本気で意味がわからない。
「……ああ、でも……うん。
魚形課長は不安でも、悲しくても、苦しくても…………たくさん試しても、壊れない"何か"を探しているように感じます」
「っっ……?!」
頭に血が上る。
お前に何がわかるっと叫ばなかったことが……不思議で堪らない。
「っ……変なことを言う人だね。
なに、コレが噂の不思議ちゃんってやつ?」
だが、叫び返せば認めたことになる。
……そんなのっ、認めてたまるかっ!
「……失礼しました。
私は、業務に戻ります」
遠のいて行く背中。
見透かされた心が、玲衣は同仕様もなく歯痒かった。




