第五十九話
営業部へと貸し出された佐山と葵。
予定外に葵は帰ってしまったが、佐山を歓迎すると開いた食事会。
しかし、それも早々のうちに解散となっていた。
「…………」
適当に入ったBAR。
「アンタ、何やってんのよ」
しかも、予定外の相手も一緒に。
「んー……すずめさんが、僕の相手をしてくれるって珍しいよね。」
一次会。
あとは恋人同士で、と早々に立ち去った玲衣と紗夜。
その後、有馬と佐山がどうするかなど興味の欠片もない。
「もしかして…………噂の犬飼くんに近寄れないから、僕のこと狙ってる?」
ぼうっとした顔で笑う玲衣。
「は?
巫山戯ないでくれない?」
心の底から嫌だと隠すこともない紗夜の表情。
「アンタみたいな不良物件は、絶対にお断りよ。」
「酷いなぁ……僕、これでも女の子にはモテるんだけど?」
躊躇うことのない紗夜の言葉に、玲衣は笑ってしまう。
「確かに、好みじゃないけど顔が良いことも、稼ぎが良いことも認めてあげるわ。」
「でしょ?
だから、何年前だっけ?
一回だけ、僕とホテルに行ってくれたもんね。」
「墓にまで持って行きたい事案よ。
……あの時は、相当に酔っていたし、正常な判断が下せなかった自分が憎いわ。」
余りの言いよう。
「……そこまで?
さっきも言ったけど、僕って結構モテるし……悪い男じゃないと思うけどなぁ……」
「アンタ、女が嫌いじゃない。
嫌いな生き物にモテるとか嬉しくないくせに。
……しかも、そんなアンタの表面だけ見て近寄って来た女相手に……相当、酷い抱き方してそうだわ。」
カランっ。
紗夜がカウンターに置いたグラスから氷の音。
「へぇ……?」
玲衣の口角が上がる。
瞳に昏い光が宿る。
「……今日は、踏み込むじゃん。
何……それも、あの子の影響なわけ?」
琥珀色の液体が揺れる。
「影響とは違うわね。」
怯まない。
この男には、釘を差しておく必要がある。
「アンタに潰されたら、私の仕事に影響が出るの。」
「……たかが、総務の女が潰れたくらいで?」
「あら?
今日一日の働きを観察していたくせに。」
「……っ……」
口を開きかけて……閉じた。
確かに、玲衣は今日一日……葵を観察していた。
黙々と地味なパソコン業務をこなす。
担当となった有馬と紗夜の動きを把握し、先手を打つ。
ただ、ただ……有馬と紗夜が仕事をしやすいように。
見返りも、称賛も……求めることなく。
「……腹が立つ以外の収穫は無かったけどね。」
「それが、アンタにとっての一番の収穫なんじゃない?」
紗夜が苦い顔をした玲衣を鼻で嗤う。
「少なくとも、アンタが手酷く抱いてきた女達とは毛色が違うわよ。」
「……一緒だろ。
女なんて、どれも一緒だ。」
拗ねた子供のような顔。
「女の私を前に言う言葉じゃないわね。」
この男も、こんな顔をするのか。
腹の底から笑えてしょうがない。
「いいさ……女なんて、どれも同じだって。
最後に、正しいと証明するのは僕だからね。」
「……どうでしょうね?
少なくとも、普段は大人しいけど……本気で怒ったら、この私にも噛み付いてくるような子よ?」
面白いことが起きそうな予感。
少なくとも、紗夜にとってはマイペースな男の。
余裕ぶって、紗夜をからかう玲衣の表情が崩れるだけでも……相当に面白い。
「……そうね……あの子にちょっかいをかけると、犬飼くんも面白い反応をしそうね。」
「……アイツ、なに?
なんか……引っ掛かるんだよね。」
思い出すのは、玲衣よりも背が高くてガッシリとした身体。
仏頂面の黒縁眼鏡の奥に覗く、怜悧な視線。
立場は上の課長である玲衣に、一歩も引かずに対峙した男。
「……僕より身長が高い部下って、生意気だよね。」
「もしかして……アンタってば、身長がコンプレックスだったの?」
平均よりは大きいじゃない、と口元を手で覆う。
「っ……」
「図星?
可愛いところ、あるじゃない!」
目元が波打つ。
この男のこんな一面を見れる日が来るなんて!
「五月蝿いよ。
本当に、今夜の君はお喋りだね……!」
不貞腐れたようにグラスを傾ける玲衣。
「(……それもこれも……!
全部、僕の調子を狂わせた……あの女のせいだ!)」
隣で低く笑う紗夜も。
自分より身長の高い彰良も。
そして、何よりも……無欲そうなあの女!
「…………」
明日以降に何を仕掛けるか。
唇を尖らせながら、玲衣は思考を巡らせるのだった。




