第五十六話
クリスマスまで……あと数日の月曜日。
クリスマスが過ぎ去ってしまえば、いよいよ大晦日に向けてラストスパート。
そんな慌ただしい日常を彩るように。
葵や彰良を取り巻く人間模様も、様変わりしようとしていた。
「あー……みんなにも、伝えておくけども。
立花さんと佐山くんのことなんだが……」
既に、業務を開始して一時間ほど。
葵と佐山が吉村に呼び出され、三人で移動したにも関わらず……一人で戻って来た吉村。
総務課に並ぶ、デスクの一角より故意に目を逸らしつつ……重たい口を開いた。
「年末年始の繁忙期ということで……すまん、立花さんと佐山くんを営業部に取られちまった。」
一瞬静まり返った総務課。
「ええっ?!
何でその二人なんですかっ?!
総務だって年末年始はフィーバータイムですよっ?!」
「総務課の上位戦力じゃないですか!」
「しかもっ!
微妙に戦力ダウンで痛すぎる人選が地味に酷い!」
しかし、次の瞬間にはブーイングの嵐が巻き起こった。
葵と佐山。
幅広く総務の業務を理解し、迅速に処理できる上に、急な外部の怒れる来客のスペシャリストである葵。
社内の人脈はピカイチかつ、パソコン業務に関しては総務課内で一、二を争う知識、管理職のフォローもしていた佐山。
そんな二人が営業部に奪われたとなれば……総務課の戦力ダウンは免れない。
「……あー……まあ、営業部たっての希望でな。
此方としても、その人選は厳しいと伝えたんだが……うん。
……営業部の立て直しの意味も含めて、と言われると断りきれんかった。」
葵が不在と分かれば、一番ヤバい反応を返す一角が静かなことが恐ろしい。
「…………」
チラリ。
すぐに目を逸らす。
見なければ良かった。
「……少なくとも、籍は総務のままだから……その、まあ……年明け、には戻れる予定となって……」
「吉村課長」
歯切れの悪い吉村に、挙手した者がいた。
「…………何だ、犬飼くん。」
無表情なのに……黒縁眼鏡の奥のギラギラした目に命の危機を感じる。
「何故、葵先輩が選ばれたのですか?
佐山先輩一人で十分かと思うのですが?」
「はーい!
私も嫌ですけど、犬飼さんと同意見でーすっ!
……何か、誰かの意図を感じるんですけどぉ?」
無表情の彰良に続くように、華乃も明るく……表面上は笑顔で問いかけた。
「……総務課の主任クラスを一人配置するという案も有ったが……。
営業部の魚形課長より、総務課の負担も考慮して中堅二人となったんだ。
しかも、立花さんはあちらの孔雀主任の担当にも当てていたからな……断りきれんかった。」
彰良と華乃。
二人の猛獣から目を逸らしつつ、吉村は答えた。
その額には、一筋の汗が流れていた。
「……そうですか」
思案する。
「……魚形課長って、あの童顔で可愛い系の顔した人ですよね?」
「ああ。
本部からの出向組の一人で、確か……孔雀主任とは同期だと聞いた気がするな」
……どうやら、彰良の知らない場所で要らぬ虫が付いたのかもしれない。
会社の外部でも、内部でも……発生した季節外れの害虫。
その対処に、彰良は思考を巡らせるのだった。
彰良が葵の営業部へのフォローを依頼されたことを知った頃。
葵は淡々と自分のできる業務を進めていた。
「有馬主任、孔雀主任。
お二人が担当されている企業の一覧を有難うございました。
その上で、例年通りに総務の方で準備している年末のご挨拶に伺う際の手土産リストです。
クリスマス以降に順次、取引先へ伺われると思いますので日にちをPC上の共有一覧に入力するか、私へお伝え下さい。
当日朝には持ち出せるように手配します。」
「そう、わかったわ。」
「ありがとう、立花さん。
確認しておくわ。」
早速、紗夜と有馬のスケジュールを把握し、事前準備を開始した葵。
「また、お二人の担当企業一覧より、契約の更新日を年間スケジュールで共有できるように手配しました。
このスケジュールに不備が無ければ、此方に合わせてサインするだけの状態にして、必要な申請書類の手配をします。
……少なくとも、年明けから二月までの間に契約更新となる企業が有りましたので、ご確認ください。」
「立花さん……此方に移動して、まだ昼前なんだけど……仕事が早すぎないかしら?」
「ちょっと、そんなハイペースで仕事をして、あとで倒れたとか迷惑よ。」
葵は首を傾げる。
「……総務では、孔雀主任の業務対応を通常業務と並行していまし……?
此方に来たばかりなので、まだ受け持っている業務がないぶん時間を消費できます。」
どちらかと言えば、暇な方だと葵は本気で思っていた。
「……ああ、そうでした。
有馬主任、孔雀主任。
本日は、午後より雨の予報になっていました。
一応、総務の備品より傘を準備しましたので、お持ちになりますか?」
「……貰っとくわ。」
「……ありがとう」
そして、昼過ぎ……二人が外回りから戻れば、すかさず差し出される湯呑みとお茶菓子。
「孔雀主任、有馬主任。
寒いなか、外回りをお疲れさまでした。
大したものでは有りませんが、ちょっとしたオヤツと温かい緑茶を準備しています。
まだ、お茶は熱いのでお気を付けくださいね。」
「……立花さん……営業部の子にならない?」
「悔しいけど……ものすごーく賛成だわ」
ほっこり。
控えめな笑顔と共に差し出された湯呑みとお茶菓子を受け取りながら、主任二人の心はほぐし溶かされていくのだった。




