第五十五話
会社の小会議室に入った三人。
微妙に面倒そうな雰囲気を纏った吉村に、葵と佐山は顔を見合わせる。
「立花さん、佐山くん……すまん」
「藪から棒になんすか、課長。
ものすごーく嫌な予感がするんですけど……」
「…………」
吉村の様子に、葵と佐山は不安げな表情を浮かべる。
「つまりだな……」
ため息交じりの吉村が、面倒臭そうに口を開く……
――月曜日の朝の小会議室で語られた顛末。
葵と佐山。
二人の姿は、小会議室から移り変わり……
「あ、いらっしゃ〜い。
待ってたよ、佐山くん……立花さん」
歓迎するよ、と微笑む……営業部課長、魚形 玲衣。
「……しばらく、お世話になります」
「……よろしくお願いします……」
全ての始まりは、月曜日の朝の管理者会議。
「急な営業部の提案で総務課に迷惑をかけちゃって、ごめんね?
ほら……すずめさんも、謝って!」
「待ちなさい!
私も、有馬主任も!
総務課から人が来るって聞いてないわよっ!」
ハリセンで叩きそうな紗夜のツッコミ。
「え〜、そうだったけ?
んー、一昨日の夢の中ですずめさん達に相談した気がするんだけどなぁ……?」
「夢で相談されても、知る訳ないじゃないっっ!」
「魚形課長、夢のなかで相談されても困ります。
何か、営業部内における運営の方向性でご相談をされる場合は、現実でのみお受け致します。」
ヘラヘラと笑う玲衣へ、紗夜と有馬がそれぞれにツッコんだ。
「もう、しょうがないねえ。
……要するに、年末年始に向けて多忙を極める営業部のフォローに来て貰ったんだよ。」
真面目な口調、ニンマリと上がる口角。
「先週末の猪原商会の一件。
孔雀主任の職務処理速度の上昇。
その他の観点から見ても、有効性が高いかなって検証するんだよ」
無邪気な笑み。
「たとえば、総務課へ行くことなく申請書類のフォーマットをすぐに準備、受領してもらえる。
その場で、契約書類の不備をチェックしてもらえる。
取引相手の情報を提供してもらえる。
印鑑証明など、必要な書類の手配、備品の補充。」
一雫の悪意は、大海に隠すに限る。
「そんな細かいアシストを多忙を極める時期に受けられた場合……営業部の職務回転率は上がるかなって。」
「確かに、有効性は理解できます。
……しかし、人選に関しては……彼ら二人である理由は?」
玲衣の言葉に、有馬が銀縁眼鏡を上げながら冷静に問い掛ける。
「あれ?
有馬主任ってば、本当にわかんない?」
「二人の職務能力が高いことは把握しています。
ですが、中堅レベルのお二人ではなく、総務課の主任クラスがお一人来れば良い話では?」
「えー、折角さ……有馬主任が恋人の佐山くんと一緒に仕事が出来るって喜んでくれるって思ったのになぁ……。
あ、勤務中は節度を持って接してね。
……影に隠れて……なんて、駄目だからね?」
「っっ?!」
動揺した有馬の頬が赤く染まる。
「佐山くん、君の彼女さんってば……林檎みたいで可愛いねぇ?」
「魚形課長、有馬主任が可愛いのは認めます。
でも、俺の彼女なんで手を出したら駄目ですよ。」
ニコリと微笑みながら、佐山は玲衣に釘を差す。
「あはは!
りょーかいだよ、佐山くん。
僕は、有馬主任は有能な部下としか思ってないから大丈夫だよー。
あ、ちなみにさぁ……すずめさんは、手の掛かる有能だけど、面倒い枠ね。」
「誰がよっ!
面倒いのはアンタでしょーがっ!」
クスクスと玲衣は無邪気に笑う。
「…………」
そんな彼らの中で一人、ポツリと場違い感を感じているであろう人物。
静かに話を聞くことに徹している……葵へと目を向ける。
「実際ね……年末年始が多忙なのは総務課も一緒なんだよ。
そんな状況で、総務課の主任クラスを引っ張ったらさ……向こうにも、迷惑が爆発しちゃうからね。」
目を細める。
「……だから、中堅レベル二人。
しかも、立花さんは孔雀主任の総務における対応を一任されてる立場だよね?
そして、佐山くんは営業部の面々とも仲がいい。
……だから、立花さんと佐山くんがセットなら、お互いのフォローもしやすいかなって言う人選だよ。」
嘘ではない。
しかし、全ての真実を話しているわけでもない。
「まぁ……人選に関してはどうでも良いわ。
ただ、立花さんは私のフォローを優先して貰うわよ。
そのための、専属でしょう?
だから、立花さんは有馬主任と私の業務の補佐が最優先。
そっちの……有馬主任の彼氏さん?
彼は、課長を含むその他諸々で良いんじゃない?」
「孔雀主任、私の彼氏さん呼びは如何なものかと。
確かに、私と佐山くんが、その……恋愛関係で有ること認めますが……」
咳払いをした有馬が、普段よりもキレの無い言葉で答える。
「じゃあ……有馬彼氏佐山くん?
もしくは、有馬主任が大好きな恋人の佐山くん、略して佐山くん?」
「……普通でお願いします。
あと、あんまり俺の有馬主任をからかわないでくださいね。」
笑顔の玲衣の言葉に、佐山が苦笑を浮かべながら答えた。
「佐山くんっ?!」
有馬が目を剥く。
「えっと……魚形課長って、何気に手が早そうですよね?
まー……何となくっすけど、犬飼くんが可哀想な気がします。」
「へえ……?
何で、其処で噂の犬飼くんとやらが出てくるか分かんないけど……君、興味深いね?」
にこにこ。
何処までも、己の童顔で甘い顔面を意識した人畜無害な玲衣の笑顔。
「…………?」
彰良の名前が出たことに、葵は首を傾げる。
葵と玲衣以外の面々。
有馬と紗夜は、佐山の言葉の意味に深く同意を示すのだった。




