第四十九話
舞台の袖より、次々と呼ばれて行く娘たち。
一人、また一人と、娘鹿子道成寺のワンシーンを踊っていく。
「いいこと?
立花さん、貴女は文化ホールの玄関で恋人さんを此処まで案内しなさいな。
恐らく、恋人さんが到着するまでに葵さんは呼ばれてしまうわ。」
「はい……」
「そんな顔をなさらないの。
間違わない程度に、踊りなさいな。
踊り終わった娘達は、客席を通って退席していく流れよ。
それを逆手に取って、舞台から降りる際にエスコートして貰いなさい。」
涙目で素直に頷く葵に、白河院は微笑みかける。
「少なくとも、万が一、億が一。
貴女が花嫁に選ばれたとしても、衆人の前で若様じゃない男性にエスコートされていた記憶は残るわ。
……それが、外堀を埋めさせない一手になります。」
「……あの家元は、本当に面倒くさい。
泣いて縋るから巳堂流に籍を置いていたけど…………やっぱり、間違いだったかしら。」
心底面倒だと顔を顰める撫子に、白河院の額に青筋が浮かぶ。
「そこっ!
ブツブツと言ってないで、さっさと葵さんの恋人を迎えに行きなさいな!
その間くらいは、葵さんの貴女に全く似ていない素直さに免じて、この白河院 響子が側にいて差し上げてよ!」
「み゛っ?!
行ってきます!」
鋭い白河院の一喝に、撫子が慌てて文化ホールの玄関へと走っていく。
「……白河院さん……」
「葵さん、大丈夫でしてよ。
恋人さんを信じて待ちなさいな。」
「……はい……」
不安げな葵が、微かに微笑む。
「…………まったく……!」
こんなに素直で愛らしい娘を、自分の因縁に巻き込むなど。
目の前に佇む初々しい恋の花。
「立花教室のお弟子さん、出番ですよ……!」
背後で葵の順番を呼ぶ声がする。
「…………はい……」
小さく返事をする葵。
「葵さん……」
その花が散るさまは見たくないと、白河院は心より思うのだった。
文化ホールの駐車場。
彰良は一人、葵から借りている文庫本を読んでいた。
「…………葵先輩?」
そんな彰良の傍らに置いたスマホが、葵からのメッセージを知らせる音がなった。
「…………中に?」
不思議に思いつつ、メッセージを開けば……慌てて打ったとしか思えない文面。
「…………」
理由は分からない。
だが、葵らしくない文面に何故か胸騒ぎを覚える。
「……っ」
不安に後押しされるように、文化ホールの玄関へと入る。
「あの……!」
玄関に入れば……すぐに、何処か葵の面影がある女性に声を掛けられた。
「貴方は娘の、葵の……」
「お初にお目に掛かります。
葵さんとお付き合いをさせて頂いています、犬飼 彰良と申します。」
何故か焦った様子の葵の母らしき女性。
「あらあらあらあら……!
あの子ったら、宗玄さんに似た素敵な男性と……って違う!
ごめんなさいねっ!
ちょっと手違いというか、勘違いがあって!」
こっちに入らして!と彰良を急かす撫子の後を付いて行く。
「あの、勘違いとは?」
「本当に、ごめんなさい!
私もさっき、黒蜥蜴さんに聞いたの!
あの子をね、一対多数の若様お見合い大作戦の会場に送り込んじゃったらしくて……!」
「……は?」
一瞬意味がわからなかった。
「私もね、まさか三十過ぎの息子の嫁探しに、親が国中の娘を呼び集めるような時代錯誤なことをするとは思わなくて……!
まるで、シンデレラの舞踏会じゃあるまいし!」
「っ?!」
理解する。
要するに、彰良は誰にも渡したくない葵を、自ら他の男の花嫁選びの会場に送り出してしまったのだ。
「すみません!
葵先輩は何処に?!」
葵からのメッセージ。
彼女らしくない変換ミス。
切羽詰まった印象は、間違いでは無かった。
愛する女性を、他の男の眼前に差し出すなど愚かにも程がある。
「貴方には申し訳ないのだけど、踊りのリストに名前を出してしまった以上は……踊らない方が目立ってしまう。」
撫子の先導のもと、代役選びの会場へと向かう。
「立花さん?
そちらの方は?」
開場前の受付で、妙齢の女性に呼び止められる。
「私の新しい弟子で、娘と結婚を控えた婚約者ですの。」
「まぁっ!」
「今日は、娘が久しぶりに娘鹿子道成寺を舞うので、是非とも婚約者の彼にも観てほしくて。」
「あらあら!
それならば、急いだ方が良いわ。
先ほど、立花さんの娘さんが舞台に呼ばれていたらしいから。」
「ええ、ありがとうございます」
受付を通り過ぎ、会場の扉を開けば…………舞台の上に、葵の姿。
「っ……葵先輩……!」
「待ちなさい」
思わず葵に駆け寄ろうとした彰良を、撫子が止める。
「一度は、舞っておかないと後々個人的に呼び出されてしまうわ。
それもまた、面倒なことになってしまうの。」
「……っ」
血管が浮き上がるほどに、拳が力を込もる。
奥歯を噛み締める。
「……!」
舞台の上の葵と目が合った。
彰良の姿に、安心したのだろうか?
泣きそうな顔で微笑んだ。
「…………」
そんな娘の姿に、撫子の胸が締め付けられる。
「犬飼さん……」
「……はい」
「……どうか、あの娘をよろしくお願い致します」
目を伏せる。
彰良へと深々と撫子は、頭を下げるのだった。
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