第四十七話
灰桜の色無地。
光の加減で浮き上がる模様。
淡い銀鼠色の帯。
「…………」
「あの……彰良くん……?」
日曜日の朝。
葵が出掛けるために着替えた着物姿。
「っ……?!
すみませんっ……あまりにも、綺麗で……言葉が出ませんでした……」
以前よりも上達している夜会巻き。
清楚で、上品な着物が、この上なく艶っぽい。
「あ……ありがとう……」
頬を染め、恥ずかしそうに髪を耳に掛ける。
「彰良くんに……褒めてもらえて、嬉しい……」
幸せそうに小首を傾げて微笑む。
「っ…………葵、先輩……!」
「っ?!」
彰良は衝動のままに、葵を引き寄せ、抱き締めた。
「……他の男に……見せたくない……!」
きつく抱き締める。
「……葵先輩……お願い、です……行かないで、下さい……」
出来ることならば、彰良の部屋から出したくないほどに。
「えっ……いや、でも……あのね、母との約束もあるから……。
うぅ……約束とかが、無ければ……お家から出なくても良いんだけど……」
彰良の腕の中で、葵は目をグルグルとさせる。
「(なんかっ……彰良くんが、色っぽい……?!
な、悩ましげな雰囲気が……声、も……耳の側で、ゾワゾワするっ……!)」
「……葵先輩……?」
「ひゃいっ?!」
「(……ひゃいっ……小動物の鳴き声、か……?)」
肩を跳ねさせて、小動物じみた鳴き声をあげる葵に、彰良の口元が緩む。
……葵という生き物が可愛くてたまらない。
「……困らせて、すみません……」
少しだけ、体を離す。
「……断腸の思いではありますが……。
本っ気で、他の男に葵先輩の美しい姿を見せたく有りませんがっ!
……致し方ありません。
葵先輩に、お母様との約束を破らせる訳にはいきませんから……」
お手をどうぞ、と彰良は葵へと手を差し出す。
「……余計な虫が寄って来ないように、しっかりと送迎させて頂きます。」
「……?
彰良くん、真冬だから……流石に、虫は飛んでいないと思うよ……?」
「…………季節外れの大きな虫がいる可能性は、ゼロでは無いんです。」
彰良の腕の中で、不思議そうに己を見上げる葵。
無防備極まりない美しい恋人に、彰良は内心で頭を抱えるのだった。
何処の市町村にも、一つや二つは有る文化ホール。
習い事や発表会の舞台にも使われる市営の施設。
「葵」
彰良の車で辿り着いた約束の場所には、既に葵の母親の姿があった。
「お母さん、ごめんね……待たせっちゃった?」
車で待っているという彰良と別れ、一人文化ホールへ入った葵。
「葵、こっちよ」
自分の若い頃の着物を着て、小走りで寄って来る愛娘。
葵の母である撫子が手を振る。
何処か葵に似た面立ち。
美しい黒髪を結い上げ、落ち着いた色合いの着物。
立っているだけで美しい所作の女性。
「葵、お休みの日にごめんなさいね。
お仕事も疲れているでしょうに、母の仕事関係に巻き込んでしまって……」
「気にしないで。
私に出来ることなら、頑張るけど……あまり、期待しないでもらえると嬉しいかな。」
葵を気遣う母へ微笑む。
「…………本当はね……あまり、貴女を呼びたくはなかったの。
でも……どうしても、と家元からのたっての願いで断り切れなくて……」
葵の頭から爪先までを見詰め……ため息をつく。
「お母さん?
私の着付け、可笑しかった?」
「いいえ……そうじゃないの。」
久しぶりに見た愛娘。
息子達から、撫子もまた葵に彼氏が出来たことを聞いていた。
……そして、同じ女だからこそ……葵が花開いたことに気が付いてしまった。
「……葵……よく聞いてちょうだい。
今回はね、年明けに公演会で娘鹿子道成寺を舞うのだけど……ね。
……その舞台の万が一の代役を決める予定なの。」
「……うん」
「でも、葵……貴女はあまり舞台の上で、人前で舞うのは好きじゃないでしょう?
だから、私の顔を立てて、代役に選ばれようなんて思わなくて良いわ。
どちらかと言えば……選ばれない方が、母は嬉しいの。」
「……そう、なの?」
ええ、と力強く頷く撫子。
「それと……今回は、家元とご子息……次期家元の若様も来ているけど…………貴女は、家元は兎も角、若様には近付いてはなりません。」
「……若様?」
普段の母の物言いとは違う雰囲気に、葵は不安そうな表情を浮かべる。
「……不安にさせて、ごめんなさいね。
ただ……そう、ね。
若様と貴女は……相性が悪い気がするの。
母が……少し、神経質なのかもしれないわね。」
葵を安心させるように、撫子が微笑む。
「ふふっ……葵に素敵な彼氏さんが出来たことは、菖司達から聞いているの。
母も、とても嬉しくて、嬉しくて!
宗玄さんは、少しだけ可愛い娘が取られたと口をへの字にしてるけど……。
近いうちに、紹介してくれると嬉しいわ!」
「お母さん……ありがとう。
彼も……近いうちに、お母さん達に会いたいと行っていたから……私も、嬉しい。」
幸せそうに微笑む葵。
その微笑みが、壊れないことを心から撫子は祈るのだった。




