第四十六話
彰良と過ごす土曜日の昼下がり。
何故か葵は、ソファに座る彰良の膝の上で微睡んでいた。
「……あの……葵先輩……?」
「んー……?」
頭を彰良の胸元に寄せ、幸せそうに擦り寄る葵。
「……眠いならば、ベッドで横になれば……」
「……や」
「("や"ってなんだ?
俺は……理性を試されているのか……?!)」
昨晩のことを忘れたとしか思えない、無防備すぎる葵の言動に翻弄される。
「……寝ないの……。
だって、家に帰らなきゃだし……明日の準備、も……み゛ゃ?!」
ぐるんっと。
「……帰るって……何処に?」
一瞬の早業。
葵が気が付いたときには、彰良に覆い被されていた。
逃さない、と……ソファの上に縫い留められた葵の体。
「彰良くん?」
「葵先輩の帰る場所は、俺の隣でしょう?」
無垢な瞳で彰良を見上げる葵。
その瞳に、瞳孔が開いた彰良が映る。
「え……うん。
どうして、そんなことを聞くの?」
「……………」
当たり前でしょう?
葵の音にならない声が聞こえた気がした。
「……葵先輩……」
「違うの?
私の帰る場所は、もう彰良くんの隣なんでしょう?」
「……違いません……」
脱力する。
「んん?
彰良くん、疲れたの?
大丈夫? 無理してない?」
「……大丈夫です……」
子供をあやすように、彰良の頭を優しく撫でる葵の手。
何も言えなくなるというか、言える筈がない。
……余裕が無さ過ぎて格好悪い。
「……どうして、急に家に帰ると?」
「ん?
明日ね、母との約束があって。
それに必要なものを取りに行くついでに、冷蔵庫の中も整理しないと……。
確か、竹輪の賞味期限が今日までだし……あ、ワイヤーアクセも完成させて、サイトに登録しなきゃ……」
そう、竹輪や他の食品の賞味期限を確認しないと勿体ない。
それに、稼げるという程ではないが、副職替わりのワイヤーアクセも作らなければ……
「…………あの、明日……ご家族との約束があるんですか?」
「うん。
文化ホールに行って、日本舞踊の件で相談があるって言われてて……」
「日本舞踊……?」
家族の約束という言葉に、彰良の中で文化ホールや日本舞踊が繋がらない。
「えっと、私の母は日本舞踊の先生をしているの。
その関係で、人が足りない時に代役を頼まれることが……年に一回あるかなぁ……?」
「それは……俺が付いて行っても……」
「んー……たぶん駄目だと思う。
詳しくは知らないけど、お金を取って公演する舞台らしくて……。
正直に言えば、私も……あんまり気は進まないし……」
葵は、日本舞踊自体は嫌いではない。
だが、人前で踊ることだけは嫌いだった。
「…………葵先輩は、日本舞踊を?」
「子供の頃に、母から習っていたから一通りは踊れる……はず?」
「何故、疑問形……?」
「だって……素人だし……免許皆伝って感じでもないし……。
本気でそっちの道に進む気は、子供の頃から無かったし……。
どっちかと言えば、私よりも紫苑お兄ちゃんの方が日本舞踊は上手よ。
紫苑お兄ちゃんは、男踊りも、女踊りも、両方を舞えるもの。」
葵の言葉に、彰良の脳裏に胡散臭い……ではなく、穏やかな笑みを讃えた紫苑の姿が浮かぶ。
「……公演自体は年明けだし……代役も私である必要は無いから……。
たぶん、何人か万が一の代役候補で見繕う予定なんじゃないかなぁ……」
「……そのための荷物?」
「うん。
日本舞踊だから着物を着ていかなきゃなの。
一応、母からもらった着物が家にあるから、それを取りに行く必要があって……」
「……葵先輩の着物、姿……」
物凄く見たい。
物凄く見たいが、他の野郎どもには見せたくない。
「…………こういう時、いつもは文化ホールの更衣室とかで、着物に着替えるんだけど……」
「…………何か、問題が?」
「…………赤い跡が……たくさん、有るから……恥ずかしい……の……」
「っ?!」
彰良から視線を逸らし、瞳を伏せる。
微かに染まった頬の赤み。
「自分が……その、すみません……」
葵の言いたいことを理解する。
彰良が葵の体に何度も、何度も刻んだ赤い所有印。
「あの、荷物を取りに一緒に行きますので……。
明日の送迎も自分がさせて頂きます。」
「……ありがとう。
ただ…………その、今日はもう……」
恥ずかしそうに。
恥じらうように。
「今日の夜、は…………ぎゅうするだけで、いい……?」
「っ……?!
良いです!
葵先輩の体に、負担も掛かりますから!」
恥ずかしそうな葵の問い掛けに、一も二もなく頷く彰良。
「……あのね……嫌ではないの。
彰良くんと……昨日の、は……気持ち良かった、し…………幸せ、だったから……」
頬を赤く染め、幸せだと微笑む葵。
「…………っ……!」
葵の言葉に、微笑みに彰良は天を仰ぐ。
「(……俺の葵先輩が……可愛すぎて辛い……!)」
葵が隣にいる幸せを、彰良は噛み締める。
――――新たな嵐との出会いの幕開けだと、知ることもなく。




