第四十四話
朝というには遅すぎる時間。
微かな衣擦れの音。
「……っ……ん……?」
もう……朝?
キングサイズのベッドの上。
しばし、微睡む葵。
微かに目を開けば、明るい日の光。
「……う……っ……い゛っ……!」
彰良の姿を探して、起き上がろうとした体に走る鈍い痛み。
「……な、れ…………?」
喉が痛んで、声が出ない。
重だるい体。
力の入らない腰。
指一本を動かすことすら、億劫で……。
「(……どうして……こんなに、だるいの……?)」
力なく横たわり、思考を巡らせる。
「…………っ?!」
蘇る昨夜の記憶。
朝方まで情を交わし合っていた彰良と葵。
「っっ……ぁっ……!」
動揺する。
「(わたしっ……?!
たっ……たくさん、変なこと……言った、ような……?!)」
羞恥心が爆発する。
もぞもぞと痛む体を無理矢理に動かす。
「(な、なんでっ?!
何で私……服を着て……ショーツは?!
したぎっ、キャミソールもない?!)」
裸に部屋着の上だけ着た状態の自分に気が付く。
慌てて残りの服を探そうとジタバタと動き回り……
「み゛ゃっ?!」
掛布と一緒にベッドから滑り落ちた。
「っ……うぅ……」
大きくは無いものの、静かな部屋に響いた落下音。
「っ?!」
バタバタと慌てた様子の足音が近付いてくる。
思わず掛布の中に隠れた葵。
「葵先輩?!」
音を立てて開け放たれた寝室の扉。
「葵先輩……何処に……?」
空っぽになったベッド。
見当たらない人影。
「…………」
彰良の眉間にシワがよる。
ゆっくりとベッドに近寄り、周囲を見渡せば……
「……葵先輩、何をして……?」
ぷるぷると震える布の塊。
名前を呼べば、ビクリと跳ねる。
「葵先輩……?
多分、ベッドから落ちましたよね?
昨日の行為の影響もあるでしょうし……体は大丈夫ですか……?」
「っ……」
彰良に言葉を返したいのに、声が出ない。
最も……返すべき言葉に迷い、頭がグルグルとなっているが。
「葵先輩……?」
「………っ……!」
ぷるぷると震えるだけで反応がない布の塊、改め葵。
「……俺のこと……嫌いになりましたか……?」
……無理もない。
初めての葵。
彰良の大きなモノを受け入れるだけでも……大きな負担だったはず……。
「(……やはり……まだ、行為に及ぶには……早かったんだ……)」
力尽きて気絶するように眠った葵。
彰良は葵が風邪をひかないように、汗ばんだ身体を清拭し……取り敢えず部屋着を着せた。
「(……どうすれば……)」
まずは、葵の同意が有ったとは言え、我慢ができずに行為に及んだことを謝罪する。
その上で、怖がられなければ…………怖がられたら?
近寄ることすら拒絶されたら……どうすればいいのだろう……?
「……あお、い……せん、ぱい……」
切なげで……苦しそうな声音。
「っっ……!」
声が出ないせいで、彰良を悲しませた?!
「ち゛っ……けほっ……うっ……い、だ……」
彰良を悲しませたくないっ!
その一心で、掛布を剥ぎ、声を出そうとした。
だが、身体と喉の痛みに涙目で咳込んでしまう。
「葵先輩?!」
ケホケホと咳き込み、苦しげな葵に彰良の血の気が引く。
「あおっ葵先輩っ……しなっ、死なないでくださいっっ!」
声が上擦る。
葵を抱きしめ、背中を擦る。
「どうすれば……っ…………そうだっ!」
咳込んで震える葵の身体を慎重に抱き上げ、立ち上がる。
「葵先輩っ!
すぐに救急車を呼びますので安心してくださいっっ!」
「っ?! やめっ……!」
横抱きにされた彰良の腕の中で、葵は慌てふためき、スマホを探そうとする彰良を止めるのだった。
数分後……。
二人の姿はリビングに有った。
「彰良くん……心配させちゃった私も悪いと思うの。
でもね、咳き込んだだけで救急車は駄目だと思う。」
「……はい」
硬質なダークグレーの床の上。
向かい合って正座している二人。
「頭を強く打って意識が無いとか、たくさん血を吐いて倒れたなら……わかるよ。」
「…………はい」
水分補給をしたことで、喉に違和感があるものの、声が出るようになった葵。
大きな体を小さく縮こませている彰良を前に、葵は涙目で話す。
「……私ね、服の下は裸なの。
彰良くん以外の……男の人に、そんな姿を見られたら…………うぅぅぅっっ……」
「すみませんっ!
本当にすみませんでしたっ!」
嗚咽を上げながら、泣き始める葵。
心の底から焦った彰良が、葵を泣き止ませようと四苦八苦する。
「あのっ……自分は床の上でも良いので、葵先輩だけでもソファに座りませんか……?
体を冷やすのは、よくありませんから……」
「知らないっ!
彰良くんのお願いは、聞きませんっ……!」
彰良を涙目で睨み、葵は怒りにフルフルと体を震わせる。
「そ、そんな……」
初めて体験する葵の怒った様子に、彰良は困ってしまう。
「(どうすれば怒りが解ける……?
……いや、怒っている姿も可愛らしいこと、この上ないが……。
だが、体を冷やすのは良くないし……)」
「……彰良くん、反省していない気がする。
絶対に、いま何か変なことを考えたでしょう……?」
「っ?!」
「やっぱり!
彰良くんは、私の裸が他の男の人に見られて恥ずかしい思いをしてもいいのね……!」
火に油を注いでしまった。
涙目でそっぽを向いてしまう葵。
「そんなことは決してありませんっ!
葵先輩の身体を他の男が見るなどっ!
絶対に許容できませんっっ!」
必死で否定する。
「……ほんとう……?」
彰良が本気かどうか、様子を窺うように。
葵は彰良を涙目で見詰める。
「……葵先輩、本当にすみませんでした。」
怒りを和らげた葵の手を握る。
「俺も、葵先輩の身体が人目に触れるのは、心の底から嫌です。」
「……うん」
「今後は、絶対にこんなことはしません。
だから……許して貰えないでしょうか……?」
「…………私も……怒って、ごめんね。
彰良くんは、心配してくれただけだったのに……」
真っ直ぐな彰良の眼差しに、葵の怒りが解ける。
心配してくれた彰良の気持ちも分かるため、感情的になってしまった自分にションボリする。
「朝からごめんね。
よく分からないんだけど、目が覚めたら声が出なくて……。
それに、身体も重だるくて……風邪でも引いちゃったのかな……?」
自分の体の状態に、葵は首を傾げる。
「…………取り敢えず、ソファに座りましょう。
朝食、いや……もう昼食か。
食事を摂ってから…………理由は説明します……。
あと、今日は俺が葵先輩を運びますので、安心してくださいね。
(…………説明……どう、説明すれば良いんだ……?)」
言うが早いか。
葵の体を持ち上げ、優しくソファへ運ぶ。
そして、葵への説明に頭を悩ませる彰良だった。
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