第四十話
彰良の家族に拒絶されるかもしれない。
側にいられなくなるかもしれない。
でも、それでも……せめて、その時まで。
「彰良くんを大好きで……ごめんなさい……っ!」
別れに怯えて、微かに震える体。
「その時が来たら……っ……ちゃんとっ…………!」
涙を耐える瞳。
「ちゃんと……彰良くんの幸せを願うからっ……」
苦しげな震える声。
「笑顔で……さよならを言えるよ、に…………ごめ、なさっ…………っ……」
言葉が詰まる。
心が悲鳴を上げる。
「……何、を……言っているんですか……?」
呆然とする。
理解できない。
葵は……何を言っている。
「俺が嫌なら……抵抗してください」
……止まる保証は、出来ないけれど。
「……あき、らくん………っ……」
引き寄せる。
抱き寄せて、至近距離で瞳を合わせる。
「離さない」
「……ぇ……?」
「離せる筈がない」
「あきら、くん……」
涙を耐える瞳。
震える唇。
どうして……離れるなどと残酷なことを言うのだろうか。
「俺のことを嫌いだと、拒絶されても……離したくないのに…………」
青褪めた頬に手を添える。
「俺のことを好きだとっ……!
俺から離れたくないと言うっ!
葵先輩を手放せる筈が無いだろうっ……!」
強く、固く……細い身体を抱き締める。
「……っ……」
体を固くする。
動けなくなる。
言葉にならない。
「葵先輩は……酷い人ですね。」
喉の奥から絞り出すような低い、掠れた声。
自嘲の笑み。
光を失いかけた暗い瞳。
少しだけ腕を緩める。
葵と視線を合わせる。
「あきっ……」
息を呑む。
「……俺は、葵先輩が居ない人生なんて考えられないのに。」
微笑んでいる。
微笑んでいるのに……痛い。
「葵先輩は……俺から、俺の一番愛する……大切な人を奪うんですね」
「……ちが、わたし……」
怖い……違う、彰良の言葉が痛い。
「違わない」
絶望寸前の暗い瞳が、葵を射抜く。
「離れたいならば、離れて構わない。」
微笑む。
「……俺が幸せになるどころか……壊れるだけだ。」
「……っ」
「葵先輩が、離れる理由をすべて壊してから……もう一度、迎えに行く。」
「彰良、くん……それは……っ……」
うっそりと微笑む。
「鳳凰堂も、両親も、全部要らない。
俺には、必要ない。」
葵を失う理由になった存在に、価値など無い。
「俺がやっと出逢った……たった一人の、ずっと側にいて欲しい愛する人」
彰良の無意識の孤独を、唯一癒してくれた葵。
「……愛しているので……もう、逃がしません」
彰良は……もう、葵を手放せないのだ。
「こんな……重たい男に、愛されてしまった葵先輩は不幸ですね。」
瞳が零れ落ちそうな程に、目を見開いた葵。
彰良が怖くて、動けないのだろう。
「運が悪かったと、諦める方が楽ですよ」
抱き寄せる。
微かな葵の抵抗に気が付かないフリをする。
「痛いことはしません。
体を傷付けるような真似もしません。
生活の保障もします。
多少の制限はありますが、室内での自由は保証します。」
彰良の胸を押す、弱い抵抗。
「葵先輩は……ただ、俺の側に居てくれるだけで良い。」
嘘だ。
本当は、葵から愛されたい。
彰良の側が、幸せだと微笑みを向けてほしい。
「……絶対に、逃さない……!」
だが、彰良の側から離れるなら……閉じ込めてでも逃さない……!
「……あきら、くん……はな、して……」
「嫌だ」
「おね、がい……すこしだけ、で……いいから……」
「嫌だ」
ソファの上に押し倒し、覆い被さる。
「……あきら、くん……」
彰良の体の下に囚われた葵。
最後まで……抱くつもりはない。
快楽で疲れさせて、眠らせる。
その間に、葵を逃さないための準備を……
「……そばに、いていいの……?」
「っ……?!」
彰良の体の下にいる葵。
おずおずと伸ばされた葵の手が、彰良の頬に触れる。
「……彰良くんの……側に……わたし、を…………えらんでくれる、の?」
期待するような輝きを宿した葵の瞳。
青褪めた頬が、薔薇色に染まり始める。
「わたし……なにもない、のに……あきらくんと、いっしょにいていいの?」
「居てくださいっ!
俺の側にっ!
俺はっ葵先輩にっ!
死ぬまで側にいて欲しいっっ!」
彰良の頬に伸ばされた葵の手を掴む。
条件反射の勢いで離すものかと、想いを叫ぶ。
「わた、し……もっ……」
声が引き攣る。
でも、彰良へ言葉を返したいっ……!
「彰良くんくんの側にっ…………死ぬまで、一緒にいたい……!」
「っっ……!」
悲鳴のように返された想い。
「あお、い……せんぱ……」
彰良の瞳に光が戻る。
涙が零れ落ちる。
熱い雫が、葵の頬を濡らしていく。
「あきら、くん……」
葵の目尻からも、涙が零れ落ちる。
「愛してしまって……ごめ、なさ……!」
何もない自分。
愛する気持ちだけでは、選ばれない。
それでも……自分を、選んで欲しかった葵。
「謝らないで下さい……!
俺はっ……葵先輩に、葵先輩にだけっ……愛されたいっ……!」
家族はいても、孤独だった。
やっと見付けたただ一人の愛する人だから、離したくない。
どうしても……愛しているから、離したくない。
「……葵先輩……愛してます……!」
「……わたし、も……彰良くんを、愛してるっ……」
固く抱き締め合う。
擦れ違いを経て……二人の想いは、重なったのである。




