第三十九話
女子トイレで大泣きした葵。
涙が止まった頃に、お昼休み終了のチャイムがなった。
「……お昼ご飯……食べ損ねちゃった……」
「あはっ!
おんなじですね!
私も食べ損ねちゃいました!」
「ご、ごめっ……私が、泣いちゃったから……」
華乃の昼食を邪魔したと思い、葵の顔がまた歪んでしまう。
「違いますよ!
半分以上は……女子トイレの出口で待ってる大馬鹿野郎のせいです。」
「……大馬鹿野郎……?」
首を傾げる。
微笑む華乃に手を引かれて、女子トイレから出れば……
「葵、先輩……!」
「っっ……」
肩が揺れる。
「……な、で……あきら、くんが……」
「っ……」
驚く葵に、彰良の顔が悲しげに歪む。
「葵先輩、早く手を引いて移動させないと…………犬飼さん、通報されちゃいますよ」
「えっ?!」
華乃の言葉に葵は目を見開く。
「だって、こんな切羽詰まって、顔を歪ませている大きな男が女子トイレの前にいるんですよ?
事情を知らない人から見たら、普通に警備員を呼ぶなりすると思います。」
「…………おい。」
あんまりな言いざまだが、一理あるから微妙に言い返せない。
「彰良、くんが……通報……?」
パトランプが輝くパトカーに乗せられる彰良の姿が脳裏に浮かんだ。
「だっ……駄目だよ、彰良くん!
彰良くんが……居なくなっちゃうの、嫌です……!」
「葵先輩?!」
彰良の手を、ぎゅうっと自分から握った葵に驚く。
「彰良くん……!
私、営業部のトラブルも解決しました!
残業もしないで済むように頑張るから!」
潤んだ瞳で、彰良を見上げる。
「だから……仕事が終わってからの彰良くんの時間を私にくれないかな?
その……色々と、彰良くんと話したいから……」
「葵先輩……!
自分も、葵先輩と話したっい゛…………っ……!」
言葉の途中で、脇腹に走った衝撃。
「えっ?!
ちょ、だっ……大丈夫?!」
「っ……だ、いじょ……ぶです……!」
脇腹を押さえて呻く彰良に、慌てる葵。
「葵せーんぱい!
ダッシュで戻らないとやばいです!」
「で、でも……急に彰良くんが痛いみたいで……」
「大丈夫ですよ!
取り敢えず……引きずって行きましょう。」
ドタバタと。
いつもの調子で、総務課へと三人で戻っていくのだった。
終業のチャイムがなったと同時に、席を立つ。
葵を伴い、最速で自宅へと向かった彰良。
「……お、お邪魔します……」
何度も一緒に過ごした彰良の部屋。
「葵先輩……昨日は……」
ソファに迎え合わせに座った彰良と葵。
「……狐川 凛さん……のことよね……」
「っ……はい。
アイツは、自分の幼馴染というか……腐れ縁というか……。
断言できるのは、アイツとの間に恋愛だとか……そんな感情は全くありません。」
「……うん。
それは、昼休みに狐川さんに会ったときに……同じようなことを言ってたよ。」
「そうですか……」
一度、言葉を切る。
「……昼休みに、連絡があって……自分の家族と言いますか……肩書を、葵先輩へ伝えてしまった、と……」
「……彰良くんは……大きな会社の、鳳凰堂の御曹司だって……」
「……はい。」
膝の上に置いた手を握り締める。
「……前に、聞いたら答えてくれるって……言ってくれてたのに………。
私……浮かれ過ぎてたのかな……?
すっかり、彰良くんに……私が感じていた違和感を聞くのを忘れちゃってたの……」
駄目ね、私ったら……と自嘲する。
「葵先輩っ……俺、は……っ!」
身を乗り出す勢いで、彰良は想いを伝えようとする。
「彰良くん」
「っ……」
しかし、葵に遮られる。
不安げに揺れる葵の視線が彰良を捉え、言葉を封じた。
「……私ね、何も……持っていないの」
「……っ」
「……彰良くんのご両親、大きな会社を経営するような……そんな方々に、認めて貰える。
誇れるような価値も、才能も、学歴も……私には……無いの。」
「それは違いますっ!
俺はっ……俺は、目の前の葵先輩だから好きになったんだっ……!」
なぜっ……!
なぜ……なぜっ!
こんなにも葵を愛している心が伝わらないのかっ……!
「……彰良くんのためにも、私なんかが側にいちゃいけないってわかってるの……」
「葵先輩っ……!」
伏せられた瞳。
震える体。
激情のままに抱き寄せて、彰良の想いを直接刻み込んでしまいたい……!
「……でもね……ごめんなさい……」
伏せられていた瞳が、彰良を映す。
「私……彰良くんが好きなの……!」
「………え……?」
一瞬。
葵の言葉の意味が理解できなかった。
「ごめんなさい……ごめ、なさい……っ!」
驚き固まった彰良から顔を隠すように背ける。
「わた、しの方が……年上なのにっ……!
ちゃんとっ、弁えなきゃなのにっ……我儘を言って、ごめんなさい……!」
こんな場面で泣くのは卑怯だとわかっている。
わかっているから……唇を噛み締め耐える。
「でも……お願い……お願い、だから……!
本当に駄目なときはちゃんと離れるから……!
だから、だから……その時までは……どうか、彰良くんの側にいさせて……!」
葵は……胸の前で手を握り、震えながら叫ぶのだった。




