第三十七話
時は少しだけ遡る。
葵が紗夜に連れられて、営業部へ行ってしまったあと。
総務課には極寒のブリザードが吹き荒れていた。
「(……課長……何で、今日はこんなに暖房が効かないんでしょうね……)」
「(そんなもん決まってるだろう。
……絶賛、ブリザードを発生している原因物体が有るからだな。)」
「(……何で、ブリザード…………立花さんと喧嘩した、とか?)」
「(いや……違うな。
立花さんは、喧嘩をするようなタイプじゃない。
恐らく……過去の女問題か、何かが有って、立花さんに捨てられそうになっていると見た。)」
「(それは……死活問題ですね……。
アイツ、立花さんが別れようとした瞬間に拉致監禁しそうな気がする。
……え、立花さん……ヤバくね?)」
「(……取り敢えず、立花さんが行方不明になった場合の第一容疑者は、犬飼君で間違いないことは確かだな。)」
寒い冬とはいえ、社内の全フロアに暖房は稼働している。
それにも関わらず、寒気を覚える総務課室内。
「…………」
据わった目をして、一心不乱に仕事を捌き続ける彰良。
その処理速度は、普段の倍以上であり、絶対に残業をしないという気迫が見え隠れしている。
しかも、彰良が処理することを許される範囲で、葵の業務にも手を出しているのである。
「……っ!」
昼休みを知らせるチャイムが鳴る。
チャイムと同時に、彰良は音を立てて立ち上がった。
「ぴっ?!」
「っ?!」
彰良の側にデスクを持つ社員達が、あまりの勢いにビクリと反応する。
「…………」
戦々恐々。
獰猛な肉食じゅ……ではなく、彰良と目を合わせないようにしつつも、その動向にアンテナを張る周囲。
周囲の人間を一瞥することなく、無言で葵を探すために歩き出そうとした……その瞬間。
「や〜ん、犬飼さんったら何処に行くんですかぁ?
今日は、私と一緒にランチしましょうね!」
もう一人の猛獣が動いた。
「っ……離せ」
「やぁだ、怖い顔!」
余裕のない表情の彰良にも、華乃は怯まない。
「性悪女っ!
今日は、お前に構っているっ………っっ?!」
鳩尾に、拳がめり込む。
「ひっどぉいっっ!
可愛いだけの私を捕まえて、性悪女だなんてっ!
華乃ちゃん、泣いちゃいますよぉ……!
(…………良いからついて来いや、クソ犬。
……次は、急所を磨り潰すぞ?(小声))」
「っ?!」
痛みに悶える彰良の耳元に小声で囁く華乃。
彰良にだけ見える角度で、一瞬だけ般若も裸足で逃げ出す形相を浮かべた。
「うふふ!
犬飼さんったら、恥ずかし屋さんですねぇ。
ではでは、楽しい尋問に行ってきまーす!」
半ば引きずるようにして、華乃は笑顔で彰良を連れ去った。
「……兼子さんって……だいぶ、本性を隠さなくなってきましたよね……」
「あー、まぁ……人気が無い場所で大怪獣ウルトラバトルを展開する分には良いんじゃないか?」
吉村や佐山を含む残された総務課社員達は、彰良に向けて合唱をするのだった。
半ば引きずるようにして連行した彰良の巨体。
何時かのあの日と同じように、会社の地下にある備品室に蹴り込む。
「それで?
今度は、葵先輩に何した訳?
回答によっては、アンタの股間のゴールドボールに別れを告げなさい。」
「…………」
華乃に蹴り込まれても、以前とは違って言い返さない彰良。
「黙り込んでんじゃ無いわよ!」
「…………狐川 凛を覚えているか?」
彰良の口から飛び出した名前に、華乃の眉間に盛大にシワが寄る。
「アンタの腰巾着の金魚の糞でしょ。
昔っからアンタの周りをチョロチョロ回ってた。
……しかも、高校時代だったかしら?
アンタとクソ狐が恋人同士だって噂が流れてたわね。」
「……は?」
「は?じゃないわよ。
いっつも、あのクソ狐はアンタの横にいたじゃない。
……って、まさか……あのクソ狐……」
嫌な予感に、華乃の毛が逆立つ。
「そのまさか、だ。
一応言っておくが、俺は凛を恋愛対象として見た事実など塵ほども無い!
事実無根極まりない風評被害だ……!」
「アンタとクソ狐がセックスしてようがっ、どうでも良いわよっ!
そんなことよりもっ!
あんのっクソ狐!
私の敬愛して止まない、聖母のように心優しい葵先輩に何を吹き込んだのよっっ!!」
「お前のじゃないっ!
俺の大切な愛する人だ!」
「うるっさいわよ!
葵先輩に振られる三秒前の癖にっ!!」
「っっ……!」
彰良の顔が歪む。
その場に崩れるように座り込む。
「……ちょっと……え?
何よ、その反応は……言い返しなさいよ……」
「……ふられたくない……やっと……恋人になれたのに……」
大きな体を丸めて、頭を抱えた彰良に、華乃の頬が引き攣る。
「……クソ狐の言葉を、葵先輩は簡単に信じないでしょう」
「……性欲が強いとか……今の恋人さんとか……俺と熱い夜を過ごして、昼まで抱き潰されたとか……」
「うわぁ…………やばっ……。
普通に、自分の彼氏の過去を知ってる元カノ的な生き物がいるのも嫌なのに。
しかも、彼氏の夜事情を赤裸々に暴露されるとか、屈辱過ぎて速攻別れたくなるわね。」
「っっ……」
「あ……」
素直に感想を漏らしてしまった華乃。
女性側の厳しい意見を聞くこととなり、ますます落ち込んだ彰良。
「えー……ちょっと、クソ犬を励ますとかちょー嫌なんだけど。
さっさと勝手に復活しなさいよ。」
「………………あおい……せんぱい……」
「……駄目ね、これは……相当、煮詰まってんじゃん」
でもまあ、これ以上は悪くなりようがないか……と思った矢先。
「っ」
彰良のスマホが鳴る。
「……誰から?」
「……狐川……凛……」
「クソ犬。
スピーカーにして、さっさと出ろ。」
抵抗すら気力もないのか、華乃に言われた通りに彰良は通話ボタンを押す。
「彰良! ごめん!
本当にっごめんっっ!!」
備品室に切羽詰まった凛の声が響き渡るのだった。




