第三十六話
冷たい風が吹き抜ける。
寒い冬の公園。
「見合う女……ですか?」
「そう!
だぁってぇ……彰良くんがアタシからの連絡を無視して優先する女とか、とおっても気になるじゃない!」
「…………」
一緒にお風呂に入り、同じベットに寝る。
まったく心が傷まないと言えば、嘘になる。
「あんなにも素敵な時間を過ごしたのに……。
性欲の発散にも付き合ったのにぃ……」
「…………あの、一つだけ確認しても宜しいですか?」
葵の反応を確認するように。
わざと不安を煽り、傷付けるような言葉の数々。
「ん? なあに?」
余裕の笑み。
「失礼な確認になるかもしれませんが……狐川さんは、男性ですよね?
恐らく……心も、体も。」
「っ……!」
「だから……えっと、あきら……犬飼くんとベットとか、熱い夜っていうのが……わからなくて……。
でも、幼馴染なら子供の時とかに一緒になら……まだ、理解できます。」
猪原夫婦の言葉が、葵の心を支える。
支えられた心は、強さと靭やかさを……そして、冷静さを取り戻させる。
「あ……でも、世の中には同性同士の恋人もいますから……断言は出来ない……え、彰良くんは男の人が好き……?」
気が付いてしまった可能性に大混乱する。
「え……えっ?!
えっ、あのっ……私、男に見えますかっ?!」
「は?」
「だ、だってですね……!
もしも、彰良くんが男の人が恋愛対象だったら……私のことを男って、誤解してる……?
だったら……え?
私……男の人として好かれても、女だから……あれ……え?」
思考が纏まらない。
衝撃の事実に、頭が混乱する。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいっ!
何がどうなったらっそんな思考回路になるのよっ?!」
「え……だって、彰良くんが狐川さんと……せ、性的な意味合いで一晩と言わずに過ごしてるって……」
「違うからっ!
彰良とそんな気持ちの悪い関係になるはずが無いでしょっ!
貴女の本気を確かめるために言ってるだけだしっ!」
凛の予想の斜め上と言わず、大車輪を決める葵の勘違いに、本気で叫ぶ。
「てゆーかっ!
天下の鳳凰堂の御曹司相手にそんな関係になるわけないじゃないっっ!!」
考えたら分かるでしょっ!と凛は叫んだ。
……叫んでしまった。
「……え?」
時が止まる。
思考が止まる。
「……御曹司……?」
「そーよ!
あのっ大企業の鳳凰堂よ!
其処の御曹司で、お金にも、女にも、何もかにも不自由しない相手って知ってるでしょっ!!」
呼吸が一瞬止まった。
意味がわからない。
「…………」
無言。
タワマンの最上階。
高そうな車。
オーダーメイドのスーツ。
金銭感覚。
「……そっか」
すべてが繋がった。
「…………だから……」
物珍しかったのだろうか?
値段を気にする。
節約。
手作り。
狭い部屋。
「…………」
「え……まさ、か……知らなかった、の……?」
戸惑いが滲む声。
引き攣った顔。
「………………」
目の前の上等な服に身を包んだ……彰良の幼馴染。
「……もしかして……ご両親にでも、頼まれたんですか……?」
「なに……」
「息子の側にいる……学歴も、家柄も、何もない、欠陥だらけの女を追い払えとでも……」
「っ……ちがっ……!」
焦る。
凛は、幼馴染として彰良が本気になった女を試してみたいだけだった。
ちょっと突いて、誤解を生むような言葉を吐いて。
怒るのか?
泣くのか?
大切な幼馴染の金目当ての女じゃないのか?
それだけだったのに……
まさか……その女が彰良の生まれを知らなかったなんて……!
「すみません。
もうすぐ昼休みが終わってしまいます。」
伽藍洞のような瞳。
悲しみもない。
怒りもない。
「え、ちょっと……!」
「申し訳ありませんが……私は、これで失礼をさせて頂きます。」
深々と一礼をする。
背後で何かを言っている気がした。
でも……浮き上がり始めていた心が、地に落ちる。
叩き落とされた。
「…………っ」
涙も出ない。
泣くことではない。
ただ……彰良の真実の一欠片を知ってしまっただけ。
そう、ただそれだけのこと。
離れていく葵の背中。
凛は本気で焦っていた。
「……嘘でしょ……やべぇ……彰良に殺されるかも……」
青褪める。
慌ててスマホを取り出す。
画面には、昨夜からずっと無視していた彰良からの着信履歴。
「…………」
残された着信の回数に、彰良の本気度を悟る。
……気がすすまない。
……ものすごく気がすすまない。
「……彼女……あのままだと、ヤバい……かも……」
凛との別れ際に見せた傷付くという表現では生温い瞳。
「出ろ……出ろよ、彰良っ……!」
祈るように呟く。
「っ……!」
数回の呼び出し音。
「彰良! ごめん!
本当にっごめんっっ!!」
繋がった瞬間に、凛は叫ぶのだった。




