第三十二話
夜道に現れた人影。
明るい色の髪に、一筋のメッシュ。
「やだぁ、もうっ!
彰良くんったら連絡しても返してくれないんだもん!
凛、寂しくって会いに来ちゃった!」
華やかな服装。
バッチリとメイクした美しい顔立ち。
彰良の腕に抱き着き、頬を擦り付ける。
「どちら様ですか?
絶対に人違いだと思いますが?
そして、今すぐに離れろっ! 腕に引っ付くなっっ!!」
地獄の底から響くような低い声。
絶対零度の瞳。
「やーだ、彰良くんってば恥ずかしがり屋さん!」
「絶対に人違いだっっ!
それにっ! 恥ずかしがってなどいないっ!
そもそも! 何で貴様が此処にいるっっ?!」
「だぁってぇ……彰良くんってば、アタシが何度も連絡を入れていたのに、返信の一つもしてくれはかったじゃなぁい。
……あんなにも熱い、素敵な夜を何度も過ごした仲なのに……アタシとのことは、遊びだったの?!」
「巫山戯るなっ!
俺はお前とそんな夜を過ごした覚えは無いっ!
誤解を与えるようなことを言うなっっ!!」
青筋を浮かべて言い返す彰良。
「……あの……彰良くんの、お知り合い……?」
「あ、葵先輩っ!
誤解しないで下さいっ!
コイツはっっ……」
「あらあらあら!
貴女が、今の彼女さん?」
「……今、の?」
困惑する。
彰良は女性とのお付き合いは、葵が初めてだと言っていた。
「ちがっ……!」
「彼女さん、細いし大変でしょお?
彰良くんってば、性欲が強めだし、体力が有り余ってるから。
いつもヤリ始めると、昼まで抱き潰されちゃうのよねぇ……」
ニコリと美しい笑顔を葵へと凛は向ける。
「……そう、なのね……」
意味がわからない。
わかりたくない。
……葵の知らない、知ることの無かった彰良の一面。
「何を言っているっ?!
葵先輩っ! 信じないで下さいっコイツは……!」
「昔からずっと一緒にいた深ぁい仲よね。
……てか、もしかしてまだ手を出してないの?
手の早い彰良くんにしては、珍しいわねぇ?
もしかして、彼女さんに対して性欲がわかない的な?」
サラリと笑顔で告げられた言葉に心が痛む。
「お前っいい加減にっ……」
「彰良くん……」
「葵先輩っ」
「私、お邪魔みたいだね。
えっと、今日は私一人で帰れるから……折角、会いに来てくれたんだから、積もる話とか有るだろうし……また、明日ね」
微笑む。
彰良に背を向ける。
私は……いつも通りに笑えていただろうか?
「葵先輩っ! 待って!」
「話の分かる彼女さんって素敵!
彰良くん。今日は朝まで一緒にいましょうね。」
「離せっ!」
足早に立ち去る。
葵の心はグシャグシャに混乱していた。
「えー、もうちょっとアタシに構いなさいよ。
てか、彼女さんにマジで手を出してないの?」
「っ……」
腕を掴む凛を力いっぱい振り払う。
葵の背中を追って、無言で走り出す。
「……彰良が、本気?
えー……個人的に有り得ないんだけど?」
走り去る彰良の背中を見送る。
「ま、先制パンチはこんなものかしら?」
満足げな笑みを浮かべて、凛は彰良達とは正反対の方向へ歩き出すのだった。
彰良の利用している駐車場とは正反対。
駅へ向かって速足で歩く。
「(わかんない……わかんないっ……!)」
凛の言葉が頭の中でグルグルと回る。
性欲が強い。
昼まで離してもらえない。
抱き潰される。
葵には……性欲が沸かない。
昔からずっと一緒の……深い仲。
「葵先輩っ!」
「っ!」
彰良の声。
ビクリと肩が揺れる。
「待ってください!」
「…………あ、きらくん」
足を止める。
振り返れば……全力で走る彰良の姿。
「葵先輩っ」
「彰良くん……?
あの人と朝まで一緒じゃ……?
それに、あの人……彰良くんと一緒にいたいって……」
「俺が一緒にいたいのは葵先輩だけですっ!」
手を掴まれる。
肩が跳ねる。
「っ……急に、すみません……」
離される彰良の手。
離れた手の感触に胸が痛んだ。
「……彰良くん、ごめんね」
「葵、先輩……」
「ごめんなさい……今は、ちょっと無理なの……」
困ったように微笑む。
離れたい。
離れたくない。
「頭が混乱してて……なんでかな……?
胸が苦しくて……心が痛むの。」
「っ……」
「……いまね、彰良くんと話しても……お互いに冷静に話せないと思うし……」
「……嫌だ……葵、先輩……俺はっ……!」
「お願い……彰良くん、今夜だけはそっとしといて……」
微笑む。
彰良は何も悪いことをしていない。
責める理由もない。
「ごめんね、彰良くん」
静かに背を向ける。
泣きそうな顔の彰良。
本当は抱き締めたい。
「また、明日ね」
「っ……明日っ!
明日は……お願いですから、俺の話を聞いてくれますか……?」
「……うん」
泣きそう彰良を抱き締めたい。
でも……それは、葵で良いのだろうか?
「葵先輩、好きです。
俺は、葵先輩だけを愛してます。」
「……ありがとう」
返せなかった。
好きだと返せなかった葵。
離れていく小さな背中に、彰良は奥歯を噛み締めるのだった。




