第三十話
静かに規則が行き届きつつも、和やかな雰囲気が総務課ならば。
活動的で、激しく切磋琢磨する雰囲気が営業部かもしれない。
「魚形課長、書類の確認をお願いします」
「……え?
あれ……コレって午前中の契約書類だよね?
総務課のチェックは……」
「終わってます。
チェック後の不備があった部分を訂正したので、ハンコ押して上にお願いします」
「ええ……」
三十歳そこそこ。
恐らく紗夜と同い年くらい。
紗夜と同じく本部より出向してきた三人の内の一人、魚形 玲衣。
「なんかさぁ……元々早かった仕事のスピードが上がってない、すずめさん?」
「雀って言うな。
あのね、例え同期でも勤務中はTPOを弁えなさいよ。
…………本当に、何でアンタみたいな昼行灯が同期で一番の出世頭なのよ。」
人畜無害。
昼行灯。
タレ目がちな目元に、癖っ毛。
男らしいというより童顔。
可愛らしい整った顔立ち。
「んー……運が良かったからかな?
たぶん、すずめさんみたいに怖い顔じゃないから契約して貰えたのかも。」
「喧しいわっ!」
頭を抱える。
天敵のような男が上司など、いつか絶対に胃に穴く。
「それで、孔雀主任?
どうして、お仕事のスピードが上がったかを教えてもらえる?
俺ね、怖い上司達から君のことを厳重に見張るように言われちゃって……可哀想だと思わない?」
「全然」
「えー……真面目モードで頑張ったのにぃ」
「…………」
ため息を付きたくなる。
「私の処理スピードが上がった訳でも、接近禁止命令中の犬飼 彰良に声掛けもしていません。」
眉間にシワが寄る。
紗夜自身でも分かっている。
自分の仕事スピードが上がったのは……
「総務課の……癪だけど、立花さんのお陰ですね。」
「立花さん……?」
「彼女……私の仕事を把握してるとしか思えない。
私が必要になりそうな物を先回りして、準備してる。」
「へぇ……?」
口角が上がる。
何その……面白い話は?
孔雀 紗夜という面倒極まりないが、能力に対しては公平で、優秀な人間が認めざる得ない存在。
退屈な日々を面白くする……新しい出会いかもしれない。
「んー……あ、有馬主任!」
外回りから丁度戻って来た有馬を呼ぶ。
玲衣は、女には困っていない。
……だが、玲衣の興味を唆る女は中々いない。
「魚形課長、何か?」
「外回りから帰ってきたばかりなのに、ごめんね。
ほら、すずめさんも謝って。」
「はぁっ?!
何言ってんのよ、この昼行灯!」
ハリセンで叩きそうな勢いで、紗夜が突っ込む。
「…………帰ってもいいですか?」
「駄目。
ちょっと聞きたいことが有るんだけどさ……総務課の立花さんってどんな人?」
「総務課の立花さんですか?」
有馬は眉を寄せる。
何がどうなって、葵に興味を持ったのかが分からない。
有馬にとって、魚形 玲衣という男は魚のように掴めない男だった。
「……総務課社員として、優秀な女性です。
総務課の業務で把握していないことの方が少ないのでは無いでしょうか?
……今回の一件で、彼女が孔雀主任の総務課の窓口になったと聞いてます。
そのため、最低限の孔雀主任が関わっている職務をお伝えしています。」
「は……?」
「ああ、そういうことか……。
君からの情報を得て、孔雀主任が必要になるものを逆算したんだね。」
舌を巻く。
有馬の性格上、本当に必要最低限の情報しか立花 葵には伝えていない。
だが……その立花 葵という社員は、自分の持っている経験と情報を総動員して対応しているのだろう。
窓口となった孔雀 紗夜だけでなく、営業部の動向。
日々把握している契約書類。
過去の営業先の情報。
会社の後方支援の要たる"総務"の能力を最大限に活用して。
「(面白い子だなぁ……。
地味で軽んじられやすい総務って立場を活用しているのが面白いよね。)」
会ってみたいなぁ……と無邪気に玲衣は微笑む。
「……ねえ、気持ち悪いんだけど。」
「ええっ?!
可笑しいなぁ……普通の可愛い女性なら、ときめく笑顔らしいんだけど?」
「アンタみたいな性格最悪の野郎にときめくくらいなら、普通じゃなくて良いわ。」
歯に着せぬ物言い。
童顔な顔に苛立つ。
「…………」
泣き真似しそうな勢いの玲衣に、有馬も静かに目線を逸らすのだった。
……その頃の総務課。
「……くしゅんっ」
「……葵先輩、風邪ですか?」
葵の小さなくしゃみ。
「風邪じゃないと思うけど……」
「最近、一気に冷え込みましたから。
もうすぐ十二月ですし…………無理しないでくださいね。」
「ありがとう、華乃ちゃん。」
「てゆーか……仕事、頑張り過ぎじゃありませんか?
朝からずっと、あの人の相手ばっかりじゃないですか。」
華乃の表情が曇る。
孔雀 紗夜の窓口担当となったとはいえ……葵一人に仕事が偏り過ぎている。
「うん。
だから、私が今まで捌いていた一般業務の一部が他の人に回ってて申し訳ないの……。
私がもっと仕事が出来れば良かったんだけど……」
「いやいや!
何言ってるんですか、葵先輩!
先輩は働きすぎですよ……!
あんな女の担当なんて、佐山先輩にでも丸投げしとけば良かったのに!」
「えっとね……孔雀主任の担当を決めるってなった時に、確かに私と佐山さんが候補に上がったんだけど……ね?
昨日、課長に私がしますってアイコンタクトしちゃったし……」
葵は、苦笑する。
自分から背負い込んでしまったのだから……自分の仕事が増えるのはしょうがない。
「……要するに、諸悪の根源はあの女と犬飼さんですね……!」
「んー……それは、違うような……?」
佐山と二人で別件の仕事を対応中の彰良。
もしも、今ごろ彰良もクシャミをしていたら面白い。
「まー……やれるだけ頑張るね」
葵は微笑む。
「孔雀主任は、お仕事が早いから。
本当に凄い人だよね。」
紗夜の仕事を停滞させないように。
葵は、自分に出来ることを全力で頑張ろうと思うのだった。




