第二十九話
それぞれに心を通わせた夜。
どんな夜にも、朝が来るように。
「おはようございます……葵先輩……」
「おはよ……え?
か、華乃ちゃん……なんか、すごく眠そう……?」
朝の総務課。
眠そうに目を擦りながら、ギリギリの時間に出社して来た華乃。
「……ちょっと、野暮用で……朝方まで起きてたんです……。
……うぅ……朝ごはん、食べ損ねた……!」
「えっと……ちょ、ちょっと待って……あ、華乃ちゃん、良かったら食べる?」
鞄の中から、お昼ご飯用に多めに作っていたサンドイッチの一つを取り出す。
ラップに巻かれた手作りのサンドイッチ。
鮮やかな黄色い卵が美しい。
「良いんですかっ?!
ありがとうございます、葵先輩っ!」
「どういたしまして、華乃ちゃん。」
泣きそうな顔で喜ぶ華乃に、葵も笑顔を送り…………ふと気が付く。
「ねぇ、華乃ちゃん……?」
「はい?」
「私……華乃お義姉さんって呼んだ方が良いのかな……?」
「おねっ?!」
唐突な問い掛けに目を見開く。
首を傾げて、キョトンとする葵。
「っ……」
「そこっ! 笑わないっ!
バッチリ気が付いてますからねっ……!」
静かに近寄って来ていた彰良が吹き出しそうになる。
喉の奥で低く笑っていれば、目敏く気が付いた華乃がツッコミを入れた。
「彰良くん……私、変なことを言ったかしら……?」
「いえ……変なことではないと……」
「そうだ……彰良くんも、華乃ちゃんをお義姉さんって呼ぶの?」
「は?」
絶句する。
確かに、華乃を義姉と呼ぶ可能性は把握していた。
把握していたが……現実に言葉になると、とんでもない破壊力だった。
「は? ヤダし。
葵先輩と結婚する可能性が、僅かにあるだけの犬飼さんからのお義姉様呼びとか断固拒否です。」
「安心しろ。
死んでもお前のことをお義姉様呼びしてたまるか。
そして、僅かじゃない。
絶対に、の間違いだ。」
「二人とも、仲いいね」
「「………………」」
脱力する。
幸せそうに微笑む葵に、華乃と彰良は一瞬だけ目を合わせて深い溜息をつく。
「えっと……今のままが良いです。
……お義姉さんより……我が儘ですけど、義妹扱いの方が嬉しいって言うか……」
「ふふ……そうね。
私も、妹が欲しかったから、すごく嬉しい……!」
「葵先輩……!」
手を握って微笑み合う華乃と葵。
「……葵先輩、もうすぐ就業開始時刻です」
「あっ……捕まえちゃってごめんね、華乃ちゃん!
サンドイッチ、食べる時間がなくなっちゃう……!」
「葵先輩の愛のこもったサンドイッチ!
急いで食べなきゃ!」
「……お前への愛じゃないけどな。」
「そこっ! 聞こえてますぅっ!
私に葵先輩がくれた時点で、私への愛で上書きされてますぅっ!」
地味に静かに口喧嘩をする二人。
弟妹喧嘩をする子供達を見守る母のような微笑みを葵は浮かべる。
「……でも、そうね……。
華乃ちゃん、今日は少しでも食べておいた方が良いかもしれないわ」
「え……何かありましたっけ?」
「たぶん……華乃ちゃんと犬飼くんは巻き込まれないと思うけど……皺寄せが行くかもだから、ね。」
苦笑する葵に、華乃と彰良は疑問符を浮かべてしまうのだった。
……葵の予測は当たった。
総務課への嵐は、標的を変えて突進して来たのである。
「商談前に確認したい過去の契約書が有るんだけど。」
「此方にご記入をお願いします。
既に過去五年分は閲覧を出来るように準備を整えています。」
――――昨日の葵とのやり取りのあと。
「ねえ、〇〇商社との契約を取ってきたから、書類チェックをよろしく。
今日中に出来るわよね?」
「お預かりします。
孔雀主任、事前準備など必要な物がありましたら、社内メールで時間短縮のためにご連絡をお願いします。
私の方も、孔雀主任の指示を優先的に捌くために、勤務中は定期的に確認いたしますので」
「そう、まぁ良いわ。
時間短縮は必要だもの。
でも、提案したからには遅れることは許さないわよ」
「はい」
―――営業部部長と副部長より厳重注意を受けた紗夜。
「ねぇ、△△社に行くから手土産を……」
「此方をどうぞ。
あちらの部長さんがお好きな和菓子のお店の季節の詰め合わせになっています。
あと、先ほどお預かりした書類チェックは終了しています。
一部不備があった部分に付箋を貼っております。
今、お持ち帰りになりますか?」
「…………持って行くわ」
――――彰良への接近を止めなければ、キャリアに響くの一言。
「ねぇ……」
「本部との申請書に関するフォーマットの違いは、平の総務課社員では対応いたしかねます。
ご意見は上層部にご提出ください。」
「…………」
――――紗夜はさっさと矛先を変え……絶賛、戸惑っているのである。




