第二十七話
嬉しさと喜びに、泣いてしまった華乃。
葵と二人で化粧室へと行き、男三人だけが残された個室。
「さて、葵が戻ってくる前に……本題に入ろうか、彼氏くん?」
紫苑は、笑みを深くする。
嘘偽りは許さないという剣呑な瞳が笑みを裏切っていた。
「…………」
「君は、葵が男を怖がっていることを知っているね」
「はい」
受け止める。
「率直に言うよ。
葵と結婚したとしても…………プラトニックな関係になるかもしれない。
子供も持てないかもしれない。
……そんな相手と死ぬまで添い遂げられる覚悟はあるのかい?」
「っ……」
「例え、君が良くても……君のご両親は?
男が怖い、高校に通えなかった、子供を作る行為もできない。
そんな葵を歓迎してくれるかな?
歓迎してもらえない……葵の心を守れるかい?」
率直すぎる問いかけ。
だが、紫苑の問いかけは……全て現実的に起こりうる可能性があった。
「……簡単に出来るとは……お答え出来ません。」
「へぇ……?」
「…………」
紫苑と桐也の瞳に冷たい光が宿る。
「自分は……既に、お付き合いに到るまでの間に……葵さんを泣かせてしまいました。」
思い出すのは、彰良の欲望で葵を傷付けないために背中を向けてしまった……あの日。
「今まで、他人に興味の無かった自分が初めて好きになった人を相手に間違えないとも……言えません。」
傷付けないために距離を置いたのに、結果として葵を傷付けてしまった。
「自分の両親は、葵さんを歓迎してくれると考えています。
……しかし、それはあくまでも自分の憶測です。
万が一、両親と葵さんを選ばなければならない時は、躊躇わずに葵さんを選びます。
でも、その選択が……葵さんを傷付けてしまう可能性はゼロじゃない。」
兄達を、家族を大切にする葵だから……きっと傷付く。
「プラトニックな関係に関しても……葵さんが、嫌がることは絶対にしたくないと考えています。
ただ……恥ずかしい話ですが、葵さんが魅力的すぎて……理性が危険な時も有ります。
それに……正直に言いますが、自分が此処まで独占欲や執着心が有るとは思っていなくて……。
……葵さんを失うのではないかと……怯えている情けない男です。」
それでも……と彰良は膝の上で拳を握る。
「それでも……こんな自分を好きだと言ってくれる葵さんに、寄り添って生きて行きたいと思っています。」
胸を張って、葵を幸せに出来ると断言できない自分がもどかしい。
だが、彰良が葵の兄達へ差し出せるものは誠意以外にはない。
だからこそ、嘘をつく訳にはいかなかった。
「……君は……困った人だね。」
「すみません……」
苦笑いを浮かべる紫苑の言葉に、深く頭を下げる。
認めて貰えなければ、認めて貰えるまで……何度でも、葵の家族に会う覚悟は決めていた。
「悪い意味ではないよ。
……簡単に葵を幸せに出来ると、根拠のない馬鹿みたいな言葉を吐かれるよりも余程マシだからね。」
「っ?!」
微笑む紫苑の言葉に目を丸くする。
「兄である僕達に頼ることをやめた葵が……君を祝いたいから、と連絡をしてくるなんて奇跡だよ。」
「……葵の恋愛を拒絶していた無意識の防衛網を突破する。
俺達を認めさせるよりも、余程難しいと思うがな。」
クスクスと柔らかく微笑む紫苑。
ため息交じりに水を飲む桐也。
「これ、僕の名刺。
葵のことで困ったら、いつでも連絡しておいで……義弟くん。」
「っ……ありがとうございます……!」
差し出された名刺を受け取る。
「おい……彰良、付いて来い。
華乃と葵が戻って来るのが遅い。」
立ち上がった桐也が顎で扉を指す。
「はい……立花、さん……?」
「桐也で構わないが……兄貴はやめろ。」
「ふふっ……桐也に兄貴って、そっち系統って思われちゃうしね。
……そうだね、紫苑兄さん、桐也兄さんとかで良いんじゃないかな?」
「よろしくお願いします、紫苑兄さん、桐也兄さん。」
機嫌良さげに笑う紫苑と無表情の桐也。
「さ、可愛い妹達をお迎えに行こう。」
「ああ」 「はい」
先に歩き出した紫苑が、思い出したように彰良を振り返る。
「……そうそう……」
楽しそうに、深まる笑み。
「春彦さんは、お元気かな?」
「…………はる、ひ……えっ?!」
春彦……なぜ、葵の兄から彰良の父親の名前が飛び出る?!
「子供の頃の話だけど、僕ね……春彦さんから、息子の嫁に来てくれって言われたことがあるんだよね。」
「はっ?! 何の話ですかっっ?!」
目を剥いて驚く彰良。
紫苑は、喉の奥で低く笑いながらさっさと歩き出す。
「……彰良、遊ばれてるだけだ。
アイツ……クソみたいに性格が悪いからな」
「…………はい」
ドンマイ、とばかりに桐也が彰良の肩を叩く。
「妹は可愛い生き物だけど……弟は生意気だからね。
このくらいが丁度いいんだよ。
……それに、良いのかい?
可愛い妹達を僕が王子様みたいに助けても?」
「「?!」」
前を歩いていた紫苑を追い越して、桐也と彰良が駆け出す。
「…………からぁっ!
恋人と来てるって言ってるじゃん!」
「またまたぁ!
もしそうだとしてもさぁ……君、泣いてたし?
恋人と上手く言ってないんじゃないの?」
「そうそう……!
俺たちも丁度さ、合コン相手の子たちが帰っちゃって困ってたんだ。
そっちの子が駄目ならさ……俺、君の方が好みなんだよね!
一緒に楽しく飲んで……連絡先とか、交換しない?」
「お断りします。
私達、連れがいますので。
そこをどいてください……!」
化粧室を出た所で、質の悪い男三人に絡まれた葵と華乃。
「そんなつれないこと言わないでさぁ……な?
優しく誘っているうちに素直になろうぜ。」
「素直に嫌だって言ってるじゃない!」
「強気な子も可愛いけど…………やっぱ、清楚な美人が乱れる姿ってそそるよなぁ。」
「やっ……!」
男の一人が葵の手首を乱暴に掴んで、無理やり連れて行こうとした瞬間。
「俺の恋人に触るな」
「ひぎっ?!」
万力のような握力が、葵を掴んだ男の腕を襲った。
「てめぇらも、俺の女に手を出すたぁ……どうなるか、分かってんだろうなぁ?」
「ぐぎゅっ?!」
「ひっ?!」
華乃に詰め寄っていた男二人の肩の骨が軋む。
「彰良くんっ……!」
「桐也っ!」
葵と華乃の顔に安堵が浮かぶ。
「それで……てめぇらのお話には、俺達が付き合ってやるが…………拳で構わねえか?」
服の上からでも分かるゴツい体。
迷彩模様のカーゴパンツに、頑丈なブーツ。
首から下がった銀色のネームタグ。
犬歯が除く口元と爛々と殺意漲る眼光。
「失せろ」
上等なスーツに包まれた分厚い体。
遥か頭上から降り注ぐ極寒の殺意漲る相貌。
引き寄せた恋人を抱き締める太い腕。
手の甲に浮かんだ血管。
「なんっ……?!」
「ひゅっ……」
「いっ……」
桐也と彰良が放つ威圧感に男達の腰が引ける。
「ああ゛っ?」
地獄の底から響くような桐也の威嚇。
「しっ失礼しましたっ!!」
「ひっ」
「いっいこ……!」
男達は、桐也と彰良を前に逃げ出して行く。
「桐也っ! 遅いっ!」
「悪かったな」
「っ………………ぁ、りがとっ!」
「ん……」
近付いて来た桐也に、表情を緩める華乃。
天邪鬼な可愛い恋人を、桐也は無言で引き寄せ、抱き締めた。
「葵先輩……怪我は?」
「大丈夫……ごめ、ありがとう……彰良くん」
「すみません、俺が一緒に行けば良かった……」
腕の中に抱き締めた葵の目尻に浮かんだ涙。
微かに震える体を安心させるように、抱き締める力を強くする。
「……ねえ、四人とも。
此処はお店だからね?
続きは、せめて個室でした方がいと思うよ?」
這々の体で逃げ出す男達にスマホを向けていた紫苑。
二つの恋人達の姿に、自分も最愛の妻に会いたくなったなぁと思うのだった。




