第二十五話
大通りを少し入ったところにあるレストランテ。
華やかというよりは、穏やかな空気が流れていた。
「此処のね、ハニートーストがとても美味しいんだよ。
パンを一斤、まるまる使ったハニートーストでね。
バニラアイスに、チョコレートもトッピングされているんだ。
とてもボリュームが有るから、少人数だと食べきれないんだよね。」
予約していたのであろう個室に通された五人。
「あ、食事代は僕と桐也で持つから安心してね。
今回は、僕達が急に付き合わせているようなものだから。
……そうだよね、桐也?」
「…………ああ」
華乃の隣に座り、無言でメニューに目を通している桐也へ紫苑が声をかける。
「華乃……コレ、食べるか?」
「あ、美味しそう!
桐也ってば、私の好みをよくわかってる…………じゃなくてっ!」
テーブルを叩いて立ち上がりそうな勢いで、華乃が待ったをかけた。
「何が、どうなってるんですかっ?!
桐也が葵先輩のお兄さんでっ!
そこまでは分かるけど!
なんで私が義妹っ?!
全く持って意味不明な話しすぎて大混乱なんですけどっっ!!」
ゼェゼェと、肩で息をする華乃に紫苑は首を傾げる。
「……あれ……桐也?
君ってば……プロポーズとかしてないの?」
「今日、二人になった時にする予定だ。」
注文用のアイパッドで華乃と葵が好きそうなメニューを適当に頼みながら、桐也がしれっと答えた。
「ああ、じゃあ問題ないね」
桐也へニコリと返事を返す。
「大有りだからっ!
問題しかないわよっ!」
「か、華乃ちゃん……えっと……お水、飲む?」
「…………ありがとうございます、葵先輩……」
「ううん……紫苑お兄ちゃんと桐兄が、ごめんね……」
慰めるように背中を撫でる葵の手の温もり。
その温もりに、一瞬だけ華乃は泣きたくなった。
「……ぶっちゃけますけど……私、桐也……さん、とは……体だけの関係って言うか…………」
バツが悪そうに、葵から視線を反らしながら華乃は呟く。
「……さん付けとか気持ち悪いんだが」
華乃から急に、さん付けされた桐也が心底嫌そうに顔を歪める。
「そこっ?!
気にするべきはそこじゃないじゃん!
桐也のバカっ…………あっ……」
桐也の反応に青筋を浮かべた華乃がいつものクセで反論する。
だが、すぐに失敗したとばかりに口を押さえた。
「お前、逃げるだろう?」
「は?」
「俺が、葵の兄貴だって知ってたら……逃げてただろう?」
鋭い眼差し。
「っ……」
図星だった。
桐也が葵の兄だと知っていたら、華乃は死んでも関係など持たなかった。
「先に言っておくが、俺は体目当てで女と関係を結んだりしない。
お前はセフレと言うが、俺はお前のことを恋人扱いしていた。」
「え、嘘……」
「どうでもいい女を、夜のお台場公園まで迎えに行ったりしない。
癇癪を起こして泣き喚く女の相手を一晩中しない。
……俺以外に性欲が向かないように、数年単位で囲ったりしない。」
「……だけどっ……!」
桐也の言葉を否定できない。
だって、華乃には全部何度も何度も身に覚えがありすぎた。
「先に言っておくが、愛していると言わなかったのはワザとだからな。
愛していると告げた瞬間に、お前は逃げに走っただろうからな。」
「…………」
「図星だろう?」
「っ……だからって!
急に恋人だとか、結婚とか言われてもっ!」
「……今なら、葵と姉妹に、家族になれる権利がついてくるが……いらなかったか?」
「いります!
桐也っ私と結婚してっ!!」
掌くるりな華乃。
「ふふっ……ふ、お……面白い子だね……!」
あまりの変わり身に、紫苑が爆笑する。
「華乃ちゃんが、お義姉さん?
不思議な感じだけど、私も華乃ちゃんと家族になれるのは、とても嬉しい!」
「…………」
素直に嬉しいと微笑む葵。
微妙な気持ちになっているが、言葉にも、表情にも出さない彰良。
「ふふふ……これで、義妹ちゃんの話は済んだってことで良いのかな?」
「はい!
不束者ですが、よろしくお願いします!」
「ふふっ……本当に元気のいい、面白い子だね。
うん……桐也が好きになっちゃうわけだよ。」
目尻から涙を流して笑ってしまう紫苑。
和やかな雰囲気が漂い始めた部屋に、桐也が注文していた料理が運ばれてくる。
「……折角の美味しい料理が冷めたら勿体ないね。
今日は、どんどん食べようね。
……特に、葵……君は日々節約のやりすぎなんだよ。
また貧血で倒れたりしたら大変だから……しっかり食べているか見張っているからね」
「……ちゃんと毎日食べてる……」
「そうかな?
君はすぐに食費とか、自分にかけるお金を削って貯金に回すから。
……お兄ちゃんは、いつも心配なんだよ。」
「……ちゃんと、食べてるわ」
葵をジッと見詰める紫苑の眼差し。
嘘を見抜くように見つめる桐也の視線。
「菖兄さんも、いつも心配しているんだよ。
……しかも、君は必要な季節の服も買わないことが多いだろう?」
「ちゃんと、最低限の服は用意して……」
「……クリスマスプレゼントだってダウンコートを贈らなければ、ペラペラのジャンバーで冬を乗り切ろうとしたのに?」
「うっ…………」
言葉に詰まる。
「……もっと自分を大切にしなさい。
少なくとも、大切な人が出来たんだろう?」
「……はい」
バツが悪そうに頷く葵に、紫苑が表情を緩める。
「まぁ…………こんな風に手の掛かる子だから、気を付けてね……彼氏くん?」
「はい」
ニコリと笑顔で振られた彰良。
「……紫苑お兄ちゃん、彰良くんに変なことを吹き込まないで」
少しだけ拗ねたように、葵は唇を尖らせる。
「ごめんね、葵。
でも、結婚するなら大切なことだよ?」
「えっ……いや、でも……?」
すぐに丸め込まれる可愛い妹に笑ってしまう。
……だからこそ、兄として妹の相手を見定める必要がある。
――――もう二度と……葵が泣くことがないように。
紫苑は目を細めて彰良へ視線を移すのだった。




