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その恋、賭けですよね? ~愛しているので、もう逃がしません~  作者: ぶるどっく


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第二十一話



 時は少しだけ遡る。


 総務課へと現れた嵐、孔雀 紗夜。


 一目散に彰良の下へと歩み寄り、話しかけていた。


「(……今日も、綺麗だなぁ……)」


 総務課内が静まり返っているからだろうか?


 高めの紗夜の声がフロアによく響く。


 だが、不思議なことに彰良の声は、まったく聞こえない。


「(孔雀主任って……姿勢とか、仕草も綺麗だからすごい。)」


 葵の母親は、日本舞踊を教える教室を開いている。


 その母の教室で、幼い頃から日本舞踊を教わっていた葵。


 普段から姿勢や立ち振舞に厳しかった母。


「(……書類の字も整っていて……多分、孔雀主任は美容だけを整えてる人じゃない。

 より美しく振る舞うために、お金を出して習っている教養なんだろうな……)」


 葵は紗夜の立ち振舞いを素直に凄いと思う。


 仕事も有能で手を抜かず、自分を磨き抜く努力を怠ることもない。


「(彰良くんのことが無ければ…………普通に努力家で、綺麗な人だと思えるんだけど……)」


 自分の仕事を捌きながら、つらつらと考える。

 

 ……しかし、そんな葵の耳に鋭い刃のような言葉が届いた。


「なぁに、その安っぽい玩具みたいなタイピンは?」


 心が冷える。


「(……安っぽい……玩具……)」


 葵の手が止まり、瞳が揺れる。


「彰良くん……そんな安物……え、嘘でしょ……まさか……手作り?」


 嘘でしょうと嗤う声が、静まり返った総務課に嫌に響いた。


 ……恥ずかしくて、悲しくて顔を俯かせる。


「そんな子供の玩具を付けていたら、彰良くん貴方の価値が下がるわ。」


「(……は?)」


 しかし、次に聞こえた言葉に葵の思考が急速に冷えていく。


「(……あの人、今なんて言った?)」


「…………ぁぉ……っ?!」


 遠くで華乃の声が聞こえた気がした。


 ゆらりと立ち上がる。


「……佐山さん」


「立花さ……ぴっ」


「有馬主任へトラブル回収の連絡をよろしくお願いします。」


「ひゃ、ひゃい……」


「ありがとうございます」


 微笑む。


「…………」


「っ?!」


 総務課長の吉村へ視線を向ける。


 頬を引きつらせて振り子人形のように首を縦に振る。


「…………」


 吉村へ微笑み、静かに頷き返す。


「…………」


 ゆっくりと歩み寄る。


「……ねえ、彰良くん。

 私が、変わりに彰良くんの価値を底上げする有名ブランドのネクタイピンを選んであげるわ。」


 背筋を伸ばす。


 指先にまで神経を張り巡らせる。


 口角を上げる。


 腹に力を込める。


 視界が広がり、思考は急速に巡っていく。


 覚悟を定めて、感情を凍らせる。


「だから……そんなダサくて、みっともないタイピンなんて捨ててしまいなさい。

 美麗で、イイ男の貴方には、似合わなくてよ。」


「っ!

 いい加減にっ………………」


 デスクを叩き付けて、勢いよく立ち上がりかけた彰良と目が合う。


 微笑み返すと…………顔を青ざめさせた。


「……なに……?」


「孔雀主任」


 自分でも驚くほど静かな声。


 紗夜の肩に触れる。


「お話をよろしいですか?」


 微笑む。


「いやよ、私は忙し……」


「では、お話は無しで直接営業部部長及び副部長に対して、孔雀主任の重要なコンプライアンス違反についてご報告させて頂きます。」


「何ですって?」


 美麗な眉がピクリと上下し、紗夜の瞳が葵を映す。


「あら、聞こえませんでしたか?

 孔雀主任、貴女の繰り返される重要なコンプライアンス違反について報告すると言いました。」


 微笑む。


 怒りも、悲しみもない、完璧な微笑み。


「私がいつコンプライアンス違反をしたと言うのかしら?

 くだらない言い掛かりは辞めてくださる?」



「ふふふ……」


「何が可笑しいのかしら?」


「いえ、本社から重大なコンプライアンス違反を起こした営業部を立て直すためにいらっしゃったというのに……」


 静かに真っ直ぐに。


「その程度の知識か、と残念でなりません。」


 いっそ憐れむように。


 優しく美しい、慈愛の微笑み。


「っ?! 」


 ……気圧された。


 我が儘な子供を見るように。


 呆れと諦め。


 落胆を宿した無感情な瞳。


「(……きれい……?)」


「(なんか……怖いのに、目を惹くって言うか……)」


「(やべぇ……変な性癖が目覚めそうっ……?!)」


「(……え……あの冷たい目で見下して……叱って欲しい……)」


 総務課の社員達も息を呑む。


 静かな怒りを立ち上らせる、普段に増して美しい葵から目が離せない。


「孔雀主任。

 ご自覚がない御様子なので、僭越ながらご説明をさせて頂きます。」


 一歩。


 葵が紗夜に近付く。


「一つ。

 会社の印鑑証明などの重要書類を規定の申請書無しで持ち出す行為は、重大な職務規定違反となります。」


「待ちなさい。

 私は申請書を出さないとは言ってないわ。

 後で、彰良くんに提出すると……」


「事前提出が原則です。

 また、犬飼くんに重要書類に関する申請書の提出を後付けで了承する権限はありません。

 孔雀主任は役職としての立場を悪用し、立場の弱い一般社員相手に職務規定違反を求めるおつもりですか?」


「っ……冗談よ。」


 形の良い唇を噛み締め、言い放つ。


「それならば良かったです。

 ……以前、問題を起こした彼も同じような言動をされていましたので…………孔雀主任が二の舞にならないか危惧していました。」


 悪意も何もない美しい微笑みを返す。


 だが……その瞳は決して笑っていない。


「……気分が悪いわ。

 彰良くん、早く申請書を……」


 分が悪いと判断し、総務課を立ち去ろうと考えた紗夜。


「二つ」


 しかし、葵がそれを許さない。


「特定の一般社員に対する過度な身体的な接触行為。

 加えて、立場が下である一般社員が拒否しているにも関わらず、その他大勢の前で個人名を呼ぶ。

 拒否しているにも関わらず親密性をアピールする。

 本来、役職を持つ者として一般社員の手本となるべき人物が、公平性を揺るがす言動を取る。

 これは、ハラスメント行為に該当します。」


「……それは誤解だわ。

 彰良くんが名前呼びを嫌がるのは恥ずかしがっているだけよ。

 貴女みたいにイイ男との恋愛経験なんて無縁の雑草には分からないでしょうけど。

 恋愛の駆け引きにおける主導権争いの一つ、立派なテクニックよ。」


 葵に少しでも気圧された己に苛立つ。


 引こうとした紗夜を引き留め、わざわざ対峙すると言うならば受けて立とう。


「孔雀主任は、恋愛経験が豊富で素敵ですね。

 ……最も、重大なコンプライアンス違反を引き起こした彼も同じようなことを言ってましたよ。」


「……っ」


「また、総務課の吉村課長に対し、犬飼くんよりハラスメントに関する相談が受理されています。

 その件に関して、今後は孔雀主任が総務課へいらっしゃった際の対応は、すべて私が窓口となることが決定しております。」


「なんですって?」


 葵の言葉に鼻白む。


 紗夜という美しい女がわざわざ声を掛けたと言うのに……それをハラスメント扱いした。


 その事実に愕然とする。


「そして、三つ。」


 葵の瞳に苛烈な光が宿る。


「孔雀主任。

 貴女にとって犬飼くんのネクタイピンは、無価値でしょう。」


 言葉を切る。


 素人のワイヤー細工など、高級ブランドの足元にも及ばない。


 一生懸命に選んだスモーキークォーツも、所詮は安い天然石。

 

 宝石には勝てはしない。


「手作りなど、道端の石ころほどの価値もない。」


 ……だが、葵は知っている。


 そのネクタイピンを貴重な宝物のように受け取った姿を。


 子供のように輝く瞳を。


「ですが、無価値な物を身に着けたからといって犬飼くんの価値は下がりません。

 だって、彼の価値はそんな物では決まらないもの。」


 心の底から微笑んでやる。


「貴女が安っぽい玩具と言った石ころの価値は、犬飼くんだけが知っていればいいものですから」


 誰に無価値と言われようとも、彰良が笑ってくれるなら……それでいい。


 葵は心よりそう思うのだった。


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