第二十話
普段と変わりない通勤ラッシュ。
休み明けの月曜日特有の忙しさに、社会人達の足は重くなる。
「葵先輩!
頼まれていた書類の取り分けとコピー終わりました!」
ぴょこん、と可愛らしい雰囲気で現れた華乃。
葵に頼まれた仕事を終えて、褒めて褒めてと全身でアピールをしている。
「兼子さん、いつもありがとう。
とても助かりました。」
「葵先輩のためなら頑張ります!」
葵の感謝に華乃が嬉しそうに微笑む。
「…………ねえ、葵先輩。
一つだけ、すっごく気になっていることが有るんですけど……」
「……?」
顔を盛大に顰める華乃に、葵は首を傾げる。
「犬飼さんが気持ち悪いです」
「……えっと……気持ち悪くなくて、可愛い……かな?」
「え?!
葵先輩、犬飼さんに呪われました?!
色んな意味で、大丈夫ですか?!」
相変わらずな華乃の言葉に葵は苦笑いする。
「……まあ、1/3は冗談ですけど。」
「……2/3は本気なんだね。」
葵のデスクから少し離れた彰良のデスク。
二人で視線を向ければ、その背中は花を飛ばしていた。
「葵先輩、犬飼さんにケーキとネクタイピンをプレゼントしたんですよね?」
「え……なんで知ってるの?」
「………………朝一番に捕まって、スマホの待ち受けにしている手作り誕生日ケーキと手作りネクタイピンを散々自慢されました。
(…………葵先輩に使う前に、パイプカットしてやろうか……あのクソ犬……!)」
ギリギリと怒りに任せて拳を握る。
「犬飼くん…………恥ずかしいからやめてって、言ったのに……!」
羞恥心から机に突っ伏してしまう。
「……なんて言うか……面倒くさい男ですよね。
本当に、葵先輩は……あの男で良いんですか?」
「…………うん……」
「そうですよねえ……うん、ドンマイとしか言えないです」
「…………うん」
羞恥心に悶える葵。
呆れたような……しょうがない、と言わんばかりの苦笑いを華乃は浮かべる。
葵の側を離れ、ギンっと彰良を睨んでから、華乃は隣の自分のデスクに座る。
ご機嫌の彰良は華乃の睨みにも、どこ吹く風である。
「お疲れさま。
彰良くんは、いるかしら?」
総務課一同の目が死んだ。
呼びもしない嵐が全力で、突入してきたことを悟る。
「彰良くん、お疲れさま。」
「…………」
長く豊かな髪を靡かせ、我が物顔で堂々と歩く。
デスクが隣り合わせの彰良と華乃の間。
華乃に背を向けるように立つ。
「週末は寂しかったわ。
……連絡を入れたのに既読も付かないんだもの。」
「…………」
紗夜が現れた瞬間から、幸せそうなオーラが消え去り、絶対零度の極寒の空気を纏った彰良。
「ねえ、彰良くん。
仕事の話を良いかしら?」
「…………」
「んもう、冷たいわね。
でも……そんな男を振り向かせるのも好きよ。」
「…………」
紗夜の存在に一瞥も向けることなく、無言で押し通す。
あまりの反応の無さに、紗夜の美しく弧を描く眉がピクリと動く。
「……ところで、猪原商会と契約を結び直すことになるから、今すぐに会社の印鑑証明が欲しいの。
私と彰良くんの仲でしょう?
申請書とかは後で出すから、すぐに準備してくれない?」
自分へ視線を向けようともしない彰良を覗き込む。
第一ボタンをとめていないシャツから、豊かな胸元がのぞく。
「…………」
反応を示さない。
紗夜の存在ごと無視する。
「…………っ」
あまりの反応のなさに紗夜は苛立つ。
今までの男たちは、此処まで紗夜がしなくても簡単に堕ちた。
それなのに……この犬飼 彰良という年下の男は、紗夜の誘惑に動揺すら示さない。
「あら……?」
そんな彰良の胸元に見慣れないネクタイピンを見付けた。
「なぁに、その安っぽい玩具みたいなタイピンは?」
パソコンを操作しつつ、紙にペンを走らせていた彰良の手が止まる。
「(……安っぽい……玩具……)」
離れたデスクにいた葵の手も止まり、瞳が揺れる。
「彰良くん……そんな安物……え、嘘でしょ……まさか……手作り?」
嘘でしょうと嗤う声が、静まり返った総務課に嫌に響く。
「そんな子供の玩具を付けていたら、彰良くん貴方の価値が下がるわ。」
ペンを握る彰良の手に力が籠り、微かに震える。
「…………ぁぉ……っ?!」
ネクタイピンの送り主を知っている華乃。
噴火しそうな怒りを我慢し、送り主である葵の心を案じて視線を向けて…………血の気が引いた。
「……ねえ、彰良くん。
私が、変わりに彰良くんの価値を底上げする有名ブランドのネクタイピンを選んであげるわ。」
紗夜は、絶地位の優位を信じて疑わない。
麗しさを保つための努力も。
美しい所作も。
紗夜をより美しく、麗しくするための努力を積んでいるのだから。
「だから……そんなダサくて、みっともないタイピンなんて捨ててしまいなさい。
美麗で、イイ男の貴方には、似合わなくてよ。」
「っ!
いい加減にっ………………」
デスクを叩き付けて、勢いよく立ち上がりかけて…………顔を青ざめさせた。
「……なに……?」
「孔雀主任」
静かな声。
紗夜の肩に白い手が乗る。
「お話をよろしいですか?」
振り返った紗夜の視界には、壮絶に美しい微笑みを称えた…………葵がいたのだった。




