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その恋、賭けですよね? ~愛しているので、もう逃がしません~  作者: ぶるどっく


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第二話



 昼食を知らせるチャイム。


 ガヤガヤと一斉に動き出す社員たち。


「葵先輩!

 お昼ご飯に行きましょう!」


「華乃ちゃん、誘ってくれてありがとう。」


 葵の周囲に花が浮かぶ。


「ただ……犬飼くんがまだ戻って来ていないから、待ってようかなって……」


「……あれ?

 確かに姿が見えませんねえ?

 どこ行ったのかな?」


「えっとね、さすがに犬飼くんでも全部署を回るのって時間が掛かると思うの。

 ……私が手伝えれば良かったんだけど……」


 一緒に行こうとしたタイミングで、運悪く担当の仕事に関する外線が入った葵。


 電話が終わった頃には、彰良は居なくなっていた。


「(……結局……あの備品も運んでくれたし……彰良くんに悪いことをしたな……)」


 少しだけ落ち込む。


「……私、探しに行って来ようかな?」


 待っているだけではしょうがない。


 探しに行ってみよう。


「んー……葵先輩、此処で待ってる方が無難かもですよ。

 だって、全部署を周り終わったら、絶対に此処には帰って来ますから。」


 人が疎らになった総務課。


 昼ご飯を調達するにしろ、持参しているにしろ。


 必ず戻ってくる必要が有るのだ。


「ぶっちゃけ、犬飼さんと葵先輩の歩幅が違い過ぎて、移動スピードのズレがヤバそうですもん。

 (……てゆーか、お昼を一緒に過ごしたくて殺気まとって爆走してそう。)」


 想像しただけで腹が立つ。


「…………会社でくらい、私にも葵先輩を堪能させろっての。」


「華乃ちゃん?」


「なんでもありませーん」


 華乃の呟きが聞こえず、葵は首を傾げる。


「……華乃ちゃん……あのね、ちゃんと……その、言えてない、ことがあって……」


「んん? 言えてないこと……?」


 黒木の一件で慌ただしかった今週。


 週明け月曜日に比べれば、マシになった金曜日。


「……水族館、ありがとう。

 夜まで側にいてくれて……その……華乃ちゃんが……居てくれたから……」


 ギュッと手を握る。


「あの……ぜんぶあげるって言ったのに……渡せなくて、ごめ……」


「それ以上は、ダメですよ。」


 華乃が遮る。


「あれは、賭けですもん。

 賭けに負けたのは……私、ですから。」


 ふふっ……と華やかに笑う華乃。


「葵先輩……葵先輩は、今……幸せ、ですか……?」


「……うん……幸せ、です」


 穏やかで、美しい微笑み。


 見惚れてしまう。


 ……この笑顔を見たくて、頑張ったんだから。


「そ・れ・にっ!

 私の恨みの矛先は犬飼さんに向いてますからねっ!

 あの萎れっぷりの、雨に濡れた負け犬感が満載な状態なら来ないって思ったんですけどねぇ」


 読み違えちゃいました、と笑う。


「華乃ちゃんは……可愛いね」


 可愛くて、強い……素敵な女の子。


 葵も、華乃のように強くなれるだろうか?


「えっ……ホントですか?!

 すっごく嬉しい!

 もしも、犬飼さんと別れた時には、私と……」


「そんな未来は、断じて無い。」


 華乃の明るい声が遮られる。


「げっ……戻って来てるし。

 つーか、女子トークに割り込んで来ないでくれますぅ?

 …………マジで、空気読めよ。」


「断る。」


 いつの間にか戻ってきたのか。


 眉間にシワを寄せた彰良が立っていた。


「犬飼くん、お帰りなさい。」


「っ……ただいま、戻りました。」


 ふわりと微笑む葵に、一瞬だけ声が詰まる。


「結局、私の仕事を任せてしまってごめんね。」


「いえ、あの件に関しては自分は譲る気が有りませんでしたので。

 特に、問題はありませんし……問題があるのは、別件です。」


 問題はお前だと華乃をジロリと睨む。


「葵先輩!

 犬飼さんが戻って来ましたから、ご飯行きましょー!」


「却下だ」


「は? 犬飼さんには言ってないんですけど?」


 ガルガルと睨み合う。


「……屋上はもう寒いし、食堂は多分いっぱいだから…………此処で食べましょうか?」


 仲良くじゃれ合う二人を見て、苦笑する葵の提案。


「犬飼さんが戻ってくるのが遅いから、しょうがないですね。」


「……本を辿れば、貴様が原因なんだが?」


「えー?!

 か弱くて可愛いだけの私のせいにしないでくださいよぉ!」


 夫婦漫才のような二人。


「……犬飼くんと華乃ちゃんは、本当に仲良しね」


「「仲良くありませんっっ!!」」


 息ぴったりである。


「二人とも、可愛いね。」


「……可愛いのは、葵先輩かと。」


「犬飼さんと同意見なのは屈辱ですけどぉ、めっちゃ可愛くなりましたよね。」


 ため息交じりの彰良と華乃。


「…………?」


 お弁当の包みを広げつつ、頭に疑問符を浮かべる葵。


「……ねー、葵先輩?

 どういう心境の変化ですか?

 ……今まではひとつ結びか、そのまま流してたじゃないですか?」


 髪型のことですよ、と華乃が笑う。


「えっ……ふ、深い意味はなくて……」


 彰良の方へ視線を向けないように気を付けつつ、何とか誤魔化そうとする。


「(そ、そう……深い意味は、なくて…………やっぱり……もとに戻そうかな……)」


 恋も、結婚もすることなく生きて死ぬと思っていた葵。


 そんな葵にとって、女性らしくお洒落をするなど無縁の生活だった。


「…………何か?」


「っ…………な、なんでもないの」


 ……だが、控えめに言っても彰良は格好良い。


 本人は隠しているが、ハイスペックと言うやつなのだろう。


 身長も高くガタイも良い上に、理性的で優しい。


 ……しかも、観察すれば裕福な家柄だと分かる立ち振る舞い。


「(……恋人になれて……嬉しいし、好きな気持ちも本当だけど…………彰良くんに申し訳ないな……)」


 彰良の横に並んでも…………葵では見劣りすると分かっている。


 分かっているけど……お金をかけない範囲で足掻いてみた。


 慣れない手つきで、夜会巻き風に結い上げてみたり、一番安い色付きリップを買ってみたり……。


「(……私……ダメだなぁ……)」


 女としての自信など皆無の葵は、ちょっとだけ悲しくなる。


「(……彰良くんが私のことを好きでいてくれるうちは、がんばろう!)」


 心の中で気持ちを新たにする。


「…………ほんとーに、使えねぇなクソ犬。」


 葵の様子を見詰めていた華乃の額に青筋が浮かぶ。


 どっかの高級ホテルのサンドイッチだろうか?


 味も分かってなさそうな真顔で食べる彰良。

 

「……食うより先に、することがあんだろーが、よっ!」

 

「っ?!」


 ボソリと呟いたと同時に、葵が見ていないことを確認して彰良の脛を蹴り上げた。


「ぐっ、な゛っ……げほっ…?!」


「ちょっ……彰良くんっ、大丈夫っ……?!」


 急に噎せた彰良に慌てて自分のお茶を手渡す葵。


「葵先輩!

 ちょっと髪の毛触っても良いですか?」


「えっ……い、いけど……か、華乃ちゃ……あき、犬飼くんが、噎せてっ……?!」


「あはっ!

 そのくらいで死ぬような玉じゃないんで、オールオーケーですよ!」


 彰良の背中をさする葵を捕まえて、椅子に座らせる。


「ちょおっと、動かないでくださいねぇ……」


「あ、あの……華乃ちゃん?

 犬飼くんがね……く、苦しそうだから……」


「良いんですよ!

 恋する乙女心の欠片もわからないおバカさんには、ちょうど良いクスリですよっ!」


「こいっ……」


 顔を真っ赤に染める葵。


 有無を言わせぬ笑顔で葵の艷やかな髪を手櫛で梳く。


「……すごっ……ちょっと葵先輩、どこのシャンプーを使ってるんですかっ?!

 めっちゃサラサラで綺麗なんですけどっ?!」


「ぇ……いや……ふ、普通のリンスインシャンプーで……一番安いの、を……」


「はぁっ?!

 ソレで、この髪とか嘘でしょっ?!

 うわー…………天然無垢仕様って、こわっ……!」


 慣れた手つきで髪を纏めつつ、その髪の美しさに驚嘆する。


「よし! 出来ました!」


「っ……!」


 息を呑む。


 手に持っていたサンドイッチが落ちる。


 ニヤニヤと笑う華乃を前に、彰良は言葉を失うのだった。


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