第十六話
何の変哲もないコインパーキングに一台の車が入る。
駐車したと同時に鬼気迫る勢いで、地に足をつけた男。
「…………」
半ば駆けるような勢いで、周囲を見渡しながら歩き出す。
「…………どこに……!」
横断歩道を渡り、葵を見掛けた道を進んで行く。
大きな公園へ辿り着き、園内を探すが見当たらない。
「っ…………葵、先輩……」
夜の公園が、脳裏を掠める。
間に合わなかった惨めな男と嘲笑う華乃。
選ばれなかったと思った自分。
絶望が覆った心を月が照らした。
「…………」
ぐっと手に力を込める。
葵は簡単に心変わりをするような女性ではない。
心変わりするなら…………彰良との関係にケジメを付けてから、別の道を歩むだろう。
「…………っ」
頭では、理性では……分かっている。
分かっているが……自分以外の男に気を許していた葵の笑顔がちらつく。
「…………」
冷静さを保とうと、深く息を吐き出す。
そんな彰良の横を通り過ぎた親子連れ。
何となく、その行き先を見れば……見付けた一軒のパティスリー。
「…………っ……!」
引き寄せられるように店の前を通れば……葵と一緒に居た男を見付けた。
「(パティスリー……?)」
レンガ造りの小洒落たパティスリー。
「(……葵先輩は……)」
葵の姿を求めて中をのぞく。
彰良の横をケーキを購入した親子連れが去って行く。
「っ……?!」
厨房の方から、ひょっこりと葵が顔を出した。
「(っ……何で、隠れる必要がある……!)」
思わず隠れてしまった彰良。
頭を抱える。
「…………」
葵の隣にいた男……。
彰良とは違った優しげで、甘い顔立ち。
まるで、お伽噺から抜け出た王子のような佇まい。
「…………」
ヘコむ。
一瞬だけ、負けた気がした。
自分よりも甘くて、優しい、恐らく葵よりも年上の包容力のある男。
「…………」
男が怖いと傷を抱える葵には、余裕のある男の方が相応しいかもしれないと思ってしまった。
「……嫌、だ……!」
負けたくない。
終わらせたくない。
……最後は、本当に同仕様もない時は……葵の、幸せを願うから……
「……っ!」
カラン、コロンとベルが鳴る。
店から葵が出て来た。
「…………」
嬉しそうで、幸せそうな葵に、彰良はすぐに声を掛けることが出来なかった。
「っ……葵、先輩……!」
「え……彰良、くん……?」
それでも、葵を呼んだ。
振り向いた葵の大きな瞳に彰良が映る。
「彰良くん……?
えっと……奇遇だね?」
普段通りの笑顔。
何も変わっていない。
「……すみませんっ!
今、余裕がないので!」
「っ……?!
彰良、くん……?!」
待って!と言う葵の手を掴み、足早に歩く。
……大切そうに持っている白い箱に、男の影を感じて苛立つ。
「……乗ってください」
「彰良くん……あの……」
困惑した葵に、心が痛む。
「お願いです……!
乗ってください……!」
「っ……」
張り詰めた彰良の心を感じ取った葵が、無言で車へと乗り込む。
「…………」
パーキングから立ち去る車は、彰良の自宅へと進路を取っていた。
彰良の自宅へ到着するが否や、彰良は無言で再び葵の手を取る。
「…………」
時々、チラチラとケーキの箱へ視線を向ける葵。
「っ……」
その姿に彰良の苛立ちが募る。
「待っ……あき……っ!」
「っ…………」
玄関の扉を閉めると同時に葵の体を抱き締める。
持っていた白い箱が落ちた音に、葵が瞳を揺らす。
「…………っ……」
「……彰良くん……?」
戸惑った葵の声音。
「くる、しい……から……離し……」
「離しません」
「あき……」
「……離したくない……!」
強まる腕の力に、葵が少しだけ顔を顰める。
「……ですか……?」
「……?」
腕の中に閉じ込めた葵から香る甘い匂い。
「誰、ですか……あの男は?」
「おと、こ……?」
少しだけ体を離して、葵と視線を合わせる。
「葵先輩が、一緒に居た男です。
……俺以外の、葵先輩が安心しきった笑顔を向けた……あの男だ……!」
「…………?」
泣きそうな顔。
怒りや嫉妬よりも、葵は彰良の顔に悲しみを感じた。
「…………あ、紫苑お兄ちゃんのこと?」
「…………は?」
緩む腕。
葵は彰良の頬へ手を伸ばす。
「彰良くん…………泣いてる……?」
葵の指が彰良の目元を優しく拭う。
自分が泣いていると気が付いていなかった彰良は目を見開く。
「っ…………見ないでくださいっ!」
動揺と羞恥に混ざり、葵から顔を背ける。
「……彰良くん……ごめんね。
私、彰良くんを不安にさせちゃった……?」
「っ……」
「彰良くんが見た男の人が、ケーキ屋さんの店員さんだったら間違いないよ」
「…………」
背伸びをして、安心させようと葵は彰良の頭を撫でる。
「っ…………すみません……」
「えっ……あ、彰良くん?!」
壁に沿うように脱力し、座り込んだ彰良に葵は慌てる。
「……俺……すごく格好悪い……」
「……?」
「葵先輩が……盗られるって……勝手に焦って……」
「っ……」
「嫉妬して、焦って……すみません……」
顔を赤く染め、羞恥に悶える顔を腕で覆い、葵から隠す。
自分の勘違いだったことを、彰良は心から安堵するのだった。




