第十七話
座り込んだ彰良の潤んだ瞳。
赤く染まった耳や首筋。
「……葵先輩、本当にすみません……!
でも……今は後生だから、こんな情けない姿を見ないでください……!」
普段と違った震える小さな声。
大きな体を丸めて縮こまっている。
「…………やだ」
「っ?!」
「……私……彰良くんのそういう姿……えっと、大好きかも……?」
「なっっ?!」
目を見開く。
葵から彰良の想像を超えた言葉が、飛び出した気がした。
「はっ……え、なに……を……?」
「うん……あのね、動揺したり、困ったり……顔を真っ赤にする彰良くん……可愛いなって。
……それに、彰良くんのそういう顔って……あんまり他の人に見せないから……嬉しいと思っちゃったの……」
照れたように笑う葵に、彰良は絶句して固まる。
「彰良くんは……やっぱり可愛くて、格好いいね。」
微かに頬を染め、優しく微笑む葵。
固まった彰良の頭を優しく撫でて、更に幸せそうに微笑みを深くする。
「…………俺……一生、葵先輩に勝てる気がしません……」
絞り出したような声音。
どんなに無様な姿を晒しても。
格好の悪い姿を見せても。
すべてを認め、受け入れた上で……可愛い、格好いいと幸せだと微笑まれる。
「(……勝てるわけがない……)」
深くため息を付く。
……だが、ある意味では清々しいかもしれない。
「葵先輩」
「え゛っ……?!」
ニコニコと嬉しそうに彰良の頭を撫でる葵を引き寄せる。
「ちょっ……あき、らく……ん……ぁ……」
唇を重ねる。
「ひゃぅ……」
唇を離す瞬間に、一瞬だけ口付けを深くする。
彰良よりも顔を真っ赤に染め上げ、葵は唇を押さえて座り込む。
「……可愛いと油断していると……ね?」
「っ……?!」
まるで首振り人形のように、何度も頷く葵に少しだけ溜飲を下げる。
「……葵先輩、もし用事がなければ……このまま一緒に過ごしませんか?
ずっと葵先輩と話せなくて、寂しかったんです」
「うっ……うん、えっと……あの……ちょ、ちょっと…………休憩、してから……」
「……葵先輩?」
「っ……」
ジッと見詰める。
何故か動こうと……立ち上がらない葵。
「……もしかして……腰が抜けました?」
「っ……そ、そんなことは……!」
「…………」
「………………た、たてません……」
泣きそうな、困ったような、なんとも言えない顔。
「……葵先輩、失礼します」
「あ、彰良くん?!」
へたり込んだ葵を、彰良がフワリと抱き上げる。
「重いからっ!
は……恥ずかしいから、お願い……降ろして……!」
「まったく重くありません……というか、葵先輩……軽すぎませんか?」
あまりの軽さに彰良は首を傾げてしまう。
「あお…………」
一瞬。
もっと食べた方が良いと告げようとして、口を噤む。
…………女性に体重関連の話は、地雷かもしれない。
「…………」
口を噤む彰良に降ろして貰うことを、葵は早々に諦めた。
「(……ケーキ……たぶん……崩れちゃった、だろうな……。
彰良くんには、申し訳ないけど……あのケーキは自分用ってことにしておこう……)」
葵の手から落ちたケーキの箱。
落ちた時の角度は見ていないが……誕生日プレゼントに出来ないことだけは悟った。
「……そう言えば、葵先輩。
その白い箱は、どうすれば良いですか?」
「ひゃい?!」
「…………ひゃい?」
変な返事に彰良は首を傾げる。
……彰良の自宅に連れて来るまで……大切そうに抱えているように見えた箱。
「あ、あの!
そ、それは……私用のケーキだから、放置してて大丈夫!」
「ケーキならば冷所保存の方が良いのでは?
それに……自分のせいで揺れたり、落としたりしましたから、一度中を確認する方が良いかと。
……崩れていた場合は、自分が弁償します。」
「いやいや……その、大したものじゃないから……」
目を逸らす。
少しだけ心が痛み、胸が苦しくなる。
「…………」
「…………あの、彰良くん……?」
「…………」
葵の視線が揺れている。
「…………ケーキ、見ても良いですか?」
嫌な予感がする。
「ええっ?!
いや……見る必要はないと……思うんだけど……」
「……見てはいけない理由でも……ありますか?」
葵の言動に違和感を覚える。
兄の店から出できた葵。
兄から貰った葵宛のケーキならば、残念がることはあっても……見せたくない理由になるだろうか?
「……それは……」
「…………葵先輩……もしかして、葵先輩が作ったケーキだったりしますか……?」
腕の中の細い身体が、微かに揺れた。
「わ、たしが……作ったけど、あくまでも自分用にお試しで作っただけよ」
宝物を運ぶように。
繊細なガラス細工を扱うように。
葵をリビングのソファへ優しく下ろす。
「……取って来ます」
「彰良くん……」
玄関へ引き返す。
ローテーブルの上に白い箱を置く。
「…………どうしても、見る?」
「はい」
「……あの、ね……スポンジケーキは兄が焼いてくれたから綺麗だけど、デコレーションをしたのが私なの。
だから、最初からあんまり綺麗じゃなかったの。」
「…………」
葵がケーキを作った目的は、彰良には分からない。
本当に自分のために作ったのかもしれない。
……しかし、葵の言動がどうしても違和感しか感じない。
「……うん、やっぱり崩れちゃったね」
「…………」
箱の横側を開け、彰良が見えない角度で葵は何かを確認した。
「……自分も見ても良いですか?」
「……うん」
彰良にも見えるように取り出された丸いケーキ。
落下した影響か、デコレーションされた生クリームが潰れている。
飾りなのか、楕円形の茶色一色のチョコレートプレート。
転がり落ちた数個の苺。
「……葵先輩一人で食べるには、大きくありませんか?」
「……そうかな?
今週は疲れたし、甘い物が食べたい気分だったから……」
「…………」
違和感がある。
葵の性格ならば、兄相手でも金銭に関することを有耶無耶にするはずがない。
自分の物を買うことに積極的では無い葵。
食べたかった、疲れたから……と、ホールのケーキを買うだろうか?
「……これは?」
ホールのケーキ。
中心あたりのチョコレートプレート。
無地であることに、違和感。
……普通、ホールのチョコレートプレートには……何かを書いているはず。
「ちょっ、彰良くん!
手が汚れちゃう……!」
指を伸ばす。
慌てる葵の制止を聞こえないフリをする。
「っ……?!」
ひっくり返したチョコレートプレート。
彰良は、目を見開いて固まってしまうのだった。




