第百話
連絡を終えて、しばらく公園で二人で話すことになった葵と律。
「小学校かぁ……図書室が一番好きだったかな。」
「図書室ですか!
僕も大好きです!」
「律くんも本が好きなの?」
「はい!
英語の物語ならば勉強になりますし、時代小説なども好きです!」
「……七歳で英語の本が読めるってすごいね……」
笑顔の律に、葵は目を丸くする。
「葵さんのオススメは有りますか?」
「今の私なら海外の素敵な景色の写真集とか、時代小説なら少し前に芥川賞を取った作品がオススメかしら?
ただ、子供の頃は女の子向けだけど〇〇さんのお料理シリーズとか……。
あとは……ふふ、ボーイフレンドは幽霊くんだったかな?
そういうのを……よく読んでたわ」
楽しそうに微笑み合う葵と律。
「……律っ!」
そんな微笑み合う二人のもとに。
公園の入口の方から、人影が近付いて来る。
「律!」「律……っ!」
どんどん近付いて来た人影に、律の目が輝く。
「お母さん、お父さん!」
双子を春彦達に預け、律の元へと駆け寄る緋月と悠真。
両親の姿を見た律が、弾かれたように両親へ駆け寄る。
「葵先輩」
「彰良くん」
律と入れ替わるように。
緋月達と共に来た彰良が、静かに葵の側に歩み寄った。
「甥がご迷惑をお掛けしました。」
「迷惑だなんて、そんな……。
律くんがね、たくさん小学校のこととかお話してくれて、楽しかったの」
優しく微笑む葵に、彰良の眉がピクリと動く。
「……律、くん?」
何故……名前呼び?
「え、犬飼くんって呼ぶと叔父と混ざっちゃうからって律くんが……」
葵はやはり変だったかな、と首を傾げる。
「(……まさかとは思うが……だが、血は争えないというし……)」
彰良は苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。
何となく、だが……律に自分と同じ匂いを感じた気がした。
「失礼する。」
さっさと帰るべきか、と考えていた彰良。
其処へ律との会話が一段落した彰良の姉夫婦が近寄ってきた。
「初めまして、いつもぐて……ではなく、弟がお世話になっています。」
チラリと彰良に視線を送り、緋月は葵を見詰める。
「私は犬飼緋月、こっちは夫の悠真と申します。」
深々と緋月と悠真は、夫婦揃って葵へ頭を下げる。
「あ、ご挨拶が遅くなり、申し訳ありません。
私は立花葵と申します。」
「立花さん……この度は、息子を保護して下さり、心より感謝申し上げます」
先に挨拶を受けたことに慌てる葵に向けて、改めて深々と頭を下げる緋月と悠真。
「あ、頭を上げてください!
私は偶然律くんと出会っただけで……大したことは何もしていませんから……!」
「いえ、貴女が律を保護してくれなかったら、万が一の可能性だって有りました。」
「妻の言う通りです。
律が傷一つなく自分たちのもとに帰ってきてくれたのは、立花さんのお陰です」
「あ、りがとうございます……」
緋月と悠真の言葉に何と答えていいか迷う葵。
「……見知らぬ私が、ご子息に声を掛けてしまいましたので……逆に怖がらせたのではないかと……」
申し訳ありません、と葵は苦笑する。
迷子の子供に声を掛けて逆に不審者扱いされなかったことに安堵していた。
「……葵先輩、風が冷たくなってきました。
そろそろ帰りましょう。」
静かに成り行きを見守っていた彰良。
姉の緋月が、普段の調子を取り戻す前に彰良は退散したかった。
「犬飼くんっ……?!」
「待ってください、叔父さん」
葵の手を引き、さっさと緋月が余計な事を言う前に離れようとした彰良を律が止めた。
「……律、まだ何か?」
「はい。
僕は、まだ葵さんへお礼を伝えていません」
「"葵さん"?」
葵を名前呼びする甥に、彰良の眉間にシワが寄る。
「名前でお呼びする許可は、本人から得ています。」
不機嫌そうに目を細める彰良を、真っ向から受けて律は微笑む。
「え、あの……あき、犬飼くん?」
「…………」
人前。
人前では、名前を呼ばない約束を守る葵。
「葵さん、今日は本当にありがとうございました」
そんな彰良の横をすり抜け、律が可愛らしい笑顔を葵に向けた。
「律くん、此方こそたくさん楽しいお話をありがとう」
律の可愛い笑顔に、葵の顔にも自然に笑顔が浮かぶ。
「あの……葵さん、またお会いできますか?」
「え……えっと……」
小首を傾げ、上目遣いに問い掛ける律に対して、葵は答えに迷う。
「っ……」
律は幼いながらに考える。
「(……葵さんはともかく……叔父の様子だと、葵さんと会わせてくれない気がする。
しかも……お母さんと叔父は仲が悪い……)」
少なくとも、葵に律のことを忘れないでもらいたい。
「(葵さんは、お人好しだから子供との口約束でも……ちゃんと守る……)」
子供なりに考えた律。
「葵さんっ……!」
次に繋げるため。
そして、律を覚えておいて貰うために。
律が意を決したように口を開くのだった。
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