コーシとサキの親子遠足 5
サキが部屋に着いて十分程経つと、呼び鈴が鳴った。
「きっとお父様だわ」
スワカはするりとサキの手から降りるとロックを外しに行った。
扉が荒々しく開くと、四十過ぎの男が高そうなスーツを乱しながら入ってきた。
「サキ!!!せっかく歓迎の準備をしていたのに来るのは遅いわ勝手に部屋に入るわ酷いじゃないか!!」
サキは大きな窓ガラスにもたれかかりながら呆れて言った。
「だから、そういうのがうっとーしいんだよジェム」
「恩人に礼くらいさせてくれてもいいだろ!?」
ジェムは大きく嘆くとサキの肩を掴んで揺すった。
「礼なら船の手続きだけで充分さ。そいつが前に話した俺の連れだ」
ジェムはサキの視線を追うと、そこで初めてソファに座るコーシに気が付いた。
「君が、コーシくんだね。初めまして。僕はこのホテルの支配人だ。ジェムと呼んでくれてかまわないよ」
気さくな笑顔を見せたが、その目はコーシを値踏みしている。
敏感に感じ取ったコーシは何も言わないままじっとジェムを見据えていた。
「お父様、サキは長旅で疲れているのよ?あまり立ち話はしないほうがいいのではないかしら」
部屋へ戻ってきたスワカが父の手を引いた。
「あ、あぁ。そうだな。サキ、この後ディナーには付き合ってくれるんだろう?」
食い下がる男に、サキは苦笑した。
「馬鹿でかい部屋で、やたら多い給仕がいないんなら考える」
「…分かった。分かったよ。じゃあ後で使えを寄越すからな」
ジェムは最大級の歓迎を諦めて肩を落とすと、スワカを抱え上げた。
「行こうスワカ。お前も晩餐には参加するだろう?」
「もちろん!じゃあねサキ。また後で」
愛らしい手を振ると、二人は扉の向こうに消えていった。
部屋の中に静寂が訪れる。
コーシはサキを睨むと足を組んだ。
「俺は行かないからな」
サキは荷物をほどきながらちらりとコーシを見た。
「あぁ。ここになんか適当に運ばせる。
…俺も行きたくないんだけどなぁ」
鼻の頭をかくサキを見ながら、コーシは目を細めた。
「サキ。あのガキをどこでどうやって、何から助けたんだ?」
さっきから煮え切らない態度のサキに、コーシはあやしいと睨んでいた。
「…まぁ、いいじゃねーか」
サキはうそぶくと設置されているカウンターへ向かった。
グラスを二つ取り出すと酒の入ったガラス棚を開く。
「ほらコー。珍しい酒がたっぷりあるぜ?」
「…サキ」
話を逸らしても視線を緩めないコーシに、サキは観念して肩を竦めた。
「一応スワカと二人だけの約束なんだけどな」
「俺が喋らなきゃいい話だろ?」
コーシは間髪入れずに言い切った。
サキは二人分の酒をグラスに注ぐと、一つをカウンターに置いた。
「まぁ俺が初めてここに来た時に、さ。やっぱ宇宙まで船が出てるとか聞いたら乗ってみたくなるだろ?んでターミナルをぶらぶらしてたんだよ」
コーシは立ち上がるとカウンターに座り直した。
「宇宙船って、そんな気軽に乗れるもんなのか?」
「んなわけねーだろーが。めちゃくちゃチェックは厳しいぞ。でも例外もある。スワカの持っていたSカードもそのうちの一つだ」
ちびちび酒を煽りながら、サキは気まずそうに続けた。
「で、宇宙船の乗り口でうろうろしているスワカに会ったんだ。乗れる身分証はあるのに、大人がいないから困ってた」
「…まさかサキ…」
嫌な予感にコーシの眉が寄る。
サキは視線を逸らしながら小声で言った。
「まぁ、困ってたし?俺がスワカの保護者のフリした」
「お前が誘拐犯じゃねーか!!!」
大音量で叫ぶコーシに、サキは両耳を指で塞いだ。
「いや、数日で戻れる船だったし。俺はスワカのボディガードとしてちゃんと役には立ったんだぜ?」
確かにボディガードとしてはこれ以上ない人選だろう。
だがしかし、それにしても。
コーシは痛み始めた頭を抱えると一気に酒を飲み干した。
「で、それがなんでお前が恩人扱いなんだよ?」
サキもグラスを空にすると、新しい瓶を物色した。
「まぁこれはスワカがそう説明したってだけなんだけどな。俺は宇宙船でスワカと出会って、守って、連れ戻したってことになってる。おかげで肩身の狭い歓迎を受けてるってわけさ」
見たことのないラベルを選ぶと、それを新しい小さめのグラスに二つ注ぐ。
ざっくりとした説明が終わると、サキはそれに口を付けた。
「…美味い。ペコナフルーツの味だ」
豪奢な部屋のカウンターでグラスを傾けるサキは、極上のスーツも合間って実に絵になる。
コーシはいつもと全く違って見えるサキにため息をついた。
「この、詐欺師めっ」
「なんだよコー。お前のもちゃんと入れたぞ」
呑気な言葉に脱力すると、コーシは何もかもがどうでもよくなって遠慮していた煙草を取り出した。
「あ、俺も…」
「お前はこれから豪華ディナーなんだろ?煙の臭い付けて行く気かよ」
コーシに厳しくはねつけられると、サキは不貞腐れて体を伸ばした。
「やっぱお前も来いよ。社会勉強させてやる」
「行くかっ。俺はさっきの男、あまり好感持てなかったぞ。行っても愛想なんかふらないからな」
サキは腕を組むと不敵に笑った。
「お前、そういう嗅覚は昔から本当鋭いよな。…まぁいいか。俺が適当に相手してくるさ。お前は適当にここで食って先寝てろ」
コーシは煙草に火を付けると返事の代わりに右手を軽く上げた。
しばらくそこで雑談をしていると、部屋の呼び鈴が軽やかに鳴る。
サキはやや顔をしかめると、姿見で一度スーツを確認し直してから玄関を出て行った。
一人になったコーシは煙草を揉み消すと五つもある部屋を順に覗きに行った。
「すっげー、ムダ」
率直な感想をこぼすと、最後にバスルームを覗いた。
そこはコーシの部屋より大きく、足を伸ばしてもまだ余裕がありそうな白い浴槽があった。
コーシはちらりと時計を確認した。
晩餐というからには、二時間はサキは戻ってこない。
コーシは目一杯浴槽にお湯を溜める設定をすると、いそいそとカウンターに戻り酒とつまみを物色しに行った。




