コーシとサキの親子遠足 4
サキは気軽に宿と言っていたが、実際に着いたのはぴかぴかに光る星が五つもついた大きなリゾートホテルだった。
コーシは入り口をくぐろうとしたサキの腕を思い切り掴んだ。
「まて、まてまてまて。なんだよここ!?」
「今日の宿」
「宿じゃねーだろーがこれは!!」
サキは少し困った顔をするといつもの仕草で頭をかいた。
「実は俺ももっと小さい民宿とかがよかったんだけどな。宿泊先の予約を任せた奴がここ以外絶対駄目だって言うからさ」
「誰に任せたんだよ!?」
サキが口を開こうとした時、ホテルの入り口の自動扉が開いた。
「サキ!!!」
ふんわりとした綿菓子のような服を着た少女が、サキの胸に飛び込んできた。
コーシは驚いてその幼い少女を凝視する。
「サキ!!どうしてもっと早く来てくれなかったの!?わたし朝からずーーっと待ってたんだから」
サキは少女を一度高く持ち上げると、その腕にすっぽりと抱いた。
「よぉスワカ。少し大きくなったな」
「当たり前よ!わたしあれから一つも好き嫌いしないで食べているもの!早く大きくなって…サキの、お嫁さんになるんだから」
少女は栗色の巻き毛を揺らしながらサキの首に巻きついた。
「サキ…。なんだよこのガキ…」
コーシが訝しげに問うと、少女はきっとコーシを睨んできた。
「ガキじゃないわ!レディーよ!」
「レディーなら裾蹴ったてて走ってんじゃねーよ」
少女はぐっと言葉に詰まると、みるみる可愛らしい瞳に涙を溜めてサキにしがみついた。
「コー、ここでスワカを敵にまわしたらえらい目にあうぜ?あんまいじめてやるなよ」
「俺がいついじめたんだよ!」
サキは笑いながらスワカをあやすと、ホテルの自動扉をくぐった。
不納得ながらもそれに続くコーシに、少女はサキの肩越しに思い切りあかんべーをしている。
「…このくそガキ…」
小さく悪態をつくと、慌ててふわふわの頭はサキの中に引っ込んだ。
ホテルの中は予想通り、目も眩む豪華さだった。
巨大なシャンデリアは蜘蛛の巣のように精緻なつくりで輝き、ホールに設置された噴水にはダイアを散りばめたような人工的な煌めきが揺れている。
地下都市では贅沢品とされる生花はふんだんにロビーを彩り、窓の外にはありもしない青い海と白い砂浜がガラスいっぱいに投影されている。
コーシは早くも回れ右をしたくなった。
こんな所にいたら、椅子一つ腰掛けられない。
サキがだだっ広いホールを横断していると、途端に周りが騒がしくなった。
「サキさん!!!」
「サキさん!!いつこちらへ!?」
「誰かオーナーに連絡しろ!!サキ様がもう到着してるぞ!!」
サキは騒ぐスタッフに近寄ると、いつもの人懐っこい笑顔で手を差し出した。
「騒がなくていい。部屋の鍵だけくれよ」
「少しだけ、少しだけお待ちください!サキ様が到着された際には歓迎の催しをする為の準備が…」
サキは顔をしかめると首を振った。
「いらねーよ。鍵!」
「ですが…」
泣きそうなスタッフに、スワカが顔を上げて言った。
「わたしがサキを部屋に連れて行くわ。お父様にそう言っておいて」
「…スワカ様がそうおっしゃられるなら…」
コーシはこのやりとりだけで大体の事情を察し、豪華な天井を仰いだ。
鍵にもなる薄いカードを受け取ると、サキは手続きもせずにさっさと昇降機へ向かう。
スワカはずっとご機嫌にサキに話しかけていた。
昇降機に乗り、三人になるとコーシは眉をしかめながらガラス窓にもたれた。
「で、何のトラブルからこのガキを助けたんだよサキ」
サキは気まずそうに目を泳がせていると、代わりにスワカがふり返った。
「サキは悪くないわ!スワカが迷子になったから悪いの…!」
コーシの口調からサキを責めていると思ったのだろう。少女は精一杯身振り手振りで話した。
「スワカが勝手に街に出て、宇宙港まで行ったの!お父様のSカードを勝手に持ち出して宇宙船に乗り込んだのよ」
「お前が…?なんでそんなことしたんだよ」
コーシが聞くと、少女は口を尖らせた。
「家出したの」
「はぁ!?」
贅沢なレースをあしらい、上から下までお金のかかっている少女を見ながらコーシは首を傾げた。
「…家出るほど何が不満だってんだ?」
少女はするりとサキから降りると、背筋を伸ばして優雅に一礼をして見せた。
「ようこそラピード・フラム・ジュディーエへ。あなたとの出会いを心より嬉しく思います。自然の風、太陽、海を感じ、貴方様の心が少しでも癒されますよう、尽力致します。どうぞ心ゆくまでおくつろぎくださいませ」
それは完璧な所作だった。
まるで絵画の中のお人形が丁寧に挨拶をし、出迎えてくれたようだ。
コーシが目を丸くしていると、愛らしく微笑んでいた少女が途端に膨れツラになった。
「わたしの一日は毎日これから始まるの。その後も礼儀の勉強勉強勉強勉強!!お父様はわたしをこのホテルのマスコットにする為に熱を入れすぎたのよ。わたし家出するまでこのホテル出たことなかったのよ?」
もう一度サキに手を伸ばすと、抱っこをせがむ。
サキがスワカを抱え上げると、その後ろで到着を知らせる昇降機の軽快なベルの音がした。
ゆっくりとスライドする出入り口を抜けると、白い大理石の廊下に出る。
「それだけ箱入りでよく宇宙港まで辿り着いたな」
歩きながらコーシが言うと、スワカはまたふくれた。
「お客さんの相手をしていたら色々な話が聞けるわ。ここは他星から来る人も泊まるもの。わたしだって色々調べてから抜け出したんだから!」
地味な服に着替え、帰っていく客の団体に紛れ宇宙港まで行く。
後は手にしたSカードで適当な宇宙船に潜り込む。
幼いスワカではそれを大雑把に計画することしか出来なかったが、彼女には何より大胆な行動力があった。
「で、このガキをサキが無事連れ戻したってわけか?」
サキはずっと黙って聞いていたが、その顔はどこか気まずそうなままである。
「まぁ、大体そんな感じかな。ほらコー、部屋に着いたぜ」
スワカを片手に抱えながらカードを通すと、スウィートルームの扉が開いた。
しっとりと落ち着いた廊下を抜けるとすぐに視界いっぱいに青い空が広がって見える。
ここの窓は徹底してかつての地上の美しい自然を投影しているようである。
もちろんそれを切りただの窓ガラスにしてしまっても、階下に広がるF1の街を一望できる素晴らしさも残してある。
部屋の真ん中には見覚えのある荷物が置かれていた。
コーシのバッグなんて見事な刺繍を施された絨毯に置かれたらゴミ袋にしか見えない。
完全に場違いな所に通されたコーシはため息をつくと、諦めて豪奢なソファーにどさりと座った。




