コーシとサキの親子遠足 3
コーシはアナウンスの音で目を覚ました。
あんなに興奮していたのに、シャトルに乗って三時間たった辺りから記憶がない。
そういえばこの数日、今日を楽しみにしすぎてあまりよく寝ていなかったことを思い出す。
「…ガキか、俺は…」
ぼんやりと呟くと、自分が何にもたれて眠っていたのか気付きはっとした。
「さ、サキ…!」
またガキ扱いされると慌てて離れたが、そのサキも長い腕を組みながら瞳を閉じていた。
コーシはホッとすると窓の外に視線を移した。
相変わらず真っ暗だったが、スピードが徐々に落ちてきているのが分かる。
「あと五分ほどしたらF1の街に抜けるから明るくなるぜ」
後ろからサキの声がしたので、コーシはしかめ面でどさりとシートにもたれた。
「…起きてたのかよ」
「いや、今起きた」
大きく伸びをすると、サキはぬるくなったコーヒーに口をつける。
「あっちに着いたらまず宿に一泊する。出発前に送った荷物は先にそこに届いてるはずだ」
「先に荷物だけ届けるなんて信じらんねー…」
「F1では当たり前のことだ。治安も俺らのシェルターとは比べられないくらいいいんだぜ?」
「ふーん…」
サキの話を聞いても、スラム育ちのコーシにはいつも今一ぴんとこない。
とりあえずコーシは煙草が吸いたくてうずうずしながら暗い窓を見続けた。
ブルースワローの速度が時速百五十キロを切りタイヤ走行に切り代わる。
僅かな振動と共に、コーシの視界が急に開けた。
その眩しさに、始めは白い光しか見えなかった。
だが次の瞬間、想像もしなかった街が視界いっぱいに広がった。
「何…なんだよ、これ…」
立ち並ぶ高層ビル。
宙を走るエアカー。
原理すら分からない浮いた光の羅列。
数え上げたらきりがないほど、初めて見るものだらけだ。
道路は縦にも横にも縦横無尽に伸び、ざっと目に入る人の数も尋常じゃない。
サキはコーシの頭の上から街を覗き、窓に軽く手をついた。
「あそこが宇宙港だ。明日あそこから更に未知の世界へダイブするぜ」
心なしかサキの口調も明るい。
コーシはもう、言葉もなかった。
そこは自分の現実からあまりにもかけ離れている。
サキは絶句するコーシの頭をぽんと叩いてから自分の席に戻った。
「俺も、初めて見たときは今のお前と同なじ顔してたんだろうな」
喉で笑うとまた新しい情報誌を広げる。
「まぁ帰っちまったら中々見れねー風景だからな。今日はたっぷり堪能しておけよ」
「…」
コーシは瞬きも忘れてただただ過ぎ行く街を食い入るように見つめていた。
ブルースワローがターミナルに滑るように入ると、軽快なメロディと共にまたアナウンスが流れる。
その車体が完全に止まると、サキはさっさと立ち上がった。
コーシと同じように初めてF1シェルターを訪れたらしい中年の男が、目の前で興奮に大騒ぎをしていた。
辺りをきょろきょろと見回し、だがどことなくおどおどと通路を進んでいる。
コーシは出来るだけ自分はああならないように気をつけながら背筋を伸ばした。
「コー、こっちだ」
サキの手招きに従順についていく。
この異様な世界でも、サキは変わらず堂々と光っていた。
それが証拠にここでもすれ違う人々は何人もサキを振り返る。
コーシはなんだか誇らしくもあり、悔しくもあった。
どれだけ経てばこの大きな存在に少しでも近付けるのだろうか。
長い階段を降りて街に出ると、早速大量に行き交う人々の群れに飲み込まれた。
コーシはなんとか平静を装いながらサキの一歩後ろを歩く。
他星との交流が盛んなF1シェルターの文明が、コーシのシェルターと同じだなんて到底信じられなかった。
「すみません」
コーシの右隣から短いスカートをひらひらさせた女性が二人声をかけてきた。
「どこから来たのですか?よかったら美味しいお店知ってるのでご一緒しませんか?」
コーシは軽く目を見張った。
新世界へ着いた早々こんな安っぽく声をかけられるとは思わなかった。
サキはにやにやとコーシを見下ろすと腕を組んだ。
「別に羽目を外してきても構わないんだぜ?」
「…気乗りしねーよ」
コーシは舌打ちすると女に冷たい視線を向けた。
「他当たれよ」
目一杯突き放して言ったつもりだが、女たちは黄色い声をだすとはしゃぎながら離れて行った。
「…なんだ?あれ…」
コーシにはわけが分からなかったが、サキには充分理解できた。
このF1では平和慣れした者が殆どだ。
男たちはよく言えば穏やかで、悪く言えば気が弱い者も多い。
その中でコーシの様に見た目から野生的な、気まぐれな豹の様な男性は魅力的に映ったのだろう。
コーシは今しがたの出来事を歯牙にもかけずに街を眺めている。
サキは煙草を取り出すとその隣に立った。
「あそこがセンター街だ。その右側が全部住宅マンションだな」
「あの丸い建物の羅列が住宅マンション?どうやってあんな上まで登るんだよ…」
「聞くより見る方が早いな。今日は街をぐるっと回ってから宿に行くか」
コーシは出来るだけ背筋を伸ばし歩き出した。
サキが見せてくれた世界を全て心に収められるように、一歩一歩慎重に歩く。
二人はこの日、F1シェルターを存分に歩き回っていた。




