コーシとサキの親子遠足 1
実はコーシは異例の経歴を持ちながらも最先端の宇宙船にエンジニアとして乗り込んだ者、という前提があります。
先にスラムから見て頂いた方には違和感しかないかもしれませんが、一応番外編に載せておきます。
「コーシいぃい!!!お前今日どっから帰って来たんか言うてみろやごらぁ!!!」
M-Aは血相を変えて怒鳴り込んで来た。
シャワールームで泡にまみれていたコーシは眉を寄せながら抗議した。
「出てからにしろよM-A。女の匂いがとれなくて手焼いてるんだから」
「そのことじゃごらぁ!!!サキは知っとんのがい!!!」
コーシは熱いシャワーを浴びながら知らん顔をした。
一年前から知ってるなんて言ったら今度はサキの首が危ないことは分かっている。
「とにかく、もう出るからあっちで待ってろよ」
滴る水を手で拭うコーシを見ながら、M-Aはため息をついた。
十五歳半ばを迎える目の前の青年は、大人の目から見てもすっかり色気付いている。
勝手に染めた金髪は程よく伸び、勝手にあけたピアスは年々増え、明るかったライムグリーンの瞳はしっとりと落ち着いている。
長く伸びた手足はそれだけで目を引くのに、サキが相変わらず何かと無茶な構いつけをするせいで体つきも中々悪くない。
「俺は…俺はこんな子に育てた覚えはないぞ!!!」
「なに寝ぼけてんだよM-A。お前に育てられた覚えはないぞ」
「で、お前の昨日の相手はどんな女やねん!?」
「だから、出てからにしろって…」
コーシは言葉を濁しながらも頭の中で適当な言い訳を考えていた。
何せ昨日の女は、酒場で初めて会った一度きりの相手だ。
肩を怒らせてリビングへ向かう大きな背中を見ながら、面倒そうにため息をつく。
「…本当のこと言ったら…俺もくびり殺されそうだな」
なにかとたらたらと時間をかけてリビングに行くと、すっかり臨戦態勢のM-Aが灰皿に煙草をもりもり積みながら待っていた。
「まぁ、座れや」
無理矢理落ち着こうとしてるM-Aの前に座ると、コーシも煙草を取り出した。
「もう酒と煙草は何も言わん…。でもなぁ、女は生き物や。適当な火遊びしてたらそのうち痛い目にあうぞ」
コーシはこんこんと言い諭すM-Aを煩わしげに見ながら煙草をふかす。
「盛る前にまず彼女を作れ!!体がええ奴にあちこちふらふらついてくようなアホなことはするな!!」
「…すげー諭しだなそれ…。やりたいだけの彼女をまず作れってことか?」
「アホか!!まずは好きな女を探せいうとんねん!!」
コーシは煙草をもみ消すと天井を仰いだ。
「…無理。俺のリソーはたぶん二度と現れない…」
M-Aは太い眉を寄せるとため息をついた。
コーシがサナを無意識に引きずってるのは間違いなさそうだ。
M-Aが唸っていると、玄関の扉がふいに開いた。
「コー!!上手くいったぜ!!これで密航の手配はばっちりだ!!」
サキがうきうきした足取りでリビングに入って来る。
が、入った途端に鋭い漆黒の瞳に射抜かれ一歩下がった。
「…ほぅ、密航か。…えらい楽しそうやのぉお前ら」
「M-A!!おまっ…今日は市街へ行くはずじゃなかったのかよ」
「お前んとこの不良息子が女こさえて酒場から出てくんの見てもたからなぁ。予定全部すっぽかして説教しにきてたんや」
サキはちらりとコーシを見ると、声に出さずにこのバカと口だけ動かした。
「ほぉ。どうやらサキのお墨付きらしいなぁ。今日はたっぷりお前らを絞る必要がありそうやな」
二人はそろって首をすくめると視線をそらした。
「まぁそう怒るなよM-A。ガキさえ作らなきゃどうってことないだろ」
「アホか!!恐ろしい女にでもひっかかったらどないすんねん!!」
「分かった分かった。俺からコーにちゃんと言っとくから」
サキはM-Aをなだめながら着替え始めた。
「えらいちゃんとした格好して出かけたんやなサキ。で、密航てなんやねん」
サキは頭をかくと天井を指差した。
「…なんや?地上か?」
「もっと上」
「まさか…飛行機?」
「…もっと上」
「…」
M-Aは机に突っ伏すとまた低く唸った。
「お前…コーシも宇宙連れて行く気かい」
コーシは目を見張るとM-Aを見た。
「なんだよ。M-Aも前にサキが宇宙へ行ったこと知ってたのか?」
M-Aは煙草を取り出すと火をつけた。
「当たり前や。サキが俺に何も言わんと三ヶ月も留守にするかい。
ずっと北にあるシェルターでは他星とのやりとりがあるて聞いたことはあったけどな。
サキがほんまにそこへ行くて聞いた時は正気を疑ったわ。しかもほんまに宇宙まで行ったとかぬかしよるし」
「なんだよM-A。信じてないのか?」
「お前が言うならほんまなんやろ。ただ信じられへんくらい俺からしたら突飛な話や」
「だからお前も来いって言ったのに。他の文明がいかに進んでいるかを目の当たりにするぜ?」
「お断りや。俺は一生大地に根を張って生きるんや」
コーシは身を乗り出すとサキを見上げた。
「で、いつ出発できるんだ?」
「今週末にはここを出るぞ」
M-Aは目を見開いた。
「ちょお待てやお前…今度ハードハムとなんや偉いさんらと密会があるて言うてなかったか!?それに南区ではずっとエンビエンスがお前が来るの待ってるて言うたよな!?その他の予定もお前には山ほど残っとんねんぞ!?」
サキはM-Aの肩に手を置くとどうでもよさそうに首を振った。
「小せぇことで水差すなよM-A。ま、適当に言っといてくれよ!あ、でもアオイの奴との約束は行きの途中で済ませとくかな。あいつをすっぽかしたら後が恐い…」
コーシはぴくりと反応すると視線だけサキに向けた。
M-Aはがしがしと頭をかくと勢い良く立ち上がった。
「俺はもう知らんぞ!!この人騒がせどもめ!!宇宙のチリんなって燃えてまえ!!」
ぷりぷりと怒りながら荒々しく玄関を出て行く。
サキは煙草をふかしながらちらりとコーシを見た。
「あーぁ。お前のせいで怒っちまったじゃねーか」
「後半はサキのせいだろ!?…ほっといていいのかよ」
「構うな。それしきでどーこーなる付き合いじゃねーよ」
サキも立ち上がると脱いだ服を引き寄せて部屋へ向かった。
リビングを出る前に少しだけ振り返る。
「コー、お前市街へ出て適当な服買っておけよ。場所に応じて見繕うことも、今回の勉強だぜ?」
「…おー…」
適当に返事をしながら散らかったリビングを片付け始める。
一人になると、コーシは窓から空を見上げた。
サキが地上から見たあの太陽の元へ行ったと聞いた時から、コーシは宇宙のことを出来うる限り調べ尽くしていた。
憧れでは終わらないこの思いに、サキは素知らぬ顔で気付いていたのだ。
「どんな世界なんだかな…」
週末を思うと期待に胸が膨らむ。
こんなにわくわくしたのは、本当に久しぶりだ。
コーシは大きく伸びをすると、早速部屋をしばらく空けるために片っ端から整理し始めた。




