ウィークリーズの半年後
グランディオンが南区を統括し始めてから半年。
ライはアークルの代わりに走り回る日々を送っていた。
「ライ…お前また一層ひどい顔になってるぞ」
サタが救急箱を片手に呆れて言った。
「おう、まーた第一地域で暴れる馬鹿がいやがってよぉ。やっぱまだまだ南区は荒れてやがるな」
「お前はいつから治安部隊になったんだ?いちいち首突っ込むなよな」
消毒液を最低限だけかけると細く割いた布を当てがう。
ぶつぶつ言いながらもサタの手当ては実に的確だ。
ライは施設の広間をぐるりと見回すと眉を潜めた。
「…で、リーダーは?なんでまた不在なんだよ」
「分からない。だがウェンズがじきに戻ってくるって言ってたからそのうち戻るだろう」
ライの手当てがちょうど終わった時、広間の向こう側の扉が音をたてた。
入ってきたのはサンドとユーズ、それからマンドだった。
「よぉライ。いつもに増してひでー顔じゃねーか」
「馬鹿野郎。この勲章の良さが分からねーなんてまだまだ青いぞユーズ」
サタはサンドを見上げると口を開いた。
「サンド、ガキどもはちゃんと工場でやっていけそうだったか?」
「おう。あんだけバラしたりくっつけたり出来たんだ。それなりに働かせてもらってるみたいだったぜ」
ユーズは腕を組んで息を吐いた。
「しかしグランディオンも思い切ったことするよなぁ。この南区で適材適所を試みるなんて。まぁおかげで第一地域の奴らもやる気のあるやつはしゃかりきに張り切ってやがるけどな」
マンドはサタの隣に腰掛けながら何度か頷いている。
五人が座りこんでしばらくたむろしていると、また広間の扉が開いた。
皆はてっきりウェンズあたりが帰ってきたと思いのんびり視線を送った。
だが入ってきたその小さな姿を見ると、全員思わず立ち上がった。
「よぉ、皆。しばらくぶり。アークルはいないのか?」
「コーシ!!!」
「コーシ!!」
「クソガキ!!」
それは半年ぶりの再会だった。
コーシはあの決戦の後、しばらく意識がないと聞いていた。
様子を伺いに行こうとしても、コーシの周りにはサキを始めとした中央区の主戦力が揃っていて近付くこともできなかった。
そうこうしている間に、気が付けばコーシは南区を後にしていたのだ。
サンドはずかずかとコーシに近寄るとその茶色い頭を思い切りかき混ぜた。
「無事だったのかよこの野郎!!!なんの挨拶もしねーで消えやがるからずっと気になってたんだぜ!?」
ライも不機嫌な顔で腕を組むとコーシを睨んだ。
「お前が施設を飛び出した日からろくに話しも出来なかったからな。もやもやしたじゃねーか!!」
コーシはサンドの手をくぐり抜けると皆の輪の中に入った。
「悪かったな。俺も気にはなってたんだけど何せ体がしばらくいうことをきかなくてさ。やっと遠出の許可が出たんだ」
サタは眉を寄せるとコーシを見つめた。
「遠出…か。戻ってきたわけではないのか」
ユーズもサタのセリフに眉間にシワを寄せた。
「ガキどもも皆お前の帰りを信じてるんだぞ。お前は…やっぱり中央区のものなのかよ」
コーシは苦笑すると困ったように小首を傾げた。
「中央とか南とか関係ないさ。俺は俺だ」
「それは違うな。お前は俺たちのものだ」
コーシの後ろから声が割り入った。
「アークル!!」
「リーダー!!」
「リーダー!ウェンズ!!」
コーシが振り返ると、記憶と違わない琥珀の瞳がコーシを捉えていた。
「アークル…久しぶりだな」
アークルはコーシの目の前まで来ると、目を細めて言った。
「俺たちが決戦時に力を貸す条件は、ことが済んだらお前を南区に貰うことだった。お前の帰る場所は、ここだ」
コーシは目を丸めるとウェンズを見上げた。
ウェンズも一つ頷くと含み笑いをした。
「本当だ。確かにアークルはサキにそう言ってたぞ」
マンドがコーシの腕を掴んだが、コーシは慌ててそれをふりほどくと皆から数本距離をとった。
「ちょっ…、ちょっと待ってくれ!!俺は何も聞いてないぞ!?」
「聞いてなくても構わない。お前が今ここで頷けば済む話だ」
アークルがずんずん迫るので、コーシは本能的に後ろに飛びのいた。
「おいアークル…!!?本気か?」
「頷くまでは解放しないぞコーシ。お前ら、コーシを捕まえろ」
六人はじわりと陣形を組むとコーシを見据えた。
「お、おい!!お前ら皆まじか!?」
コーシは本気で焦ると後ろへじりじりと下がる。
先頭を切ってマンドが飛び出したのが合図となり、珍妙な鬼ごっこが始まった。
コーシはひらりと身を躱すと全速力で広間の端まで駆け抜ける。
「七対一なんて卑怯だぞ!!」
「勝手に消えたお前が卑怯なんて言えるか!!体はもう大丈夫なのかよ!!」
サンドが伸ばした腕を跳躍で躱すと、その肩に足をつきまた跳躍する。
高く飛び上がったコーシは宙で回転すると綺麗に着地した。
「傷は全然大丈夫だ!!おまえらこそもう平気なのかよ!!」
「俺らは、お前と違って頑丈だから、な!!」
後ろから迫るユーズに低くしゃがんで足をかけると、体制を崩したその背中を踏みつけて乗り越える。
「決戦時は世話になったなお前ら!!」
叫びながらサタの腕を躱す。
ウェンズはサタに気を取られていたコーシの右腕を掴んだ。
「そう思うなら、大人しく捕まってろよコーシ」
コーシは逆にウェンズの肩を掴むと一回転しながら背中にまわる。
ウェンズの手が逆手になりコーシからはずれる。
その先で構えていたライとマンドがすかさずコーシに突撃した。
「お前がお前として生きる場所はここだぜコーシ!!わざわざサキの影になんて隠れることはない!!」
コーシの瞳が僅かに揺れた。
ライとマンドの間に出来ていた隙間に自ら滑り込むと手をついてすぐに立ち上がる。
「…お前らが、俺自身を認めてくれてるのは凄く嬉しいよ」
服についた埃を払うと、コーシは皆を見つめた。
「でも俺はまだサキの側でやらなければならないことが…たぶんある」
アークルはコーシを凝視すると目を細める。
「どうしても戻るつもりはないのか」
「ああ。今日は挨拶だけしに来たんだ。一年間、世話になったからな」
コーシは瞳に力を込めるとアークルをしっかりと見つめ返す。
「ここでの一年は色々大変だったけど、ここに来なければ…俺は今でも守られるだけの甘ったれた子どもだった。
皆はこんなに厳しい現実の中…生き抜いてるっていうのにな」
苦いため息をつくと軽く頭をかく。
コーシは少しだけ笑みを作るとはにかみながら言った。
「だから礼を言いに来た。俺を今の俺にしてくれたのは、ここの皆だから…」
沈黙が訪れる。
コーシを諦めきれない男たちの瞳がゆらゆらと揺れている。
だがアークルは腕を組み直すと首を横に振った。
「どうしても、お前はここには戻らないというのだな」
「たまになら、遊びに来るよ」
アークルは不敵に笑った。
「それはやめておけ。お前が中央区に帰るたびに皆複雑な思いにかられるだろう。次の鬼ごっこは百対一になるぞ」
コーシは大袈裟に顔をしかめると一つ身震いした。
アークルはゆっくりとコーシの元まで歩くと、その目の前でぴたりと止まる。
「お前はもう、ここへは来るな」
「…」
「その顔を拝みたくなったら俺らがそっちへ行くさ」
コーシの目が大きく開く。
アークルはコーシの頭を一つ叩くと珍しく優しい笑みを見せた。
「世話になったのは、俺たちの方だ。どこへ行こうが、お前は俺たちの仲間だ」
いつも氷のように冷たいその顔が見せた微笑みは、印象的にコーシの胸に刻まれた。
「アークル…」
「行け。これ以上ここにいると本気で力付くでお前を捕らえるぞ」
コーシはいつもの顔に戻ったアークルを見つめると一つ頷いた。
「…じゃあな。行くよ…」
「…」
コーシは少し躊躇った後、右手に拳をつくりアークルに向けた。
アークルは数秒間その手を見つめていたが、やがて同じものを作るとコーシのそれに向けた。
大きな拳と小さな拳が僅かに触れる。
コーシは満足そうに笑うとくるりと踵を返した。
小さな背中が扉の向こうに消えるまで、誰も動こうとしなかった。
アークルはしばらくコーシの出て行った扉を見つめると、皆を振り返った。
「…これでよかったか」
誰にともなく言うと、ウェンズがすぐに苦笑した。
「残念だったなアークル」
サンドがぷりぷりしながら腕を振る。
「全く…猫みたいにすばしっこいやつだよなあいつ」
ユーズも顔をしかめながら悪態をついた。
「あんな奴、いない方がせいせいすらぁ」
「必死で捕まえようとしたくせに」
「うるせーぞサタ!!!」
広場に笑いがこだまする。
ライはアークルを見ると首に手をやりながら聞いた。
「本当にいいのか、リーダー。俺があいつをとっ捕まえて引きずってこようか?」
アークルはひたとライに視線を当てた。
それからゆっくりと皆を見回す。
「構わないさ。俺には、お前らがいるからな」
六人の胸をその一言で揺るがしたアークルは、一つに束ねた長い髪をひらめかせると皆の輪の中に入る。
「行くぞ。まだまだ忙しい日は続くのだからな」
「お、おうリーダー!!!」
「なんでもこっちに回してくれよぉ!!」
男たちは気合を入れると彼らのリーダーの後を勇み足でついて行った。




