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Saki & Koshi 〜番外編〜  作者: ゆいき
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サナとアオイのあのあと

アオイとサナ、決戦のすぐ後です。

この二人も数多い試練をちゃんと乗り越えてくれてほっとしてます…。

サナはシェルターでぼんやりと座り込んでいた。

アオイの趣味であちこちから仕入れている洒落た家具も、白を基調とした部屋も、何も変わらないのにどうも落ち着かない。


サナを送り届けてからアオイが南区へ戻って既に四日が経っている。

いつ帰って来ても大丈夫なように部屋を綺麗にし、料理の作り置きもしたが別段他にすることも思いつかない。


「コーちゃん…大丈夫かな…」


することがなくなると不安ばかり大きくなる。

サナは珍しく用事もないのに外へ出てみることにした。


市街ではボイルエッグの訃報であちこちが騒がしくざわめいていた。

いつも買い出しに行く店に寄っても、聞こえてくる話題はそればかりだ。


「あ、サナちゃんいらっしゃい。昨日も来たのに連日なんて珍しいね」


馴染みの恰幅のいい女が人好きのする笑顔を見せた。


「こんにちは。えっと…果物を買い忘れちゃって…」


何も考えてなかったのでしどろもどろに言うが、女は気にも止めずに世話を焼き出した。


「今日は入りたてはこの青リンゴだね。

こっちの桃も中々美味しかったし、蜂蜜漬けならレモンもあるよ」


サナは顔を上げるとレモンを指差した。


「これでお願いします」

「はいはい。お気に入りだねこれ」


笑顔を見せたサナに、女は意味深な視線を向けた。


「サナちゃんの家の人がお気に入りなのかい?」


サナは少し考えてから頷いた。


アオイから二人のことは極力外で話さないように言いつけられている。

サナは今まで何を聞かれても笑顔で曖昧に濁してきた。

だがそんなことをしていれば勝手な噂が立つもので、女もすっかりサナは悪い男に囲われていると思い込んでいた。


「サナちゃん…。あんたそんな器量もいいんだし、そろそろ誰かいい人でも探し始めたらどうだい?男は星の数ほどいるんだ。

今一人に決めちまうことはないよ?」


遠回しに忠告するが、サナはいつものように柔和な笑顔を見せただけだ。


「ありがとう。あ、青リンゴも一つだけ頂こうかな」


さらりと話題を終わらせると会計を済ます。


軽やかに艶めく髪をなびかせて店を出るサナを見送りながら、女はため息をついた。


「本当に…もったいたい…」


つぶやいていると、後ろから騒がしく物音をたてながら一人の青年が転がり込んできた。


「かーちゃん!!!今…今サナちゃんが来てたのか!?」

「来てたよタカラ」

「もーぅ声かけてくれよ!!俺がいつも待ってるの知ってるくせに!!」


青年はそのまま慌ただしく店を出て行った。


「…知ってるから声かけなかったんだけどね…」


女はやれやれと手を腰に当てるとサナを追いかけるバカ息子の背中も見送った。


サナの後ろ姿を見つけると青年はうきうきと走りに加速をかけた。

だがその隣に見覚えのある男を見つけると一気に顔をしかめる。


「うげっ…あいつ確か質屋のぼんぼんじゃねーか。いい歳してまたサナちゃんにちょっかいかけてやがる!!」


青年は勢いのままサナと男の間に突撃した。


「サナちゃん!!久し振りだな!!最近店に来ないからちょっと心配してたんだぜ?」


男を無視して弾んだ息のままサナに話しかける。


「タカラくん?どうしたのこんなところまで…」

「いやー、たまたまこっちに用事があってさ!!」

「なんだ君は?」


体格のいい男が年若い青年を上から高圧的に見下ろす。

青年は負けずに見上げながら口を開いた。


「あんた、どう見ても三十近いよな?サナちゃんはまだ十七だぞ?何熱あげてんだよ」


青臭い物言いに男が鼻で笑った。


「子どもは引っ込んでろよ。今サナさんにセラーゼ店のディナーをお誘いしてるんだ」


一流どころしか入れない場所を聞かされて青年の動きが止まった。

サナは困った顔で首を振った。


「申し訳ありませんがお誘いはお受けできません。すみませんが急いでおりますので…」


実はこういった誘いを受けるのは一度や二度ではない。

サナはその度にきっぱりと断り続けていたのだが、この二人は中でも最後まで粘っていた。


「サナちゃん、行こう。こんな奴に付き合うことはないぜ」

「サナさん。とりあえず一度だけでもゆっくりお話ししましょう」


こうしつこいのも、噂ばかりでサナの周りにちっとも男の影が見えないからだ。

可憐な少女は数歩男達から下がると、すまなさそうに頭を下げた。


「急いでますので、失礼します」

「サナさん」

「サナちゃん!」


左右の手を取られて買い物袋が手を離れる。


「あっ…」


地面に落ちた袋から、蜂蜜漬けのビンが緩やかな坂を転がり始める。

男たちはそんなもの気にも止めずサナの手を取ったまま睨み合った。


ころころと小さな音をたてたビンが、磨き上げられた黒い靴の隣で止まった。

それを拾い上げると、その男は柔らかいオレンジの髪をかきあげた。


「サナ、何してるの?」

「あっ…、アカツ…アオイ!!?」


サナは驚いて顔を上げた。

まさかこんな真昼間に戻ってくるとは思わなかったからだ。

青年は訝しげに眉を寄せた。


「サナちゃん…誰だよっ?」


サナは困惑してアオイを見上げた。

どう言えばいいのか分からなかったからだ。

アオイは優雅に微笑むと三人に近付いた。


「君こそ、誰かな」

「俺はサナちゃんの…!!」

「行きつけのお店の息子さんなの」


サナが慌てて言うが、青年は握った手を離そうとしない。


一方の男は脂汗を浮かべながらアオイを上から下まで凝視してい た。

なまじ裕福なだけに、アオイが身につけている物一つ一つの価値がよく分かった。


アオイは落ちている紙袋も拾うとゆっくりと二人の男を見つめた。


「悪いけど、離して貰えるかな。僕の大切な人なんだ」

「アオイ…」


大切な人。

その響きがいつもと違うことにサナは敏感に気付いた。

真っ赤になってうつむくサナを見ると、二人は渋々手を離す。


「サナちゃん…この人は?」


諦めきれずに聞くと、サナは顔を赤らめたままはっきりと言った。


「私の、一番大事な人…」

「まさかあんたがサナを囲ってる悪い男!?」

「た、タカラくん…!!」


慌てるサナをよそに、アオイは妖艶に笑うと小首を傾げた。


「そうだね。間違いではないよ」


片手で紙袋を持つと、もう片手でサナを引き寄せる。


「ってわけで、邪魔」


優しかった笑みが急に影を潜める。

代わりに無表情の中に浮かんだのは鋭い眼差しだった。


青年はごくりと生唾を飲み、男は既に逃げ腰だ。

アオイはくるりとサナを反対方向に向けるとその背中に手を添え歩き出した。


「アオイ…いいの?あんなこと言っちゃって…」

「サナ、あれ初めてじゃないね?」


見上げたアオイの顔がしかめられていることに気付いて、サナは慌てた。


「えと、でもいつもちゃんと断ってるんだけどな…」

「ふーん…」


アオイはシェルターの扉を開くとすぐに片手でサナを抱え上げた。


「サナ、次からはちゃんと恋人がいるって断ってよ」


サナはぎこちなくアオイの髪に触れた。


「…いいの?」

「もちろん。サナ、ただいま」


サナは赤い顔のまま嬉しそうに微笑んだ。


「おかえりなさい。アカツキ」


触れるだけのキスを交わすと、優しく微笑み合う。


アオイはサナを抱きしめたまましばらくその感触を確かめていたが、そのまま向かったのは奥の自室だった。

目を大きく見開くサナを、構わずベッドの上に降ろす。


「あ、アカツキ…。ご飯…」

「そんなの後でいい」


降り注ぐ口付けは、抑えていたものを一気に開放したようにサナを求めている。

全く何の心の準備をしていないまま押し倒されたサナは、固まったままぎゅっと目を閉じた。


アオイはふとサナを離すと顔をそらせた。


「…ごめんサナ。これ以上は、何もしないから」


サナは驚いて目を開くと思い切り首を振った。


「違うの!!違うのアカツキ!!ちょっと、急で、びっくりしただけで…」


アオイはサナの額にキスをすると困ったように微笑んだ。


「こんなつもりじゃなかったんだけど、あいつらに火つけられちゃったかな」


男に握られていたサナの手をそっと包む。

サナはどくどくと早鐘を打つ胸を押さえながら、どう言えばいいのか迷っていた。


「アカツキ…」

「さっきのレモン食べたいな。今日はご飯あるのかな」


アオイはいつもの微笑みを浮かべながら立ち上がると、サナの手を引いて立たせた。


二人は少しぎこちないながらもいつも通り夕食を取り、体を流した後並んでソファに腰掛けた。


「そんなに固くならないでよサナ。本当に何もしないから」

「うん…」


アオイは苦笑していたが、ふと思い出したかのように言った。


「そうだ。コーシ、目が覚めたんだよ。割と元気そうだったから大丈夫なんじゃないかな」

「本当!?コーちゃん…よかった…」


祈るように手を組むサナを愛おしそうに見つめると、アオイはため息をついた。


「アカツキ…ごめんね」


サナは自分が拒んだせいでアオイが抑えているのだと思い肩を落とした。

アオイは真剣な目で考え込むとサナの髪をすいた。


「違うよサナ。正直僕の問題かな。サナが欲しくてたまらないのに…どうすればいいのか分からない」


サナは意外な言葉に首を傾げた。

アオイは慎重に言葉を選びながら言った。


「僕にとって、体を求めることは今までただのストレス解消でしかなかったから…。サナに、そんなことはしたくないし…」


アオイはその育ちの経緯から重度の女性不信でもある。

心を結ぶ行為というものは、ただの夢物語にしか思えなかった。


サナは黙ってそれを受け止めると、ずっと自分の左腕につけていた黒いブレスレットに手をかけた。

かちりと小さな音が響きそれが音をたてて床に落ちる。


「サナ…」


アオイは落ちたブレスレットを食い入るように見つめた。

それはアオイの母が、ずっとつけていた物だった。


アオイはサナが母親代わりにそばにいると言った時に、それをサナの左腕につけた。

試すつもりだったのか、縛るつもりだったのかアオイ自身ももう覚えていない。

それでもサナは今まで一度もそれをはずしたことはなかった。


サナは落ちたブレスレットを拾うと、目の前の小さなガラステーブルに置いた。


「もう、いいかな…」


伺うように覗き込む。

アオイは瞳を揺らすと頷いた。


「うん…。今まで大切につけてくれていて…ありがとう、サナ」


サナは深呼吸を二、三回すると、緊張で上がる呼吸を整えた。

俯きそうな視線を懸命に上げ、何とかダークブラウンの瞳を見つめる。


「…サナ?」


珍しく落ち着かない様子のサナを見つめ返していると、頬を真っ赤に染めたサナが掠れる声を出した。


「アカツキ…」

「ん…?」

「抱いてください」

「…」


それだけ言うのが精一杯だった。

耐えきれず俯いたサナは、身体中が熱くて蒸発してしまうのではないかと本気で思った。

理由が分からないままに瞳に涙が溜まっていく。

でもサナには分かっていた。

今何もしなければ、アオイはまた黙ったまま自分と距離を置こうとすることを。


アオイはサナを優しく抱きしめたまま、動けなくなった。

自分が欲しているものも、サナが求めているものも同じなのに、振り切れない迷いが邪魔をする。

もし、サナを壊してしまったら…?


「サナ…」

「…」


ガラス細工に触れるように輪郭をなぞるアオイの手を、サナは小さく震える手で掴んだ。


「私…大丈夫だよ」


顔を上げるとその瞳から一粒だけ滴がこぼれ落ちる。


「怖がらないで…。何があっても私…アカツキの隣にいるだけで幸せだよ」


全てを包み込む、柔和な微笑み。

これにどれほど救われてきただろうか。

アオイは震えるサナを引き寄せるとそっと口付けを落とした。


一つ、また一つと、優しい口付けを交わすたびに互いの肌が露わになっていく。

アオイのシャツが落ちた時、サナの手に包帯が当たった。

はっとして顔を上げる。


「アカツキ…背中のケガが…」

「うん。でももう、止められないし…」

「でも…また傷口が開いたら…」


サナの口を塞ぐと、アオイは小さく笑った。


「この方が、加減ができてちょうどいいかも」


アオイは迷うサナを引き寄せると肌と肌を重ねた。


「振り回してばかりでごめんねサナ。…愛してるよ」


最愛の人からずっと聞きたかった愛の言葉に、サナの瞳はまた濡れ始めた。


「アカツキ…私も、愛してる」


震える声で、上手く伝わらないもどかしさに身じろぎすると、サナを抱きしめるアオイの腕に力が込められた。


変わらない部屋、変わらない家具。

ここは何も変わらない二人だけのシェルターなのに、今何もかもが変わっていく。

新しく育まれ始めた愛の形は、おとぎの世界を演じていたこの場を確かに現実と結び始めていた。

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