コーシとサキの親子遠足 Fin.
「個室!?」
予想外すぎて、コーシは思わず声を上げた。
「お前な、個室じゃねーと半月もどうやって他人と過ごすつもりなんだよ」
サキに呆れて言われて、コーシはやっとその事に気付いた。
「てっきりシャトルみたいに席が羅列してるんだと思ってた…」
呆然と言いながら十二畳程の部屋を歩く。
まるでアルミの缶の中にコンパクトにした家具と水場、あとはベッドだけを置いたような部屋は、コーシには異質な空間にしか見えない。
丸い小さな窓ガラスからは外が見え、その両脇に床とくっついた椅子が設置されている。
サキは荷物を整理しながらその椅子を顎でしゃくった。
「大気圏を出るまではそこでベルト固定が義務付けられている。まぁそんなに体に負担はないがそこそこ揺れるからな」
「大気圏…」
果てしない話に一瞬目眩がする。
サキは立ち上がると部屋を見渡した。
「そこそこ丁度いい部屋にしてくれたみたいだな。以前は馬鹿でかい部屋にスワカと二人きりだったからな」
「あれだけしっかりしてんだから、お前とずっと一緒なんて嫌がったんじゃねーの?」
「もちろん、レディ相手に配慮はしたぜ?あの部屋は…この部屋もだけど仕切れるようになっていて、プライベート空間も作れるんだ」
「へーぇ」
コーシは天井を見上げた。
そうこうしているうちにアナウンスが室内に響き渡る。
席に座りベルトを締める指示が出された。
コーシは思わず背中を伸ばす。
ぎこちなく椅子に触れると、ゆっくりそのシートに腰掛けた。
座り心地は、悪くない。
サキはその前に悠々と腰掛けるとベルトを引っ張り出してかちりと止めた。
「さて、行くか」
気軽に声を掛けると荷物から出していた煙草を取り出す。
コーシもとりあえずベルトを締めると懐を漁った。
「…ない…」
お預かりされたのに、またそれを忘れていた。
サキは小さく笑うとマッチと一本の煙草をコーシの膝に放り投げた。
「落ち着けよ、コー」
「…落ち着く為に、煙草を探してたんだよ」
不貞腐れながらも大人しくサキにもらった煙草に火をつける。
二人で黙って窓の外を見ていると、やがてその景色がゆっくり滑り出した。
途中まではコーシも知っている景色の流れ方をしていたが、ホープスターは直線に入ると一気に加速をかけた。
「…浮いた…」
口から勝手に言葉が落ちた。
考えてみればコーシは飛行機にすら乗ったことがなかった。
機体は軽快に空へ上がると、更に段階を上げて加速した。
「…ッサキ!」
凄まじい轟音に思わずサキを見る。
サキは窓の外を見ながら指を差した。
「あそこから大気圏だ。窓の外が真っ赤に染まる。眩しいからこれ降ろしとくぜ」
サキが遮光フィルターを降ろした途端、視界が一気に赤く染まった。
フィルターを降ろしてなければもっと眩しさにやられただろう。
コーシの心臓は、さっきから早鐘を打って止まなかった。
ちょっと待ってくれと叫びたい衝動に何度も駆られる。
早すぎる速度に、窓の外ももう何がうつっているのかよく分からなかった。
轟音にただ耐えていると、急に視界が暗くなり代わりに室内に明かりが灯った。
凄まじかった音が、それと共に徐々に収まる。
速度は変わらないのに、車のエンジン音より静かになった。
「コー、あれが…俺たちの星だ」
サキに言われてはっとする。
コーシは窓の外を食い入るように見た。
そこには赤茶けた大地と、かろうじて青と言える海を押し込んだような、大きなボールが視界いっぱいに広がっていた。
「ほんとに、丸い…」
口から出たのは、間抜けなセリフだった。
サキは小さく笑うとベルトを外した。
「中々綺麗な星だろ。でもな、よその星見たら愕然とするぜ?俺たちの星は、半分死んでる」
「…」
サキは衝撃に動けないコーシの頭をぽんと撫でた。
「外の世界を知れば知る程、考え方や見え方が広がる。この世界を知ってしまったお前は、これからどう生きる?」
サキは投げかけるだけ投げかけると、その場を離れて水場に行った。
固まったままのコーシは、ただ遠ざかって行く自分の星を凝視するしか出来なかった。
この世界を知ってしまったお前は、これからどう生きる?
この疑問は、コーシのこの先の人生にずっとつきまとうことになる。
時に煩わしくもあるが、この先何度も味わう絶望と苦しみの淵で、それは道標のようにコーシを突き動かす言葉となるのだ。
「…綺麗だ…」
見たこともない星々の煌めきに包まれながら、コーシはいつか自分の力でここへ戻ってこようと、心に誓った。
これで完全に終わりになります。
この一年後が、初めに書いた「刹那にて」になります。
最後まで目を通して頂いた方、本当にありがとうございました。




