一年後のクリスマス
シアンブルーは最後の配線を繋ぐと大きく手を振った。
「いいぜ皆!思い切り引っ張れ!」
「よーし!!せーのっ!!」
景気のいい少年たちの掛け声で沢山の配線が天井へ登る。
高い柱を登っていた青年たちがそれを固定すると、下から見ていたウォヌがシアンブルーに合図を送り返した。
「シアンブルー。電源を入れろ」
「よしきた!!」
シアンブルーが最後に電源を入れると、殺風景だった施設のホールに色とりどりの電飾が光った。
「う…うわぁ…」
「な、なんじゃこりゃ…」
上がった歓声は、微妙なものだった。
「誰だよ電球に青ばっかで色つけたやつ!!」
「紫のセロファン多すぎないか!?」
「緑だと逆に明かりが暗いよね…」
「深海かよここは…!!」
いつもより暗くなったホールで少年たちは肩を落とした。
シアンブルーはなんとも言えない顔でホールに入ると天井を見上げた。
「…だから、クリスマスなんて慣れないもんしようとするから…」
ウォヌは腕を組みながら同じく天井を見上げている。
「まぁ、これはこれで悪くはないがな」
少年たちがどうしたものかと唸っていると、正面扉が勢い良く開いた。
「おぅ!!帰って来てるかガキ共!!ってなんじゃこりゃあ!?」
大きな荷物を抱えたライが薄暗いホールでがなり立てた。
続いて入って来たのは最近では珍しく揃った取り巻き達とアークルだ。
サンドは盛り下がっている少年たちを見回すと天井を指差した。
「…もしかして…電飾のつもりか?」
「悪くないじゃないか。この雰囲気は嫌いじゃない」
サタが感心しながら部屋の中央へ進み手にしていた箱を足元に置いた。
蓋を開けると沢山の暖かい食べ物がいい香りを振りまいた。
マンドとウェンズとユーズも同じく手にしていた箱を次々と部屋の真ん中で開いた。
「うわぁ!!!ご馳走だ!!」
「こんなの初めてだ!!」
少年たちは一気に元気を取り戻すと大はしゃぎした。
「別にクリスマスを祝おうってんじゃないぜ?お前らがこの日に工場から休みをもらって帰ってくるって聞いたから集めただけさ」
ライが最後に大きな袋を広げると中から大量のパンが溢れ出た。
「さ…サンタだぁー!!」
「サンタが来たぁー!!」
「どぅあれがぁサンタだごらぁ!!」
がなるライが可笑しくて、皆に明るい笑い声が広がった。
ウェンズは皆を集めるとその前に立った。
「皆、一年間よく頑張ったな。なんだかよく分からない会になったが丁度いい。こうして皆が揃ったんだから今日はゆっくり過ごそう」
それだけ言うと横に移動する。
真ん中に立ったのはアークルになった。
「…お前らのことはいつでも見ている。成長したその姿を一番見せたい奴はここにはいないが、いつ現れても胸を張って会えるようにこれからもしっかりやれ」
静かに落としたアークルの言葉に、誰もがライムグリーンの瞳をした少年を思い浮かべた。
「さぁ、せっかく持ち寄った食い物が冷めちまうぜ?食おう食おう!!」
サンドがしんみりしかけた空気を打ち破るように声を上げた。
皆が揃って調子を合わせると、一変して賑やかな雰囲気に包まれた。
シアンブルーはウォヌの隣に腰掛けると手にした白湯を一つ渡した。
「あいつ、元気かな」
「そうだな。いつか…会いに行くか」
やや薄暗いホールの下で、南区の孤児達は生まれて初めてパーティらしきものを楽しみながら、誰もが懐かしい少年に揃って思いを馳せていた。
ーーー
市街のイルミネーションを見上げながら、サナは隣を歩くアオイの手を握り直した。
「綺麗だね」
「うん。光の中にいる、サナがね」
微塵も照れる様子もなく甘く言うアオイに、サナは真っ赤になった。
「もぅ…。からかわないでよ」
「そんな無駄なことはしないよ」
アオイは冷え始めたサナの手を自分のコートのポケットに入れた。
絡めた指はそのままだ。
「帰ったら温かいシチューにするね。オリーブオイルはまだあったかなぁ。バケットは昨日買ったんだけど」
クリスマスなんて何の価値もないとアオイは思ったが、サナが何となく楽しそうだから今日は連れ立って出かけてみた。
本気を出せばいくらでも豪華な夕食に連れ出せるし、どんな女でもとろけるようなコースを用意出来る。
だがサナはそんなことには喜ばないような気がした。
「一番の贅沢はやっぱりサナの手料理かな。僕の好みは熟知されてるしね」
「ふふ。アカツキは甘党だしね。デザートははちみつレモンのパイだよ」
サナは幸せそうに微笑むと、ふとメインロードの先を見つめる。
この先にあるのは、スラム街だ。
自分だけ美味しいものを食べることに、サナは僅かに罪悪感を感じた。
コーシはちゃんとしたものを食べているのだろうか。
アオイは黙り込んだサナを引き寄せるとその頬に軽くキスをした。
「おチビさんのこと考えてる?」
「…うん。ちゃんとご飯食べてるのかなぁ」
「心配ならまたこっちへ呼んだらいいよ。その時にうんと美味しいものをご馳走すればいい」
優しく言うとポケットに入れたサナの手を出しそれに口付けた。
「あ、アカツキ…」
サナは口付けを受けた左手に、さっきまではなかった光るものを見つけて目を丸めた。
「だから今日は夜まで、僕のことだけ考えていて欲しいな」
薬指に光る、小さなピンクゴールドのダイヤがはめ込まれたプラチナリング。
「アカツキ…」
「今日はプレゼントをあげてもいい日みたいだからね。それに倣っただけだよ」
「でも…」
豪華なプレゼントに尻込みしていると、アオイは小さく笑った。
「大丈夫。下心はあるから。今日は朝まで一緒にいてもらうよ」
耳元で囁かれるとサナはまた盛大に赤くなった。
見上げると相変わらず優しいダークブラウンの瞳が見下ろしている。
サナはもう一度だけメインロードの先を振り返ると、一つ微笑みを残してアオイと元来た道を帰り始めた。
ーーー
不機嫌なカヲルは膝を抱えて冷える窓際に座り込んでいた。
「そんなとこおったら凍ってまうぞ。せっかく季節外れのぶどう手に入れて持って来たったのに機嫌直さんかい」
「そう思うならとっとと出て行け」
M-Aは勝手にグラスに酒を注ぎながら煙草を取り出した。
「そう言うなや。ええやないかイブくらい一緒におったかって」
「必要ない。どうせ宿泊先のあてが外れたからこっちに来ただけだろう?サキの所へ行け」
「アホか!お前に会いに来たって言うてるやろ。半年ぶりやねんからちょっとくらい愛想よくしろや」
忘れた頃に急にふらりと現れるM-Aに、カヲルはいつも困惑していた。
愛想よくしろと言われても無理なものは無理だ。
「まぁ俺は勝手に寛いでるから気にするなや。お、うまいぞこの葡萄」
「…煙草と酒を片手に食べるな」
カヲルはため息をつくと立ち上がった。
「好きにこの部屋を使え。あたしは他所へ行く」
「なんでやねん。行くなや」
頭をかきながらM-Aものそりと立つ。
さり気なく出入り口を塞がれてカヲルは苛立った。
「どけ」
「どけと言われてどくかいな」
M-Aはさらりと距離を詰めるとカヲルの腕を取った。
「触るなっ」
「じゃあ大人しくここに座れよ」
「M-A!!」
「やかまし騒ぐんやったら今ここで押し倒すぞ」
カヲルはぐっと詰まると不機嫌なまま渋々とテーブルの前に座った。
「どうしてサキの所に行かない?」
「行ったけどおらんかった。勝手に入っててもまぁよかってんけどな。イブに他所の家で一人ぽっちてやっぱさみしいやんか」
「そんなこと気にする玉かっ」
M-Aが入れた酒を煽るとカヲルは思いつくままに悪態をついた。
その白い肌が徐々に赤みを差していく。
「カヲル、飲みすぎんなや」
「あたしの酒を、あたしが飲んで何が悪い」
「まぁ、そうやねんけどな」
カヲルの目はすっかり座っていたが、M-Aはどこ吹く風でマイペースに寛いでいる。
「来年はちっとは髪伸ばせよ」
「絶対、嫌」
「頑固者めっ」
「うるさい不埒ものっ」
「なんやとぉ〜?」
ぐだぐだと軽口を交わしながら二人は窓の外を眺めた。
「来年のスラムはまた成長するかな…」
カヲルが不安そうに眉を寄せるとM-Aがその白い頭をぽんと撫でた。
「当たり前や。また一年忙しなるぞ」
温かい手に、アメジストの瞳を閉じる。
「お前はなんでもかんでも真面目に考えすぎや。まぁそこがええとこでもあるんやけどな」
いい雰囲気に、そのままカヲルを引き寄せる。
「M-A。あたしは、騒いでない」
「騒いでなくても押し倒したなってんからしょうがないやろ」
カヲルはするりとM-Aの腕を抜けると窓辺に立った。
「いつもいつも、思い通りになると思うなよ」
冷たく言うと窓の外に視線を向ける。
遠目に見えるのはサキの住処だ。
「来年は何をしでかしてくれるんだか…」
小さくつぶやくと曇る窓を指でなぞる。
その細い指に、太い指が重なった。
「まぁ、相手はあのサキや。心配せんでも予想の斜め上のことは確実にやらかしよるぞ」
言葉とは裏腹に楽しげなM-Aに、カヲルは呆れて肩をすくめた。
暗い空に見慣れた不敵な笑みが見える。
二人は遠い未来を見つめながら、いつでも眩しく輝く先導者の姿をそこに浮かべていた。
ーーー
コーシは生まれて初めて白く降る雪を見た。
サキにそれこそ雪だるまのように服を着込まされていたコーシは、とてとてと積もる雪の上を歩いた。
「なんだか…ゴミが落ちてきてるみたいだ」
「身も蓋もないこと言うなよコー。せっかく地上まで連れてきてやったのに」
サキは雪がコーシの肌に触れないようかぶりものを下げた。
「今は夜だからそう見えるだけだ。積もった後に日を浴びればすっげー綺麗なんだぜ。明日もう一回ここまで来よう」
コーシは黙って頷いた。
いつも忙しいサキがこうやって時間を作ってくれるのは久々だった。
こうしていると昔よく二人であちこち回ったことを思い出す。
無茶ばっかさせられたが、コーシはこの二人の時間が嫌いではなかった。
「明日、綺麗な雪が見れたらそれって…」
「ん?」
「最高のプレゼントだ」
コーシははにかんだ笑顔を見せるとすぐに背を向けた。
サキは満足そうな笑みを浮かべるとコーシの隣に並んだ。
「よし、海釣りでもするか!」
「え!?雪の中で!?」
「おー、寒い方が魚がうまいんだぜ?」
「どーせ奇形魚なんか食べられないだろっ」
「俺よりでかいの釣ったらなんでも一つ言うこと聞いてやるよ」
コーシはきらりと目を光らせるとサキを見上げた。
「男に二言は?」
「ないねっ」
「絶対だぞ!?」
「おーっ」
後でまたM-Aにしこたま怒られることなんてころりと忘れて、二人はいつもの場所から広い夜海に小さなボートを出した。
寒さと戦いながら真剣に竿を握るコーシをサキは楽しそうに眺めた。
ゆらゆらと波に合わせて明かりが揺れる。
サキがふと満点の星を見上げると、コーシもつられて空を仰いだ。
「…皆…今頃なにやってんのかな…」
コーシが呟くとサキは喉で笑った。
「少なくとも、誰も釣りはしてないだろうな」
「…地上にすら出てないと思うよ」
視線が絡むと二人は同時に悪戯小僧のような笑みを交わした。
「そろそろ帰るかー」
「まだ一匹も釣ってない…」
「いいんだよ。ってだいぶ沖に流されてんじゃねーかっ」
「やばっ…ほんとだっ!」
雪がしんしんと降りしきる中、皆が思いを馳せる男二人は、今死ぬ気でオールを握りながら広い海を漕ぎに漕いでいた。
Merry Xmas for you




