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ゆりいろ☆ステップ  作者: アメカワ・リーチ
ゆりいろ☆ステップ①
9/56

02-3

 ♪


 前回きてから半年振りの日本だったが、私はさして名残惜しいとも思わなかった。

 会場の長崎には友達も親戚もいない。だから、私は試合が終わるなり急いでアメリカに帰る飛行機に飛び乗った。

 私の故郷は生まれた土地でも育った場所でもなく、ユリカのいるところだ。

 なにせ、一週間も会ってない。

 深刻なユリカ不足だ。

「ユリカ……ユリカ……」

 気をつけておかないと、そんな風にぶつぶつぶつぶつとつぶやいてしまいそうだった。

 けれど、空港につくなり携帯に入ったメールは私を酷く落胆させた。

 試合で勝ったうれしさなど、完全にどっかへいってしまうほどの悲報。

 ユリカはコーチとの練習の兼ねて、次のグランプリシリーズが行われるロシアに一週間早めに出発してしまったのだ。

 ただでさえ寂しい一週間に、さらに二週間が加わってしまった。

 三週間もユリカに会えないなんて。

 まずはリンクに直行──もちろんユリカに会うためにだ──しようと思っていたが、その元気もなくなり、私は重い荷物を置きに家に帰ることにした。

 この時間だと当然お父さんは仕事だ。だから私は遠慮なくタクシーを拾って帰ることにした。

「あ、ここです、ありがとう」

 運転手にそう告げて、車から降りた。

「ん?」

 家の前を見るとお父さん車があった。

 驚くと同時に嫌な予感がした。

 死ぬほど忙しいお父さんが、こんな時間に家にいるのはおかしい。もしかして事故でも起こしたのではないか、そんな憶測が私の足を速める。

「お父さん?」

 ただいまの挨拶を省略してそう呼ぶ。

 だが、返事がない。トイレにでも行っているのか。

 しかしリビングに入ると、そこにはちゃんとお父さんの姿あった。

「おかえり、裕樹」

 お父さんはこちらを向き、覇気のない声で──もともと声を張り上げるタイプではないが、いつもよりもさらにだ──私に話しかけた。

「どうしたの? 風邪?」

 自分で聞いてみるも、そうじゃないとわかっていた。なぜならお父さんはたとえ38度の熱が出たとしても会社を休まない、仕事人間だからだ。自分の体調が理由で仕事を休んだことなんて一度もない。

「いや、今日は特別に休みをもらってね」

 特別に、という言葉の重みを感じずにはいられない。お父さんが休みをもらうのは普通、年に一度だけだ。つまりそのシーズン、私が出場する中で一番大きなスケートの大会の日。娘の晴れ舞台を見る、それ以外の理由でお父さんが仕事を休むことは絶対にない。

 ならば今日は何故────

「まぁ、休みといっても、やらなきゃいけないことがあるからなんだけど」

 疑いは確信に変わってくる。どう考えても、良いことなんて起こりっこない。間違いなく私にとって悪い展開が待ってる。

「実はな────」

 私は身構えた。

 これから来るであろう衝撃に備えた些細な防御。

 けれど脆い守りは、斧のごときその告白を前に、なんの意味も成さなかった。


「転勤が決まってな、日本に帰らなくちゃいけなくなったんだ」

 

 世界が暗転した気がした。

 斬るなんてもんじゃない。叩き割るような一言。

 私はその言葉の意味を理解できずにいた。

 沈黙が部屋を包む。何を言えば良いのかわからず、あれこれ頭を回す。けれど頭は回っているよう出回っていなかった。

「俺は一ヵ月後には日本に行かないと行けない」

 一ヶ月という具体的な数字が、より私に現実を突きつけた。

「そんなこといっても、私無理だよ?」ユリカと離れるなんて。まず真っ先に出てきたのはそれだったが、私は喉まで出てきたそれを飲み込んで、もっともな理由を付け加えた。「だってスケートがあるし…………」

「ああ、そうだ。もちろんだ」

 お父さんは頷いた。だから私はその瞬間、瞬間的に希望を見出した。そう、お父さんが日本に行くことと、私が日本に帰ることとは必ずしもイコールではない。

 けれどその希望は、結局瞬間的な希望でしかなかった。

「四月までは<・・・・・>アメリカで暮らせるようにするから」

 絶望的な五文字だった。

 お父さんは私の頭を撫でながら言った。

「裕樹、お前がここを離れたくないのはわかってる。けどな、お父さんもお前と離れたくないんだ。だから頼む、一緒に日本に来てくれ」

 子供の私が言うのもなんだけど、お父さんは娘を溺愛している。

 もちろんそれは単に子離れ出来てないとかそういう話じゃない。妻がいない今、一人娘は唯一の家族なのだ。

 ただ一人の家族と離れ離れになるという選択肢は、お父さんにはない。

 それは簡単にわかる。

 けど…………

「嫌だよ」

 私はお父さんの勢い良く手を払いのけてそう言った。

「絶対行かないから」

 大切な人と離れたくないのは私も同じだ。




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