02-2
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大きな喝采を全身で浴びる。
私は最終滑走、つまりNHK杯のトリだったということになる。
喝采が一際大きかったのはそういうわけもあるが、もちろん私がすばらしい演技をしたからこそのものだ。
冒頭のトリプルトリプルを含めてジャンプは概ね成功、一つループジャンプがダブルになるミスはあったものの、全体的に流れを失わず、納得の演技だった。
観客に手を振り、時々投げ込まれた花束を拾いながらキスアンドクライに戻る。
「よかったぞ」
ディヴィスコーチに肩を叩かれる。
「まぁいつもどおりってとこかな」
手応えはかなりあった。
ミスはお互いひとつずつ。奇遇にもお互いトリプルループの予定がダブルループになるミス。
昨日のショートは二人とも完璧だった。つまり、ショートで私の方が少しだけ点数が上だったのは、実績の差だろう。
私のほうが実績は上だから少し点数が優遇される。となれば、フリーでもそれは同じなはず。
よって勝利は────
『────現在の順位は第一位です』
私にもたらされる。
去年はミスを連発し五位に終わったNHK杯、今年はその雪辱。
「おめでとう」
コーチとがっちり握手を交わしてから抱き合う。
「ありがとう」
それから私は会場に向かって手を振った。それで会場はより盛り上がる。
私は最後にもう一度観客に手を振ってキスアンドクライを後にした。
関係者にお礼を言いながら通路を歩いていくと、インタビューコーナーがあってすぐにアナウンサーがやってきた。
「白石選手、優勝おめでとうございます」
その言葉と同時にマイクを向けられる。
「ありがとうございます」
最初のうちは緊張したインタビューも、去年一年を通してだいぶ慣れてきて、いまではきっちり対応できるようになった。
「見事な演技でした。今の気持ちをどうぞ」
「去年は五位だったので、NHK初優勝はすごくうれしいです」
「ライバルの三木選手がすばらしい演技をした後でしたが、直前に演技を見ていらっちゃいましたよね? その辺、プレッシャーはありましたか?」
「いや、きっちり気持ちを切り替えられたと思います」
「本当にすばらしい演技でした、改めて、おめでとうございます」
「ありがとうございました」
それでようやくカメラから開放される。
ふっと肩の力を抜く。慣れたといってもインタビューに慣れてきただけで、カメラを向けられること自体に慣れたわけではない。いずれ完璧に慣れるのだろうけど、今はやっぱり少し疲れる。
「ユウキ、オメデトウ」
不意に、片言の日本語で声をかけられた。
振り向くと、そこには長身の男性。胸には当然関係者であることを示すタグ。
……結構イケメン。
「ロマノフさん、お久しぶりです」
アレクサンドル=ロマノフ。
スケートを知るもので、その名を知らないものは居ない。
ロシア人で、元アイスダンス選手。
選手時代の活躍は、失礼な話だがまったくもってたいしたこと無い。国内選手権三位が最高、五輪に出場するものの、順位は十五位どまり。世界レベルではあるが、一流ではないというところか。
けれど、今や彼はスケート界でもっとも注目されている人物の一人だ。
理由は天才的な振り付け。
選手の個性を引き出し弱点を補う振り付けの評価は高く、現在を引退して振り付け師に転身してから五年しか経っていないが、すでに一流の仲間入りを果たしている。
例えば去年のオリンピックの男子の金メダリストと女子の銀メダリスト、一昨年の世界選手権の男子チャンピオン、一昨年の女子とペアのチャンピオンのプログラムは彼が作ったものだ。
金メダルに導く振り付けと呼ばれ、早くも伝説となっている。
ついたあだ名はゴールドメーカー二世。
「すばらしい演技だったよ、ユウキ」
片言の日本語は挨拶だけで、ここからは英語の会話。もちろん私はアメリカ生活が長いのでネイティブと問題なく会話できる。
「ありがとうございます」
その言葉は、心のそこから出たものだ。今をときめく彼に褒められれば、一スケート選手として嬉しくないわけがない。
「お父さんは元気かな?」
実はロマノフさんと私はある縁があった。
つまり、私の父とロマノフさんは大学時代の親友同士だったのだ。
二人ともお互い留学生という立場で、かつ部屋が隣同士だったこともあり、すぐに仲良くなり、いまでもずっと仲が良いらしい。
父はことあるごとに、お互い初めての異国で心細かったころに出会ったこともあり、他の誰よりも強い絆を感じていると言っている。それを聞くたびに私は、私とユリカの関係に似ているのかなぁと思う。
もちろん、私がユリカを思う気持ちの方が大きいのは間違いないけど。
今は二人とも忙しい身で、しばらく会ってはいない様だが、それでも時々電話やメールでコンタクトはとっているみたいだ。
「はい。すごく忙しいみたいですけど元気なのは確かです。会ったらよろしく伝えておいてくれって」
「そうか。私も何か頼みがあれば何でも聞くから、困ったことがあったら遠慮なく連絡してくれと伝えてくれ。それにキミもだ、ユウキ。親友の娘だからな。何でもする」
「ありがとうごじます。本当に心強いです」
「ああ……できれば直接会いたいが……。まぁ、あと半年は無理だろうな。シーズン中は忙しい。特に今年は色々ある」
「何かあるんですか?」
「ああ、来年からコーチ業をはじめようと思ってね」
「コーチですか……」
ロマノフさんは今は振り付け師だ。つまり、プログラムを作ってそれを選手に伝授するところまでが仕事。
振り付け師とコーチを兼任する人は多いが、今までロマノフさんはコーチという肩書は持っていなかった。
ただ、実質コーチの仕事をしていると聞く。つまり大物コーチである──ゴールドメーカーというあだ名がついている──マイケル=ホワイトコーチの手伝いという立場でだ。
「今年から完全に独立することにしたんだ。教えるべき生徒を見極めているところだよ」
「募集はしないんですか?」
彼は私の質問に深くうなずいた。
「自分で選ぼうと思ってね。私が正しく教えれば絶対に金メダルを取れる選手をだ。私は教え子を100パーセント金メダリストにするコーチになりたい。だから生徒を選ぶ。金鉱石を金にすることは出来ても、鉄鉱石を金にするのは無理だろ?」
もちろん私との相性という面もあるけどね、と彼は付け加えた。
「つまり、金メダルを取れる可能性があるか、見極める自信があるということですよね?」
「まぁそういうことになるな」
「それじゃぁ、私は金メダルを取れると思いますか」
私はちょっとした冗談のつもりで聞いてみた。笑いながら。
「どうかな、まだわからないな」
返ってきたのはあいまいな答えだった。




