EX-3
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「女子シングル、銀メダリストの登場です。ユリカ=ホワイトさん!! アメリカ!!」
暗闇のリンクの中央に突然スポットライトが当てられる。そこには百合色の衣装に身を包んだユリカの姿。
曲は白鳥の湖、なんとも彼女らしい曲だ。
普段の無邪気な笑顔は息を潜め、どこか哀愁が漂う────
だけど、私にはわかってしまった。
動きはいつもと同じ。
表情だって、いつも通り。たぶん観衆はそう思っているだろう。
けど私にはわかる。やっぱり、彼女の顔には一抹の不安がはっきりと現れていた。
淀みなく行われる演技。
そして彼女らしく、軽やかな助走からトリプルフリップ────だが、ステップアウト。
確かにエキシビジョンはいつもと違って暗闇の中で滑るためジャンプを決めるのが難しい。だけど、彼女が一番得意とするフリップジャンプで失敗するのは珍しい。試合では最高難易度を誇るコンボ、フリップ+トウループの三回転三回転のさえほとんど失敗しない。
そんな彼女がフリップで失敗なんて本当に珍しいことだ。
もっとも、どんなに得意なジャンプでも、どんなに調子がいい時でも、失敗をゼロにすることはできない。だから、珍しい失敗=何かあるという図式は成り立たないのはわかっている。
ユリカ失敗してもすぐさま立て直し、軽やかに演技に戻る。観客も、珍しいミスくらいするくらいにしか思わないだろう。彼女の滑りはジャンプの失敗一つくらいで損なわれるようなものではない。
ミスを引きずらないところはさすが。
けど、明らかに動揺してる。失敗したからそう思ったんじゃない。彼女の空気から読みとったことだ。
彼女は間違いなく動揺している。
なにに?
もちろん原因は分かりきってる。
私の告白。そして敵対宣言。
私の告白を聞いたユリカは、その後笑みを浮かべて、席を立った。私も負けないよ、その一言だけを残して練習に戻った。
その後から、彼女の表情は硬い。
私の言葉を、彼女はどう受け取ったのだろうか。
絶交宣言だと思われていたらどうしよう。
敵対宣言ではったけど、絶好宣言ではない。そのつもりだった。だが、そう思っているのは私だけかもしれない。
ああやっぱり言わなければよかった。
不安で心がつぶれそうになる。
次から次へと考えが沸いてくる。しかもだんだん悪い方向に向かっていく。
次は自分の出番だというのに、まったくスケートに意識がいかない。
私の思考を盛大な拍手が遮断した。
ユリカが演技を終えた。スポットライトがいったん消えて、その間にユリカはリンクサイドに戻ってくる。
「お疲れ」
私は嫌な考えを仮面で隠して、してそう声をかけた。
「頑張って!」
無視されるんじゃないか、そんな不安とは裏腹に、ユリカは笑顔で私とバトンタッチした。
でもやっぱりその顔はどこか暗い気がした。
『女子シングル、初めて女王に輝きました。白石裕樹さん、日本!』
私はそのコールと同時に思考を切り替えてリンクに飛び出した。
まだ場内は暗い。
そして私がリンク中央にたつと、暗めの光が私を包んだ。
今期のエキシビジョンの曲は、フリーと同じ曲、仮面舞踏会。ただしオーケストラアレンジではなく、シンセサイザーを使ったショー向けの幻想的なアレンジになっている。
ショーなのでジャンプは控えめな構成。ただ、中盤に一つ賭けを入れた。
それは会場が臨んでいること。
客はその選手にしかできないことを求めている。強烈なオリジナリティ。
そして私のそれはもちろん……
勢いをつけてハーフターン、右足を軸にして、左足でトウをつく。トウループ。もちろん回転数は、だが、
トウをついた瞬間失敗を確信した。
わずかに、ほんの一秒以下だが、トウをつくタイミングが意識とズレたした。
三回転なら空中で十分立て直せるレベルの失敗だが、人類の限界点たる四回転では致命傷────
それでもなんとか転倒だけは避けようと堪える。
結果、完全な回転不足で着氷、そしてステップアウト。試合ならろくな点数にはならない失敗だった。
だが、これはショー。回転が何度足りないから何割減点などと、スロー映像や分度器を持ち出すジャッジはここにはいない。
観客の目には映るのは、四回転に挑み、着氷した勇者の姿だけだ。
観客は私の挑戦を大きな拍手でたたえた。
転倒しなくてよかったとほっとする。
その反面、私はあらためて四回転の難しさを認識した。今のは直前の心理状態を考えると驚くほど集中してジャンプにはいれた。だが、それでも結果は失敗。
調子が悪ければ挑戦さえ許されない。逆にどんなに調子がよくても、常に失敗する可能性は大きい
恐ろしい諸刃の剣。
けれどこれなしでは、五輪のメダルは取れない。なぜならユリカも同じだけのものを持ってるからだ。
トリプルアクセル。
ユリカは妥協を許さない。そばで見てきた私にはわかる。ユリカは五輪で必ずや成功させてくる。
やっぱり、五輪で勝つためには四回転は避けては通れない道だ。
そう、五輪に勝つために。
ユリカに勝つため。
四回転は私の決意の証でもあった。ユリカに勝つという。
だけど、私の心はやっぱりまだ揺れている。




