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ゆりいろ☆ステップ  作者: アメカワ・リーチ
ゆりいろ☆ステップ①
39/56

06-2

 ♪


 ユリカはリンク中央で静止した。

 それにあわせて会場も静まり返る。

 グランプリシリーズでは一度も同じ試合に出れなった上、ファイナル出場も逃してしまったので、ユリカの演技を直接見るのははじめてだ。

 曲目は、チャルダッシュ。

 もちろん、何曲かあるチャルダッシュの中でももっとも有名な、イタリアの作曲者ヴィットーリオ・モンティのものだ。

 チャルダとは、『酒場風』を意味するハンガリー語。

 居酒屋で酔いしれる陽気な兵士たちの、華やかで軽快な音楽は、まさにユリカにピッタリだ。

 彼女は、わりと衣装をすぐ変えるタイプで、以前グランプリシリーズで見た衣装とは別のものになっている。

 ブラウンを貴重にした、平民風の衣装。一歩間違えればみすぼらしい格好に見えてしまうだろう。けれど、彼女自身の魅力と調和した結果、そこから受ける印象は、“陽気さ”そのもの。

 リンクの中央で、ニッコリと満面の笑みをジャッジと観客に向ける。

 見たものを、たったそれだけで虜にしてしまう。演技が始まる前から魔法をかけられてしまう。

 そして、演技が始まれば──────誰も魔法を解くことは出来ない。

 彼女のショートプログラムが始まる。

 戦は終わった。

 兵士たちは踊りだす。

 嫌なことは全て忘れて踊りだす。

 ユリカは剣を腰から抜く仕草から演技を始める。そしてそれを観客席に投げ入れて、ついでに投げキッス。

「わぉ」

 大胆な振り付けに会場は沸き立つ。

 もちろん私の心も奪われる。

 そして彼女のキスが、私ではなくファンに向けられていることにちょっとだけ嫉妬する。

 ……さぁ、ジャンプはどうか。

 軽快なリズムに乗せて最初のジャンプ、

 トリプルルッツ。

 難度の高い技だが、そんなことお構いなし。軽々決めて、どうよといわんばかりに観客にアピール。

 だが、ここが決まるか否かがショートの分かれ目。

 ファーストジャンプは難度の高いフリップから、そしてセカンドで蛙のようにそのまま飛び跳ねて────トリプル!!

 トリプルフリップ+トリプルループ。

 今まで滑った十二人の選手が行った数々のエレメンツの中でもっとも点数の高い技。

 けれどそれもふわりと、余裕で決めることで曲の軽快さを損なわない。

 難しいことを、笑顔でやってのけてしまう。その裏には途方も無い努力が隠れているのだが、それもまったく感じさせない。

 あるのは“ゆり色に染められた世界”だけ

 彼女はストーリー性のある音楽よりも、そうでない音楽を好んでプログラムに使う。

 誰かになりきる、つまりベートーベンの“英雄”なら、ナポレオンを、チャイコフスキーの“白鳥の湖”ならジークフリードを演じる、というのではなく、曲そのものを表現してしまう。

 誰かを演じるのであれば、みなの中にある“予備知識”が、選手の演技力を助けてくれる。

 けど、たとえばチャルダシュとか、幻想即興曲とか言われて、その曲のバックボーンが浮かぶものはほとんどいないだろう。けれど、彼女はそういった曲の雰囲気を客に伝えてしまう。自らの表現力で。

 誰かを演じることは無い。

 けれど彼女は間違いなく“女優”だ。

 漠然とした概念さえ演じてしまう、ホンモノの女優だ。

「さすが」

 そのの一言に尽きる。

 一転、後半はやや哀愁漂う雰囲気が漂う。

 兵士たちの顔は赤くなってきたころだろうか。

 スパイラル、スピンと要素をこなしていく。

 そして、最後のジャンプ、ダブルアクセル──その着氷と同時に一転、再び軽快な音楽。今度は最初よりテンポが速い。

 疲れのたまる演技後半に、この軽快さ。

 会場からは自然と手拍子が起こって、それがステップと調和する。

 彼女がターンするたび、四方八方に笑顔が振り負けれる。

 百八十度に広がる客、誰からも平等に彼女の顔が見える。

 夜が明ける。朝日とともに、宴会はクライマックス。疲れを振り切るように最後のエレメンツ。

 高速のレイバックスピン。基本姿勢から、キャッチフット、そしてそこから彼女お得意の片手ビールマン。足を換えて、もう一度キャッチフット、そして二度目のビールマン────

 パーフェクト。

 僅かなミスが全体に影響するショートは、とてつもなくプレッシャーがかかる。

 けれど彼女からはそんな重圧はまったく感じ取れない。そんなもの胸の奥に鍵をかけて押し込んで、笑顔を絶やさない。

 曲の最後は、歓声に打ち消されてしまう。

 観客は完全に魅了されて、スタンディングオベーション。

 そして、心地よい二日酔いはなかなか解けない。

 彼女は、一礼してキスアンドクライに向かう。その間もずっと歓声は鳴り止まず、むしろ彼女が手を振るたびにどんどん大きくなっていく。

 これは、かなりの高得点が予想される。

 ユリカはコーチと一緒にキスアンドクライに腰を下ろす。その間も観客たちの高得点を求める拍手が鳴り止まない。

 …………。

 ……。 

 ジャッジも迷う必要など無いようだ。

 すぐに点数が出る。

「ユリカさんの得点―──―」

 結果。

 もちろんダントツのトップ。

 画面にPB──パーソナルベスト、自己最高得点の表示。彼女は今シーズン試合を重ねるごとに自分の記録を上回ってきたが、ここ一番でまたも自分を超えてきた。

 高いハードル。

 この点数を上回るのは容易ではない。


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