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ランニングの後、私たちは早速スケートリンクへ向かった。この時間は、私もユリカも、先生が別の生徒を教えているので自主練習ということになる。
一通り体を慣らした後、技の練習に入る。
私は昨日からやや調子を崩しているループジャンプの調整をすることにした。
現在九月半ば。
フィギュアスケートの試合はほぼ全てが冬に行われる。
十月、シーズン初めにまず行われるのがグランプリシリーズだ。
六カ国で行われる大会のうち、世界ランキングの上位選手が最大二大会まで派遣される。
そして十二月には、グランプリシリーズ二大会の成績上位者六人だけが出場を許される、グランプリファイナルが行われる。
その後年末に全日本選手権。
年明け、やや少し時間を置いて三月に大本命の世界選手権。
それが終われば晴れてオフシーズン。ということになるが。もっとも、オフといっても試合がないだけで、次のシーズンのプログラムを作り始めなければならない。スケーターが練習をしなくてよくなるのは、スケートをやめたときだけだ。
さて。
トップ層の選手にとって、グランプリシリーズが大事な初戦ということになる。
フィギュアスケートが積み重ねの競技である以上、グランプリシリーズの持つ意味はかなり大きい。
あと二週間でシーズンが始まる。気を引き締めなければならない時期だ。
やはりトップで戦うためには五種類の三回転ジャンプ──ルッツ、フリップ、ループ、サルコウ、トウループ──が必要不可欠なので、一つでも調子が悪いままで試合に臨むのは懸命ではない。
とはいっても、全ての種類のジャンプが得意な選手なんてほとんどいないから、一つくらい調子が悪いのは仕方がないともいえる。
私はもともとループがあまり得意ではない。
私は何度かループを試した後、もう一つあまり調子の上がらないルッツジャンプの練習をする。本来、ルッツジャンプは得意中の得意だが、今シーズンは別のジャンプに練習の時間を割いているのが不調の原因。
ある程度練習したところで、一息つくことにした。
そしてリンクの反対側を見る────
氷上で天使が舞っていた。
滑らかに滑ってきて、一転振り返り、右足を振り上げる。そのまま空中で、一、二、三回転、そしてさらに──半回転。
ふわりと着氷した彼女の身体を、金髪のブロンドが優しく撫でる。
全てが軽い。
助走。
踏み込み。
回転。
全てが完璧。
あまりの美しさに、そしてあまりの自然さに、見ている人は勘違いしてしまうかもしれない。
まさか今のが、世界でただ一人、彼女しか跳べない奇跡の技──トリプルアクセルだとは、夢にも思うだろうか。
そんな唯一無二の技を、何気なく跳んでいるように見せてしまう。それが彼女の凄さ。
ふわりと跳んでふわりと降り立つ。
まさに天使のように────
メディアいわく“銀盤を百合色に染め上げる”。
ともすると凍てついた寒々しい印象を与えるスケートリンクを、暖かい百合色に染め上げる。
そんな彼女の滑りに、そして彼女自身に見とれていた私に、彼女は気がついて、一蹴りで滑って近づいてくる。一蹴りでこれだけの速度。基礎的なスケーティングスキルの高さをうかがわせる。
「どうかした?」
彼女はにっこりと私に微笑みかけた。
それだけで、連日のハードな練習の疲れも吹き飛んでしまう。
常に笑顔を湛えている彼女は、存在そのものが癒しだ。
たぶん、それは彼女に笑顔を向けられた全ての人間が、性別も年齢も関係なく感じることだろうけれど、特段私には効果抜群。
だって私は────彼女に恋してるから。
私は、ユリカを一人の女として愛している。




