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カーテンが勢いよく引かれる音。そして窓から降り注ぐ日光が、目蓋ごしに裕樹の脳を刺激する。
サンフランシスコの一年で最も過ごしやすいこの時期。爽やかな一日が約束されているが、とはいっても朝は眠いもの。
「もーパジャマくらい履いて寝てよ」
愛しい幼馴染、ユリカの声。可愛すぎてぷりぷりという効果音さえ聞こえてきそうだ。
そんな愛らしい幼馴染を見るために、重いまぶたを開ける決意をする。
「んーんー」
しかし、とにかく眠い。
裕樹は、二度寝の衝動に駆られる。
「ほら、起きてって」
肩を揺さぶられる。頬に当たるユリカの長い髪が心地いいくすぐったさをもたらす。
ちょっとずつ意識がはっきりしてきて、祐樹の心の中に、ほんの少しのいたずら心が生まれる。裕樹は寝ぼけたフリをして、彼女に抱きついてみることにした。二人の仲であればまたくもって問題ないレベルのスキンシップである。
思いっきり手を伸ばして彼女の背中に強く巻きつけると、女の子らしい柔らかい感触が伝わってくる。
「ふぁあ」
そんな間抜けた声は、裕樹の胸にさえぎられる。じたばたとするユリカを裕樹はよりいっそう強く抱きしめる。けれど、ユリカもスポーツ選手、力は同じくらいなのですぐに腕を引き剥がされる。
「ん、もう!!」
祐樹は自分が結構めんどくさがられていることを自覚した。そろそろいたずら心をしまって素直に起き上がる。
裕樹の視界に入ったのは、頬をふくらませているユリカ。比喩ではなく本当に頬を膨らませている。
日本人がこういう仕草をしたら、媚びてるだのあざといだの言われるだけだけど、白人でかつ可愛いユリカがやれば、カワイイの一言で許されてしまう。
「ん、おはよう、ユリカ」
「はいはい、寝ぼけてるフリはやめてさっさと起きる」
「眠いのは本当だって」
暗にいたずら心を認めてしまう形になるが、気にしない。
「もういいから、早く着替えて!」
見れば、ユリカは既にジャージに着替えていた。もちろん、早朝のランニングをするためだろう。
祐樹は時刻を確認する。朝六時。まだ日が完全に登りきっていない時間。今日が休日であることを考えれば、一般的が高校生が起床するにはすこし早い。けれど、二人にとっては当然のことだ。
スポーツ選手の朝は早い。
一流のフィギュアスケーターたちは、学校に行くという同年代の人たちに課せられた義務からは解放されている。けれどそれも、一流であり続けることが条件になる。
学校に行かなくていいといっても、その何十倍の努力を要するのは当然で、当然その中には規則正しい生活も含まれる。
もっとも慣れてしまえばそんなに大変なことでもないけど。
手早くジャージに着替える。下着以外何も着ていないので上に着るだけで済んで楽だ。ちなみにユリカのものとおそろいになっている。色は裕樹のが青でユリカのがピンク。これをきると、そのたびにちょっとした幸せを感じる。
「じゃぁ、行こっか」
「うん」
外に出ると、さわやかな風が髪を揺らした。
退屈なランニングも、ユリカと一緒ならそれは楽しい“デート”に変わる。世の中に恋の香辛料以上にすばらしいものはないかもしれない。
しばらく走っていると、前方にご近所の老夫婦が歩いているのを発見する。
「おはようございます」
そう声をかけると、あちらもすぐに気がついて返事を返してくれた。笑顔を交わしてから二人を追い抜く。
「あの二人本当に仲がいいわね、夫婦みたい」
後ろで二人がそんなことを言っているのが聞こえた。やっぱりそういうふうに見えるか。思わずニンマリする。
「夫婦みたいだってよ」
祐樹はいたずらっぽい笑みを浮かべてユリカに同意を求めた。
「そ、そんなに仲良く見えてるかな」
その真っ白な頬が赤みを帯びる。もちろん運動したからじゃない。まだ走り出したばかり、これから今日一日の練習予定を考えれば、まだ動いたうちにすら入らない。もちろんその理由は照れだ。まだ白人の血が入った彼女の肌は信じられないほど白い。だからちょっとでも照れるとすぐにその印が出てしまう。まっすぐな性格ですごくわかりやすい性格。ユリカ、その名前に相応しい、本当に真っ白な性格
「こっちはユリカのこと大好きだから、後はユリカ次第だよ」
あくまで冗談だよ、という感じを出すために、あくまで笑顔でそういう。
「え、な、何が?」
「結婚」
あくまで、さらりと答える。言うまでもなく、内心では割と本気でそういう願望があるわけだけど。
「え、ええっ」
けれど私の冗談を、彼女はわりと本気で受け止める。
────そう、まったく<・・・・>の冗談だ。
そして、私は<・・>自分の言った冗談が、私の<・・>クビを閉めたことに気がつく。
「そ、そもそも無理だし!」
冷酷な言葉。
その言葉に拒否の意味は含まれて居ない。
拒否ですらないのだ。
だって私は────女なのだから。




