04-6
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全日本選手権ショートプログラム当日。
例年のように満員となったアリーナ。
日本でのスケート人気は、かつてスケート大国といわれたアメリカやロシア以上だ。
例えば、グランプリシリーズは、アメリカ大会やロシア大会でさえ空席が目立つのに対し、日本大会だけは常に満席。チケットを取るのは容易ではないらしい。
もちろん、私は実際にチケット代を払って試合を観戦する機会がないので、その大変さは分からないが。
「裕樹。大丈夫。ちょっと前に比べれば、だいぶ調子もよくなってきてる」
デヴィスコーチはいつものように私の肩を軽く叩く。
「うん」
「今の状態だと、パーフェクトとはいかないかもしれない。けど、ちょっとくらいミスしたって大丈夫だ。良いか、大事なのは全体の出来だ。まとまり。それがあれば、多少のミスもカバーできる。とにかく、最後まで滑りきれ。そうすれば、結果は付いてくる」
コーチの最後のアドバイスを、私は胸にしっかりと刻み込む。
『十七番。白石祐樹さん』
そのコールをきっかけに、私は一切の雑念を捨てた。
大丈夫。自分にそう言い聞かせる。
確かに調子は万全ではないけど、絶望的する必要は無い。
そもそも六分間練習までまったくジャンプが決まらなくても、本番の集中力しだいで、けろっと調子が変わるケースだって山ほどある。
大事なのは事前の調子ではなく、本番の集中。
強さとは、十回中十回ジャンプを決めることではない。ここぞという一回を決めることだ。
……それはよく分かってる。
今はとにかく目の前の演技に集中することだ。
私は集中するために、一分間の猶予をぎりぎりまで使って、スタート位置についた。まもなく音楽が流れ出す。
もう何度聞いたかわからない、今シーズンのショートの曲。
ハチャトゥリアンの仮面舞踏会。
意識を研ぎ澄ませようと努める。
まずは、一番の山場であるコンビネーション。
トリプル+トリプル。
迷いは心の奥にしまいこんで。
まずはファーストジャンプ────トリプルルッツ!!
練習どおりの高さで、跳んでそのまま着氷、そしてトリプルトウ──
────着氷。
けれど、若干氷を普通より削った感覚。
これは……ダウングレード(つまり重度の回転不足)か、よくてもアンダーローテーション(つまり程度の低い回転不足)か。
どちらにしても回りきってはいないだろう。減点は免れない。
けれど転倒はしなかった。
うん、それだけでもよしとしなければ。
すぐに気持ちを切り替える。
次のジャンプ。今度はステップからのトリプルフリップ。これは難なく決める。
これで難しいトリプルジャンプはすべて終えた。少しだけ安心して、そしてもう一度気持ちを引き締めなおす。
ここからは、ステップ・スピンとこなしていく。私の踊りに、客もしっかり付いてきているのを感じる。
そこからさらにスパイラルを終えて、最後のジャンプ。これは簡単なダブルアクセル────けれど、
安堵感が油断につながってしまう。
「ッ!!」
ここで痛恨のオーバーターン。マイナス二点は転倒の半分の失点だけど、それでも大きなミスであることに変わりは無い。
そのまま最後をレイバックスピンで締めくくるが────
大きな拍手。
ややまとまりに欠けた印象がぬぐえない。
観客の拍手も、優れた演技に思わずもれたものではなく、私の実績に対するリスペクトから生まれたものに過ぎない。
それでも今日一番の拍手ではある。
けれど…………




