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ゆりいろ☆ステップ  作者: アメカワ・リーチ
ゆりいろ☆ステップ①
28/56

04-5

 ♪


 全日本選手権女子ショートプログラムを明日に控えた今日。

 体力を回復して万全の体制で試合を向かえることも、選手にとって大事なことの一つ。スランプの私に一番必要なのは、練習ではなく、心と体を落ち着ける時間だろう。

 だが、いつもより練習を早く切り上げたゆえに、暇をもてあましてしまった。

 試合前なので、映画を見ようとか、漫画を読もうとかいうのは、気分的になんか違う。多分、皆が試験前にテスト勉強もせず、かといって遊びもせずだらだらとすしてしまうのと似てるんじゃないかな(もっと、私はテスト勉強を意識したことなど一度も無いけど)。

 かといって、家のベッドでだらだらするのも私には合わない。

 なら、街に繰り出そう。散歩でもしよう、という結論に達した。

 深い意味は無い。ちょっとした気分転換のつもりだった。

「う…………」

 が、街に出て私は後悔した。

 ああ、今日が何の日だか忘れていた。

 十二月二十四日。

 世間が、異国から輸入した聖なる夜を口実に恋人といちゃつく日。

 スケーターなら誰しも経験があるが、基本的に私たちはクリスマスなんてイベントには参加できない。

 毎年全日本選手権が行われるのは、聖なる夜の前後で、当然試合前で、恋人といちゃつく時間なんてない。

 これは、全日本に出場できる国内のトップ層の選手に限った話だ。

 全日本の出場権がかかった東日本大会や西日本大会で成績を残せず、全日本に出れない選手(ちなみに、最上位の選手はこれらの大会に出なくともシードで全日本でられるので、不調だとしても全日本には出られる。私みたいに)。

 また直前に行われる全日本ジュニア下位の選手も、クリスマスを悠々と楽しむことが出来る。

 しかしジュニアの成績優秀者は全日本選手権に出場でき、そして年齢制限で世界選手権には出場できない以上、彼らにとってここが最後の山場となるのが常だ。

 全日本出場はある種の名誉でもあるし、将来大舞台で、もっと近くで言えばそのシーズンの世界ジュニアで活躍するための良い練習場になる。

 つまり、私たちのように世界を舞台に戦う選手は、ジュニアに上がったその年、若干十三歳から、クリスマスを楽しむ権利を奪われるのだ。

 まぁもっとも、アメリカではクリスマスは家族で過ごすものなので、一生の半分をそこで過ごした私は、クリスマスはカップルのためのもの、という認識が少しだけ薄かった。その点では、恋人がいないからといって憂鬱を感じるような機会はなかった。

 そもそもアメリカではイブ自体、特別な日でもなんでもない。せいぜいツリーの準備に借り出させる日というのが関の山。

 あえていえば、クリスマスにヤドリギの木下でであった男女はキスをする、という習慣があって、それを口実にユリカといちゃいちゃキスごっごなんてしてみたのが最大の思い出。

 ……あれは今思い出しても人生で一番幸せな瞬間の一つに数えられる。

 とはいっても、良い思い出はそれくらいだ。特に全日本選手権に出場できるようになってからは、せいぜいお父さんがプレゼントをくれるくらい。

 だから、クリスマスを意識したことがほとんど無かった。

 が、いざ日本に帰ってきてみると、いるわいるわカップルたち。

 仲睦ましげに、ツリーの下で待ちあわせ、腕を組み、ツリーをみて幸せそうに、あまつさえキスなんてしちゃって。

 あぁ、ユリカはどうしてるだろうか。

 いや、季節的に彼女も国内選手権、つまり全米選手権の真っ最中だというのはわかってる。やはりあちらでも、全米選手権が世界選手権の選考会になっている以上、彼女はそこで良い演技をする必要がある。

 だが、何度もいうけど、今年はオリンピックのアフターシーズン。

 多くの一流選手が引退ないしはショーをメインに活動することを宣言している今、彼女の敵はアメリカ国内にはいない。

 彼女は日本人の血が入ったハーフということもあって、準日本人的扱いを受けている。

 その容姿もあるが、彼女が日本語堪能ということもあって、日本のメディアはこぞって彼女を取り上げる。

 日本人ファンによって、彼女の名前と絵がプリントされた垂れ幕がぶら下げられ、旗が振られるのがどの大会でも慣例となっている。

 つまり、アメリカ人でアメリカ代表ながら、日本での注目度は私と同じか、もしくはそれ以上。間違いなく、三日後には彼女の世界選手権代表内定が日本でもニュースになるだろう。

「ユリカ」

 私は思わず呟いてしまった。

 そう、ユリカは今頃試合のはず。そのはず。

 けれど、私の頭の中をよぎるのは、男と仲良さそうに並ぶユリカの姿。

 試合が終わる。そして記者会見を終えて、ほかの取材も終わったあと。

 記者とも、コーチとも分かれたあと。もちろん彼女を見張る親もいない。ひとりきりのホテルの一室に戻る。

 それからしばらくして、時計が十二時を回った頃、こっそり部屋にやってくる黒い影。

 それをはにかんで出迎えるユリカ。

 その頬は私の見たことない顔で……

 ……そんなはずない。

 たとえ男が出来たって、ユリカのスケートに対する思いは揺らがないはずだ。

 この大事な時期に、男といちゃいちゃしているはずが無い。彼女の意志の固さは私が一番よく知っている。

 だけど、いくらそう思っても嫌な妄想はとまらなかった。


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