#6 — 死の裏側に潜む学園
[イザナミ黄泉学園 —— 評議会室]
その場所は、あらゆるものから隔絶されていた。
窓はなく、隙間一つない。太陽の光も、外世界の喧騒さえも、その漆黒の石壁を通り抜けることは許されない。
部屋の中央には、装飾を排した巨大な円卓が鎮座している。その表面には古びた羊皮紙や、禍々しい気配を放つ遺物が散乱していた。中心に置かれた『霊魂の結晶』が、鼓動を打つように淡い紫の光を放っている。
影の中に座るのは、イザナミ学園の長老たちだ。
厚手の法衣に身を包んだ彼らの顔に、感情の機微は見て取れない。ただ、室内を支配する空気だけが、肺を圧迫するほどに重く、沈んでいた。
片目を閉じた一人の老人が、ついに沈黙を破った。声は枯れていたが、石造りの部屋によく響く。
「……すべてのデータが揃った」
円卓の結晶が眩く発光した。空中にホログラムのような魔力文字が浮かび上がり、詳細なデータが映し出される。
リュウ・セイロウ
状態:器の異常個体
適合率:測定不能
その下にはいくつかの名前が続いたが、出席者の視線を釘付けにしたのは、ただ一つの事実だった。
「やはり……あの少年だけではないのね」
闇に紛れた女の長老が、冷徹な声で呟く。
一時の静寂。老人は深く頷いた。
「スサノオは……分断された。その魂の断片は、日本全土の『器』となるべき人間たちの中へと霧散している」
部屋の隅にいた長老の一人が、拳を強く握りしめた。
「ならば、冥府や死神の連中も、彼らを保護しようと動くはずだ」
「それが問題だとでも?」
老人の声はあまりにも淡々としていた。深く刻まれたシワの間に、歪な笑みが浮かぶ。
「彼らの抵抗など、決定した未来をわずかに遅らせるだけの足掻きに過ぎん。止めることなど、誰にもできはしない」
老人は椅子から立ち上がった。
「これより……すべてを狩り集める。一人残らずな」
声のトーンが落ち、それは氷のように鋭い囁きへと変わる。
「そして、スサノオを完全なる姿へと再誕させるのだ」
部屋は再び、底知れぬ静寂へと沈んでいった。
[冥府アカデミー —— 食堂]
食堂内の緊張感は、今にも爆発しそうなほどに張り詰めていた。
ナオミは怒りに燃える瞳で零を睨みつけ、対する零は微動だにせずそれを受け流している。
二人の放つチャクラが空中で激しく衝突し、目に見えない歪みを発生させていた。周囲の生徒たちはその余波に当てられ、吐き気と息苦しさに顔を歪める。
リュウは恵子の背後に隠れながら、虚脱したような顔をしていた。
「……なぁ、ここっていつもこんな感じなのか?」
恵子は、まるで見世物でも見ているかのように気楽に頷いた。
「まあね、日常茶飯事だよ」
「……嫌な予感しかしないんだけど。これ、絶対ヤバいことになるだろ」
その時だった。
過熱する空気を切り裂くように、至極冷ややかな声が響いた。
「――やめなさい」
すべての視線が、その声の主へと吸い寄せられた。
凛が席から立ち上がっていた。
その顔に感情の欠片は見当たらない。だが、彼女がそこに立っているというだけで、場を支配していた緊張の質が塗り替えられた。
ナオミが目を細める。「……部外者は黙ってなさいよ、凛」
凛は静かな足取りで前へ出ると、ナオミを真っ直ぐに見据えた。
「不毛な騒ぎね。時間の無駄だわ」
一歩、踏み出す。
刹那――。
凛の周囲の大気が劇的に変質した。室内の重力が倍加したかのような錯覚。肺から酸素が強制的に絞り出されるような圧迫感。
ナオミの膝が、目に見えてガクガクと震え始めた。「な……何よ、この力……っ!?」
零は無言のまま、姉である凛を見つめていた。その整った横顔に、微かな動揺が走る。
凛は詠唱一つ唱えることなく、優雅な動作で片手を掲げた。
次の瞬間。
ナオミの練り上げたエネルギーが、音を立てて崩壊した。
周囲に形成されつつあった魔法陣が、まるで叩き割られた鏡のように粉々に砕け散り、光の破片となって消えていく。
「が……っ!?」
ナオミがよろめき、後退する。取り巻きのヒナとイズミも、本能的な恐怖に顔を青ざめさせ、後ずさった。
凛は手を下ろし、彼女たちを冷徹な眼差しで見下ろした。
「……さっさと失せなさい」
ナオミは屈辱と怒りで顔を真っ赤に染め、奥歯を噛み締めた。
「……くっ、覚えてなさいよ!」
捨て台詞を残し、三人は逃げるように去っていった。張り詰めていた空気がようやく緩み、周囲の生徒たちが安堵の溜息を漏らす。
リュウは生唾を飲み込みながら、遠ざかる凛の背中を見つめた。
「……あいつ、黙ってる時の方が何倍も怖ぇな」
恵子はそんなリュウを横目で見て、クスリと笑った。
「ようやく気づいた?」
[イザナミ黄泉学園 —— 魔法演習場]
広大な演習場の中央に、一人の少年が独り立っていた。
彼の名は、不道 フドウ(フジタ・フドウ)。
その顔に笑みはなく、瞳に迷いもない。
あるのは、この世のすべてが自分と対等に並び立つ価値などないという、絶対的な傲慢さと冷酷さだけだ。
目の前には、強化合金で作られた巨大なゴーレムが立ちはだかっている。
「……退屈だ」
低い声が漏れる。
彼が右手を無造作に掲げた。
詠唱も、複雑な魔法陣の展開も介さない。ただ純粋なエネルギーの解放。
――ズォッ。
紅黒い波動が、音もなく空間を走った。
直後、巨大なゴーレムが「消失」した。
砕け散ることも、爆発することもなく、あたかも最初からこの現実に存在していなかったかのように、その姿を抹消されたのだ。
静寂が場を包む。
演習場の端で見守っていた他の生徒たちは、言葉を失い硬直していた。担当のインストラクターさえも、深い溜息を吐くしかない。
「……化け物め」
驚嘆と恐怖が入り混じった呟きが漏れる。
フドウはゆっくりと手を下ろした。瞳は依然として空虚なままだ。彼にとって、今のはウォーミングアップにすら値しない出来事だった。
「……まだ、遅すぎる」
不満げに舌打ちすると、彼は一度も振り返ることなく演習場を後にした。
[冥府アカデミー —— リュウの自室]
リュウは自室の机に置かれた写真を見つめ、深く溜息をついた。
「はぁ……死神学院の連中が恋しいぜ」
そのままベッドに倒れ込み、天井を仰ぐ。
「凛も零も、マジで人間じゃないだろ。あんなのがゴロゴロいるのかよ、この学校……。一歩間違えたら、俺、本当に殺されるんじゃねぇか?」
リュウは枕に顔を埋め、これから始まる波乱の予感に身を震わせるのだった。
いかがでしょうか?
イザナミ学園の不気味さと、フドウの圧倒的な異能を強調する表現にしました。続きも気になりますね!




