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#16 — 蝕まれる器, 深淵の共鳴

[冥府学園――朝]


冥府学園の東街区に広がる無残な廃墟を、濃密な霧が白く包み込んでいた。青白い霊的結界の向こう側では、インストラクターたちが燻る残骸を慌ただしく調べている。昨夜の凄まじい霊圧が残した焦げ臭い異臭が、今なお大気にべっとりと張り付いていた。


学園の女子生徒たちの間に、目に見えない不安と動揺が広がっていく。彼女たちはいくつかの小さな集団を作り、怯えた表情でひそひそと憶測を交わし合っていた。


「本当に、黄泉の怨霊が解き放たれたの……?」


「学園の上層部がそう発表したらしいわよ」


「あの男子編入生が、何かに取り憑かれたんでしょ?」


「ええ、昨夜、彼の体から禍々しい黒いオーラが噴き出していたわ……本当に恐ろしかった」


恐怖が彼女たちの足を縛り、それ以上近づくことを許さない。廃墟の周囲に漂う不気味な霊気の残滓は、万が一にも吸い込めば命に関わるほど危険な状態だった。


[冥府学園――地下隔離室]


骨の髄まで凍てつかせるような冷気が、リュウの意識を強制的に覚醒させた。薄暗い視界に飛び込んできたのは、灰色の冷徹な石造りの天井。部屋の隅に置かれた霊術のランタンだけが、ぼんやりと室内を照らしている。壁一面には呪わしい封印の術式が隙間なく並び、部屋の片隅には重々しい鉄鎖が静かに垂れ下がっていた。


「ここは……どこだ……?」


リュウは身を起こそうとしたが、肉体に激痛が走った。


「ぐっ……、クソが……」


反射的に胸をかきむしる。皮膚の上には、昨夜あれほど狂い咲いていた呪いの刻印は見当たらない。それなのに、内側から引き裂かれるような凄まじい痛みが彼を苛んでいた。


ガシャアン、と重苦しい音を立てて鉄格子の扉が開いた。左右を二人のベテラン教官に固められ、ソウゲンが部屋へと足を踏み入れる。その表情には、いつにない深い疲弊が刻まれていた。


「ソウゲン……先生……?」リュウがかすれた声で呟く。


ソウゲンは感情を一切排した鋭い眼差しで、じっとリュウを見下ろした。

「昨夜、お前の肉体は黄泉の霊気に深く汚染された。お前の意識を乗っ取ろうとした『何者か』がいる。ここへ隔離されたのは、そのためだ」


リュウは周囲を視線でなぞった。そこでようやく、部屋全体を何層もの分厚い結界が完全に遮断していることに気づく。


「そ、そこまで……危険なんですか……?」


「ああ。しばらくの間、ここに留まってもらう。これは……お前自身のためであり、同時にすべてを守るためだ」


リュウは力なく俯き、その両手が小さく震えた。部屋に束の間の静寂が落ちる。


ソウゲンは法衣の袖の奥で、きつく拳を握りしめていた。その冷徹な瞳の奥で、彼はまだリュウの動向を観察し続けている。


[太陽神学園]


昨夜の激突によって壊滅したエリア一帯は、立ち入りが完全に禁止され、不気味に静まり返っていた。


太陽神学園の地下隔離施設では、エイジ・ブンタが全身を拘束された状態で座らされていた。その両腕には、霊力を押さえつける幾重もの抑圧封印が施されている。

分厚い防弾マジックガラスの向こう側では、魔導兵器を構えた衛兵たちが厳戒態勢を敷いていた。彼らのエイジを見る目は、いつ爆発するか分からない『時限爆弾』を恐れるそれと同じだった。


エイジはガラスに映る自分の影を凝視した。「俺は一体……何なんだ?」掠れた声で毒づく。


その瞬間、彼の胸がドクンと激しく脈打った。皮膚の表面に、ひび割れたような禍々しい呪いの紋様が再び薄暗く浮かび上がり、じわじわと侵食を始める。


「あああああああっ……!」


[冥府学園――隔離室前廊下]


透明な障壁の向こう側から、レイ、ケイコ、リン、アヤネがリュウの様子を見つめていた。


ケイコはたまらず駆け寄り、エネルギーの壁に両手のひらを押し当てた。その顔は、昨夜の惨劇の時のように真っ白に強張っている。


「リュウ……!」


リュウはケイコに向けて、自嘲気味な歪んだ笑みを浮かべた。「すまない……また、迷惑をかけた」


「死にかけたのよ、バカ……っ!」ケイコは震える唇でその言葉を遮った。大粒の涙が彼女の頬を伝い落ちる。


レイが一歩前に出て、鋭い観察眼でリュウの肉体を射抜いた。「リュウ、昨夜お前の身に何が起きたのか、お前自身に自覚はあるか?」


リュウは弱々しく首を振った。「本当に……何も分からないんだ」


覚えているのは、五臓六腑を焼き尽くすような激痛と、肉体の内側から何か『異質なもの』が無理やり突き破って出ようとしていた狂おしい感覚だけだった。


リンは胸の前で腕を組み、冷淡な声で言い放った。

「昨夜のあんたの暴走は、この学園をひっくり返すほどの不祥事よ。私がその手で殺してあげなかったことを、幸運に思うことね」


アヤネはただ、不安げに表情を曇らせていた。彼女の持つ魔力感知が、リュウの深淵に潜む『何か』の胎動を、今なお不気味に捉えていたからだ。


[イザナミ学園]


イザナミ学園の地下深く、黒石の祭壇には濃厚な血の臭いが充満していた。ミサエ・ヤクモが膝をつき、床に向かってドス黒い血を吐き出している。彼女の左腕は、肩口に至るまで完全に炭化し、焼き焦げていた。


ダイゴ・アラカミが、部屋を包む漆黒の闇に向かって冷酷に報告する。「……あのガキの回収には失敗しました」


立ち並ぶ石柱の間を、どろりとした黒霧が緩やかにとぐろを巻いている。最奥に鎮座するイサム・マサシが、ゆっくりと両眼を開いた。「……『共鳴』はすでに始まった。すべてのヴェッセルが今、互いに同調している」


ミサエは血を吐きながらも、不気味に口元を歪めた。「コア・フラグメント(核の破片)の崩壊……予想以上に早そうだわ。あのガキの封印の急所を、私がいくつか抉っておいたからね……」


イサムは邪悪な笑みを浮かべ、椅子の肘掛けを指先で規則正しく叩いた。「……フジタ・フウドを呼べ」


[冥府学園――最高評議室]


闇に包まれた部屋に、ソウゲンと冥府学園の長老たちが一堂に会していた。中央の空間に魔術的な投影が結像し、長い白髪をなびかせた死神学園の総帥、ノブ・テツヤの姿が浮かび上がる。


「報告を」テツヤが抑揚のない声で命じた。


ソウゲンは揺るぎない視線でその影を見つめた。「『ヴェッセル』の共鳴が始まりました」


部屋の空気が一瞬にして凍りつく。通信の向こう側にいる長老たちは、一様に緊張で顔をこわばらせ、互いに視線を交わし合った。


「そこまで事態が進んでいるのか? 封印が限界を迎えているというのか」長老の一人が焦燥を滲ませて問う。


「我々の到着があと数分遅れていれば、コア・フラグメントは完全に覚醒していたでしょう」ソウゲンが淡々と返す。「そして、他の土地にあるすべての『器』も連動して暴走していたはずです」


その場にいた全員が再び押し黙る。


テツヤがその鋭い眼眸を見開いた。「……どうやら、何者かが本格的に『盤面』を動かし始めたようだな」


[イザナミ学園――最深部地下室]


揺らめく蝋燭の火だけが照らす石造りの回廊に、不気味な足音が静かに響き渡る。イザナミ学園の最深部、そこに漂う空気は完全に冷え切り、濃密な死臭が満ちていた。


フジタ・フウドは、待ち構えていたイサムとエリート長老たちの真ん前で足を止めた。


イサムは冷徹な眼差しを彼に向ける。「……時が来たぞ、フウド。動け」


フウドは口元を裂くように大きく歪めて笑った。その瞳の奥で、禍々しい血の色の光が妖しく明滅していた。

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