#12 — 太陽神(たいようしん)学園:不安定な器の火花
京都の霊的中心区。その真ん中にそびえ立つ真っ白な巨大な構造物の上に、朝の空が黄金色の輝きを放っていた。
太陽神学園――そこは日本でも指折りの名門魔術機関の一つである。
冥府学園の圧迫感のある優雅さや、死神学園の厳格な規律とは異なり、太陽神学園は全く別の何かを体現していた。
洗練。高潔。そして、モダン。
廊下でさえ、磨き上げられた白大理石の床、完璧に整えられた桜の庭園、そして半透明のドームのように淡くきらめく幾重もの不可視の結界など、貴族的な趣を感じさせた。
誰にとっても少しばかり居心地の悪さを感じさせる場所。だが、その矛盾を誰よりも体現しているのが、文太エイジ だった。
「あああああ! 熱い! 熱い熱い熱い!!」
短髪に丸眼鏡をかけた少年が、指先から制御不能な稲妻をバチバチと散らしながら、パニック状態で廊下を全力疾走していく。
「エイジ、このバカ! 雷を纏ったまま教室に入ってくんじゃないわよ!」
――ゴンッ!
厚手の教科書が彼の顔面にクリーンヒットした。
「ぎゃああああ!」
エイジは漫画のような放物線を描いて吹き飛び、床に激突。それと同時に教室中が爆笑の渦に包まれた。
「あいつ、相変わらずだな……」
「なんであんなに不注意なのに、成績だけはトップなんだよ?」
エイジは赤くなった額をさすりながら、うめき声を上げた。
「ちょっと出力を計算ミスしちゃって……」
「『ちょっと』じゃないでしょ!」
彼を殴り飛ばした本を構えたまま、一人の少女が吐き捨てた。
エイジは頭をかきながら、バツが悪そうに笑った。
そんな振る舞いとは裏腹に、ここにいる誰もが真実を知っている。文太エイジは、並の人間ではない。完璧な理論スコア。直感的な分析速度。そして、教官ですらその上限を測りかねるほどに洗練された「雷の魔術」。
それでいて、彼は決して傲慢ではなかった。
むしろ、どれほど複雑な魔術理論であっても、惜しみなく周囲に教えていた。
「エイジ! さっきの雷の安定化数式、もう一回説明してくれ!」
一人の男子生徒が声をかける。
「ああ、あれ?」
エイジは椅子を引き寄せ、気さくに話し始めた。
「雷ってのは、単なる『破壊の力』じゃないんだ。霊力をどれだけ速く電子摩擦に変換できるか、なんだよ」
教室が、一瞬で静まり返った。
「……お前、よくそんなことを電球のスイッチを入れるみたいに簡単に言えるな」
男子生徒は呆れたように呟いた。
その時――。
――キーン、コーン。
学園内にチャイムが響き渡った。
教官が出席簿をパチンと閉じる。
「全員、第四訓練セクターへ移動しろ。今日は属性出力テストを行う」
生徒たちが立ち上がると、不平不満と興奮の入り混じったざわめきが広がった。エイジは少し歪んだ眼鏡を直し、西の訓練場へと向かう人混みの後を追った。
[太陽神学園・訓練場]
静かな教室の雰囲気とは対照的に、訓練場は厚い魔力減衰障壁で囲まれていた。
中央には、中級程度の攻撃にも耐えられるように設計された、霊木製の訓練用人形が並んでいる。
エイジが一歩前に出た。
彼は一瞬だけ目を閉じ、先ほど説明した変換公式を頭の中に描く。
「文太エイジ。前へ!」
教官が呼んだ。
彼が目を開ける。
空気が、変わった。
まるで見えない磁場に反発するかのように、地面の埃が舞い上がる。
――ドォォン!!
一筋の「黒い稲妻」が標的人形を貫いた。
それは一瞬で爆発し、粉々に砕け散る。
生徒たちから歓声が沸き起こった。
「嘘だろ……無詠唱の高位魔術かよ!」
エイジはゆっくりと手を下ろした。
指先に残っていた黒い火花が、静かに消えていく。
「……あ、おっと」
訓練場の半分が、ボロボロに破壊されていた。
教官は深くため息をついた。
「エイジ……あれはただの訓練用人形だぞ」
エイジは苦笑いした。
「すみません……また出力を出しすぎちゃったみたいで」
「はいはい、いつものことだな」
教官は疲れ切った笑みを浮かべて返した。
「お前の謝罪なら、もう暗記できそうだ」
フィールドに軽い笑い声が広がる。
しかし――。
エイジが凍りついた。
その表情が、わずかに揺れる。
「……え?」
胸の中に、妙な熱さが広がった。
「エイジ? どうかしたか?」
彼は自分の胸の上に手を置いた。
――ドクン。
鼓動が激しく跳ね上がる。不規則で、不自然。
断片的なイメージが脳裏をよぎった。見覚えのない部屋。見慣れない天井。そして、自分をじっと見つめる一人の少年の姿。
だが――それはすぐに消えた。
エイジは瞬きをした。
「……いや、なんでもない」
それでも、彼の手は胸に置かれたままだった。
[霊力列車――東部戦線]
静まり返った車両の中、黒いローブを纏った五つの人影が微動だにせず座っていた。イザナミの精鋭、ハンターたちだ。
テーブルの上には、かすかに稲妻を帯びたエイジのホログラムが浮かんでいる。
「こいつがターゲットか?」
大柄な男が鼻で笑った。
「訓練場の半分を壊したお調子者のガキよ」
女が冷静に答える。
「しかも、それが全力ですらなくてね」
「ただ者ではないだろう。そうでなければ勇様が我らを送るはずがない」
別の者が言った。
「優先事項は変わらん」
リーダーが淡々と告げる。
「生け捕りにしろ」
「抵抗したら?」
大柄な男が問いかける。
間。
「……その時は、邪魔なものをすべて排除しろ」
列車は夜の闇を切り裂き、速度を上げた。
[深夜――リュウの部屋]
リュウはベッドに横たわり、真剣な表情で高度魔術理論の本を読んでいた。
「チャクラの経路が霊門を強制的に開けば……出力は内側から崩壊する……」
彼はため息をついた。
「なんで理論はこんなに筋が通ってるのに、実践は不可能なんだよ……」
彼はベッドに倒れ込んだ。
――ドサッ。
――ドクンッ!
「ぐっ、あぁああ!!」
胸に激痛が走った。
リュウは喘ぎながら、胸元を強くかきむしった。溶けた鉄が流し込まれたような灼熱感が、全身に広がっていく。
「な、なんだ……これ……っ!?」
冷や汗が顔を伝う。
彼は視線を落とした。
肌の上に、深紅の紋章がゆっくりと浮かび上がっていた。それは、ひび割れた円の形をしていた。
「……これは……?」
彼がそれに触れようとした瞬間――。
紋章は霧散するように消えた。
痛みも同時に引き引いていく。静寂。
リュウはじっと座り込んだ。
「……器の内なる封印……」
以前読んだ資料の一節が頭をよぎる。
彼の目は、ゆっくりと天井へと向けられた。
遠く離れたどこかで――何かが共鳴していた。
二回のノックのような衝撃。そして、沈黙。
[太陽神学園――正門]
五つの黒い人影が遠くから学園を見下ろしていた。
風は冷たい。
一人がわずかに顔を上げた。
「隠密に侵入する」
彼らの足元から黒い霧が染み出し、自分たちの影を飲み込んでいく。
学園の中では、エイジ・ブンタが何も知らずに眠りについていた。
彼の指先で、小さな火花がパチリと爆ぜ、消えた。
外では――霧が動き始めていた。




