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#11 — 蠢く影 (The Stirring Shadows)

[イザナミ学園 — 最深部・封印の間]


イザナミ学園の地下深く、地上から隔絶された空間にその部屋は存在していた。その所在は極秘事項であり、評議会の最高幹部のみが立ち入りを許される聖域である。


黒曜石の壁には古の呪文と「黄泉よみ」の紋章が刻まれ、かすかな鼓動のように脈打っていた。入り口の回廊に並ぶ蝋燭からは深紅の炎が揺らめき、床に長く不気味な影を落としている。


部屋の中央、そこに立つ男の存在感は、周囲の空気さえも凍てつかせるほどだった。丁寧に後ろで結わえられた長い髪が、冷酷かつ絶対的な権威を放つその顔を際立たせている。


男の名は、イサム・マサシ。イザナミ学園評議会の最高指導者である。


感情を排した鋭い眼光は、見る者に底知れぬ恐怖を抱かせる。背中には、燃え盛る鎖を象った深紅の紋章が刻まれた漆黒の法衣ローブを纏っていた。彼の右手にある紫色の魔導書簡は、内容が読み終えられるとともに、音もなく灰へと変わっていった。


背後には評議会の長老たちが一列に並び、微動だにせず控えている。指導者が沈黙を破るまで、声を出す勇気のある者は誰一人としていなかった。


「……そうか。そういうことか」


イサムが静かに呟いた。その声は穏やかでありながら、刃のような冷たさを孕んでいた。


長老の一人がようやく一歩前へ出た。「冥府めいふに放った内通者からの報告は詳細を極めております。リュウ・セイロウという少年……彼に異常な共鳴現象の兆しが現れ始めました」


イサムは一瞬目を閉じ、脳内でそのデータを咀嚼するように沈黙した。「制御不能なチャクラの暴走……漆黒のオーラ……そして精神構造の深刻な不安定化か」報告の要点を、彼は無機質な声でなぞった。


そして、その口元に含みのある薄笑いが浮かぶ。


「『核となる欠片コア・フラグメント』が……ようやく目覚め始めたか」


室内の温度がさらに下がった。隅にいた老婆の長老が、疑念を孕んだ目でイサムを見つめる。「確信がおありなのですか? その少年が本当にスサノオの核の『依りホスト』であると」


イサムは目を開け、冷徹な視線で彼女を射抜いた。「この報告が事実なら、冥府学園は知らずして世界最大の時限爆弾を抱え込んでいることになる」


彼は封印の間を仕切る巨大な門へと、ゆっくりと歩みを進めた。「マサシ家とクロユキ家……かつて我らの根は一つだった。古の時代、我らの先祖は黄泉の門を守る先鋒として共に戦っていたのだ」


その声が、数世紀にわたる怨念を孕んで重く響く。「だが、クロユキは選んだのだ。この壊れた世界を維持することを。人間が喪失の苦しみに永遠に苛まれる世界をな。彼らは死を、単なる世界の『均衡』として片付けている」


イサムの指先が、冷たい扉の表面に触れた。


「均衡など、弱者が苦しみを受け入れるための言い訳に過ぎん」笑みは消え、その顔には冷酷な決意が宿った。「そして私こそが……その苦しみに終止符を打つ者だ」


[冥府学園 — 裏訓練場]


ドォォォォン!


「また失敗ね……」


アヤネが抑揚のない声で呟いた。

立ち上る黒煙の中から、顔を煤で真っ黒に染めたリュウが、芝生の上に力なく座り込んでいた。彼は激しく咳き込み、焦げた土の臭いを振り払おうと手を振った。


「……もう無理だ」リュウがうなだれる。「いいよ、今すぐ俺をチームから外してくれ。学園ごと消し飛ばしちまう前にさ」


ケイコが真っ先に吹き出した。「あははは! リュウ、今のバックラッシュを食らった時の顔! 最高に傑作だよ!」


リュウは情けない視線を彼女に向けた。「……お前、実は俺の不幸を楽しんでるだろ、ケイコ」


「まさか! ただ……その焦げた顔を何度も見るのに慣れないだけだってば!」ケイコはお腹を抱えて笑い転げている。


数メートル先では、レイが腕を組んで立っていた。「魔法が失敗するのは当然だ。貴様のチャクラ構造は相変わらずデタラメだからな。不要な経路にエネルギーを垂れ流しすぎている」


「これでも必死に集中してるんだよ!」リュウが反論する。


「その結果が、この惨状というわけか」レイの言葉に容赦はない。


リュウは彼女に指を突きつけた。「なあレイ、五分でいいから俺を侮辱せずに喋れないのか?」


「無理ね」即答だった。リュウは二の句が継げなくなった。


花びらが舞い始めた桜の木の下で、リンは静かに座っていた。無関心を装いながらも、その視線は時折騒がしいチームメイトたちに向けられる。「騒々しいわね……」彼女は独り言のように呟いた。


アヤネは一人離れた場所から、リュウを観察し続けていた。彼女の「目」は、他者よりも遥かに詳細にエネルギーの流れを捉えることができる。彼女にとってリュウのチャクラは矛盾そのものだった。荒削りで無秩序でありながら、その根底にある「量」は、あまりにも膨大で、圧倒的なのだ。


「アヤネ?」いつの間にか目の前に来たリュウが、まだ煙の出ている手を振った。「あんなところでぼーっとして、どうしたんだ?」


アヤネは小さく肩を震わせ、すぐに目を逸らした。「……別に、なんでもないわ」


リュウは煤だらけの頭を掻きながら苦笑いした。「悪いな、俺の失敗のせいで訓練の空気を壊しちまって」


アヤネは数秒間リュウを見つめ、静かに首を振った。「……そんなことない。むしろ、貴方がいると……この場が『生きてる』感じがする」


リュウが呆然と瞬きをする一方で、遠くからケイコがニヤニヤしながらレイの脇腹を突いた。「ねえ、見て。アヤネが心を開き始めてるよ」


「自然な成長だ」レイは淡々と答えたが、その視線も二人から逸れることはなかった。


リュウは気を取り直し、再び掌に意識を向けた。「よし、もう一回だ。これでダメなら、本気で魔術師なんて引退してやる!」


ゴォォッ!


掌に小さく、しかし安定した炎が灯った。リュウの目が輝く。「おい! 成功したぞ!」


「わあ、すごい!」ケイコが声を上げた。


だが、次の瞬間——。


ドガァァァァン!!


先ほどよりもさらに大きな爆発が巻き起こり、リュウは後ろに吹き飛ばされて芝生の上を転がった。


再びケイコの爆笑が響き渡り、リンでさえも口元を隠してかすかな笑みを漏らした。レイはただ呆れたように首を振る。


「……よく今日まで生き延びてこれたものね」


[イザナミ学園 — 特殊作戦室]


封印の間とは対照的に、この広間は広大で機能的だった。黒い柱が高い天井を支え、床に刻まれた巨大な魔法陣からは冷徹な紫の魔力が放たれている。


完璧な布陣で並ぶ、数人の外套を纏った者たち。彼らはただの生徒ではない。イザナミが誇る精鋭執行官——霊を狩る者、禁忌の儀式を操る者、そして冥府の処刑人たちだ。彼らが放つ威圧感は、呼吸を妨げるほどに鋭い。


イサム・マサシはその前に立ち、一枚の魔導書簡を掲げた。彼が指を鳴らすと、広間の中央に精神投影のホログラムが浮かび上がる。そこに映し出されたのは、短髪で眼鏡をかけた一人の少年だった。


その名は、エイジ・ブンタ。


精鋭魔術師の一人が目を細めた。「このガキ……大陽神学園の生徒か?」


イサムは頷いた。「そうだ。雷属性の使い手。その精神共鳴度は異常値を示している。この少年もまた、スサノオの『欠片』を宿す『ヴェッセル』である可能性が極めて高い」


再び静寂が支配した室内で、外套の男の一人が耳障りな笑い声を漏らした。「いよいよ、本格的な『狩り』の始まりというわけか」


イサムは執行官たちの列の間をゆっくりと歩いた。「最優先事項は分かっているな。冥府や死神学園が事態に気づく前に、すべての『器』を確保しろ」


魔法陣の輝きが増し、漆黒のオーラが部屋を満たしていく。


「そして、必要とあらば……」イサムの声が、凍てつくような囁きへと変わる。「……立ち塞がる者は何人たりとも排除せよ」


異論を唱える者はいない。魔術師たちは転送陣へと足を踏み入れた。紫の光が激しく明滅し、次の瞬間、彼らの姿は消え失せた。


世界の運命を塗り替える「狩り」が、今、幕を開けた。

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