第37章:おれたちの名前
『まだ何も思いつかないの?ほんと使えないヤツ。』
今まさに刺されてる気分だ。悪かったな、はいはい!おれは名前を考えるのが苦手なんだよ、他人の名前を覚えるのだって苦手なくらいなんだから!
蝶は、おれが名前を決めるのにあまりにも時間をかけているからと、考えながら先に進もうと提案してきた。その結果、三時間以上も歩きながら考え続けたのに、いいアイデアなんて一つも浮かばず、結局蝶に怒られる羽目になった。
おれたちは蟹と鳥たちの死骸を残して先へ進んだ。まあ、あの死骸を全部持っていけるわけでもないしな、インベントリにまだそんなに余裕がないんだ。
とにかく、おれたちは前へ進んだ。今のところの目的地は、もやの森だ。
最初の目的地は、気になっていた崩落地だったんだが、あの洞窟を降りてから色々あって、結局大きく回り道をする羽目になった。もやの森へ行くには、その崩落地を通らなきゃいけないから、目的地をもやの森に変更したんだ。
残念ながら、まだあのエリアの難易度は分からない。つまり、今行くのは危険ってことだ。
まあ、そこに着く頃には進化を終えてるかもしれないし、大した問題じゃないと思う。
次はランクBになってると考えるだけで、テンションが上がるな。進化できれば、あの巨大な石の蛇と同じ水準に立てるってことだ。
『ここ通るの、ちょっと危なくない?』
今、おれたちは小さな丘の上から、広い茂みを見下ろしている。この茂みの何が危険なのかって?簡単だ。普通の木の代わりに、この茂みには薄く光るシアン色の巨大なきのこがたくさん生えてるんだ。
つまりきのこの茂みってわけだ。ここを歩くだけで毒に当たる可能性も十分にある。まあ、おれは生き物みたいな複雑な生体を持ってないから平気だと思うけど、蝶の方は話が別だ。
アンデッドとはいえ、蝶は生きた体を持っている。腹も減るし、呼吸もするし、血も出る。つまり毒の影響を受けるってことだ。
回り道をした方がいいんじゃないか?
『上から見てきたけど、遠回りしたら数時間はかかるよ。』
なるほど、じゃあ厳しい方の道を選ぶしかないな。蝶、お前はきのこの上を飛んで、おれはできるだけ早く突っ切ってみる。
『危なすぎない?もし魔物が出てきても、あたし一人じゃ倒せる自信ないんだけど。』
うーん…そうだな、危険だ。でも正直、これが一番早い道だし、目的地までの距離を大幅に縮められる。
『それより、あそこが本当に毒あるかどうか、ただ調べてみることってできないわけ?』
まあ、毒を受けても生き残れるくらいのステータスはあるから、試すこと自体はできる。でもおれは[どくむこう]を持ってるから、自分自身で試すのは不可能なんだ。
うーん……………
待てよ。このきのこに[かんてい]を使えばいいんじゃないか?というか、システム内のものならほとんど何にでも[かんてい]を使えて、詳しい説明が得られるはずだ。
よし、試してみよう。
【アアリオンのきのこ:ランクD+】【強い魔力が集中する場所で急速に増殖し、広がっていく生物災害。】
【もし茂みでこのきのこの小さな芽を見つけたら、発生源を完全に焼き払うようにと教えられている。さもなければ増殖を続け、やがて茂み全体を飲み込み、巨大きのこの森と化してしまう。】
【毒はないものの、特定の物質と混ぜ合わせると強力な幻覚剤となり、闇市場で高値で取引される。しかし正しく扱えば、最高級の食材にもなる。】
おおお!なんて言えばいいんだ?これはえげつないし、野性的すぎる。
つまり、麻薬にもなれば、五つ星レストランの一品にもなる食材ってわけだ。
なぜだか、これを少しでも採取しようとしたら、称号[あくのみち]のレベルが上がりそうな気がする。
とりあえず毒はなさそうだし、通り抜けても問題なさそうだ。
『本当に大丈夫なの?』
ああ、何かあったら高く飛んでくれ、遠隔で回復魔法を使ってみるから。
『……』
うわ、信じられないって顔してるし、なんか怒ってる。まあ安全だと思うぞ、[かんてい]先生のお墨付きももらったんだから大丈夫なはずだ。
おれは丘を下り、光る茂みへと足を踏み入れる。念のため、うっかり触れないようきのこから少し距離を取って進む。その間、蝶は怖がっておれの背中にぎゅっとしがみつき、身を縮めている。
おやおや。やる気になれば、ちゃんと可愛くなれるんだな♡
突然、背中に何かで貫かれたような痛みが走る。ああ、おれの考えを聞いて[どくばり]でおれを毒殺しようとしてるな。
それって照れ隠しって言うんだぞ、知ってるか?
『うるさい。ココナッツ頭!』
よし、これ以上からかうのはやめておこう。
おれたちはしばらく無言で歩いた。今のところ何も問題は起きてないし、大丈夫そうだ。魔物にもまだ出会っていない。
むしろ、不思議なくらい心地よく静かだ。
きのこは光っていて、見ているだけで落ち着く。下から見上げると意外と綺麗で、どこか満月を思わせる。
ふと、少しリラックスしていた意識が本題に戻ってくる。
なあ、なんでそんなに呼ばれ方を気にするんだ?
『あたしに言ってるの?正直よく分かんないけど、ただ「蝶」って呼ばれるの、なんか落ち着かないんだよね。』
動物的な本能みたいなものなのか?でもお前、いい名前が欲しいって言ってたよな、つまり名前ってものに多少はこだわりがあるってことだろ?
『分かんない。理由は分かんないけど、なんとなくそう感じるの。あんたがバカみたいに名前を考えてる間、あたしもあんたの名前を聞こうかなって考えてた。だから名前にちょっとは興味あるんだと思う。』
おれの名前だと!?
『そう。まだあんたのことどう呼べばいいか分かんなくて、困ってるの。』
蝶、お前おれのことそんなに気になって名前まで知りたかったのか!?ああ、嬉しいな!
『うるさい、くず野郎!そう呼ぶなって言ったでしょ!』
突然、怒りのメッセージが頭の中に流れ込んでくる。蝶はまたおれを刺そうとしている。
ハハハ、悪い悪い。
まあ、そんなに名前を気にするなら、ちゃんと可愛くて素敵な名前をつけてやらないとな。
『フン!』
おれはもう一度きのこの傘に目を向ける。本当に綺麗だ。月に似ているところも、なかなか印象的だな。
うん?よく考えたら、蝶のこの新しい姿を初めて見たとき、ルナモスに似てるって思ったんだった。
実際、その姿はどことなく月を思わせるし、能力も月光の再現って説明されてる——綺麗で安定してる。月……月……
「月」ってそのまま名前にするのもいいかもしれない。かぐやとか、つきひめとか……いや、なんかしっくりこないな。合ってる気はするけど、上手くはまらない気がする。
…………
ルナモス……
いっそ西洋風の名前はどうだ?ルナって、綺麗な名前だし、ちゃんと月の重みを背負ってる。
なあ、「ルナ」って名前どう思う?
『ルナ?』
そう!すごく綺麗で可愛いし、おれの故郷では「月に照らされた人」って意味なんだ。
『ルナ、ね。まあ、嫌いじゃない、綺麗だし。でもそれ、今のあたしの種族から取った名前でしょ?また別の種族に進化したら、微妙な名前になるって思わないの?』
問題ないさ。人は成長して大人になっても、名前は変わらないだろ。ルナって名前は、お前の姿が変わっても、ずっとぴったり合うと思うぞ。
『分かった、それで。名前ありがと。』
見た目に変化はない、蝶は今まで通りだ。でも今のあいつには、自分の個性とつながる何かができた。それはきっといいことだ。おめでとう、ルナ!
『フン!』
ルナはそっぽを向いて、目を合わせようとしない。ほんとツンデレさんだな♡
また突然、背中に痛みが走る。おい!感情の表し方が物騒すぎるだろ!
『フン!』
「グサッ!」
まあいいか、どうせおれには効かないんだし。でも、もし人間の体を取り戻したら、この癖は危険だから、そろそろやめてほしいところだけどな。
『ん?さっき言ってたこと……あんた、生きてた頃の記憶があるの?その名前、故郷から来たって言ってたよね。』
ああ、そうだな。まあ、そんな感じだと思う。
厳密には故郷ってわけじゃなくて、なんて言うか……同じ「ホーム」みたいな感じ?お前を混乱させずに説明するのは難しいな。でも、ああ、生きてた頃の記憶はある。ただその記憶はこの体じゃなくて、おれの魂に紐づいたものだから、ちょっとややこしいかもしれない。
『ふぅん……分かった。てことは、自分の名前は覚えてるんだ。あたし、名前をつけてもらったお礼に、あんたにも名前をつけてあげようかなって思ってたんだけど。』
うーん、それは悪くない話だな。もちろん自分の名前は覚えてるけど、もう捨てたようなもんなんだ。
『どういうこと?』
どう説明したらいいんだろうな……それは、もう二度と戻れない場所での、おれの人生の名前だったんだ。
あそこでの選択や人生を、はっきり後悔してるわけじゃない。でも、あまり誇れる人生じゃなかったし、胸を張って「これがおれの人生だ」って言えるようなものでもなかった。
特にトラウマってほどのことでもなかったけど、家族にも社会にも、ほとんど見捨てられたようなもんだった。だから、山田カイトって名前が、前の人生と一緒に消えてしまっても、おれ的には別に構わないんだ。
今のおれには新しい体、新しい物語、そして新しい未来がある。過去のことにあまり執着するつもりはない。
『なんか複雑なんだね。半分くらいしか理解できてない気がする。』
いいさ、全部理解する必要はない。だからこそ言ってるんだ、お前がおれに名前をつけるのも悪くないアイデアだって。厳密に言えば、お前は一度おれの命を救ってくれたし、今じゃおれの唯一の仲間なんだから、名付ける権利くらい十分あるだろ。
『そう言われても、自信ないんだけど。あたしの方が名付けセンスないかもしれないし、絶対後悔するよ。』
き、厳しいな!マジでこいつの一言一言がナイフみたいに刺さるんだけど!さっきおれがつけた名前、気に入ったって言ったばっかりだろ!?
心配するな、お前が選んだ名前ならなんでも受け入れるから。
『じゃあ……「ゼル」ってどう?』
…………
くそっ!!完全に負けたな!数秒でこんなすごい名前を選びやがった!
自分が情けなくなってくる。何時間もかけて名前を考えてて悪かったな。
『気に入らないなら、もういい!』
いや、気に入らないなんて言ってないだろ——むしろ、すごく嬉しいよ、ありがとな。
【個体の名前が[ゼル]として承認された】
おお、システムに認められたか。ありがとな、ルナ。お前がつけてくれたこの名前、大事にするよ。
おれは心の奥でそっと微笑んで、その気持ちをルナに伝えようとする。
『うぐっ!そんな大げさにしなくていいから、ゼ、ゼル!』
今、ちょっと詰まったか?なんて可愛いやつなんだ。
ああ、また針で刺してきた。
正直、ちょっとほっとしてる。もしいきなり「ゼル様」とか「ゼルお兄さん」とか呼ばれてたら、おれどうなってたか分からないからな。なんか違う方向に行きそうな気がするけど、この様子だとルナはこのままずっとタメ口で、敬称なんて使わないみたいだ。
まあ、とにかく、これからよろしくな、ルナ。
『うざい。』
あら、ルナは興味なさそうにそっぽを向く。
とにかく、おれはステータスを確認して、たしかにお互いの名前が刻まれているのを見る。この瞬間、二人の距離が本当に縮まった気がして、心の奥では嬉しさとほっとした気持ちでいっぱいだ。
…………
そして、おれたちの間の静けさと心地よさを断ち切るように、不快なぞわぞわとした感覚が頭の中を走る。この感覚には覚えがある!これは[きはいかんち]だ!
おい、ルナ、構えろ、魔物がこっちに向かってきてる!
『うん、あたしも感じた。』
ルナはおれの背中から離れ、宙に浮いたまま隣を飛びながら、きのこの間を注意深く観察している。
さて、今度はどんなやつが出てくるんだろうな?もし相手が強すぎたら、ルナはあまりレベル上げの役に立たないだろうな。




