第36章:蝶の初めての進化
ふんふんふん。おれは数時間かけて、カニをどうにか捌き、殻から肉を切り分ける作業を楽しんでいた。
また、見つけた少しのきれいな水と、鍋によく似た殻の一部を使って、カニ肉のスープ作りにも成功した。
乾いた木と電気の魔法を使って火を起こし、なんとか料理することができた。おれには舌も鼻もないから、匂いや味で美味しそうかどうかは分からないが、少なくとも見た目は悪くない。
あれだけカニを捌いたおかげで、Cランク+の魔石も見つけた。まるでコンビニで万引きした商品を隠すみたいに、一秒も迷わず[まほうのほかん]にしまい込む。
魔石の説明にはお金になるとしか書かれておらず、具体的な数字の情報は一切なかったので、正直かなり困惑している。
とにかく、カニとの戦いと蝶の進化が始まってから、もう数時間は経っているはずだ。
正直に言うと、彼女のことが少し心配だ。というか、もう何時間も経っているのに、まだ何の反応もない。一度[かんてい]を彼女に使ってみたが、状態は相変わらず[進化中]と[意識不明]のままで、ステータスも種族名も進化前と全く変わっていない。それがますますおれを不安にさせる。
もっと時間がかかるのだろうか。料理が冷めないように鍋ごと[まほうのほかん]に入れて、今はじりじりしながら待っている。彼女の進化が、幼虫が蝶になる時の変態みたいなものだったらどうしようと心配だ。
もしそうなら、まるまる一週間かかってもおかしくない。さすがに一週間もここでじっと待ってはいられない。ここ数時間、何にも襲われなかっただけでも奇跡だったのだ。
いっそここから連れ出して、一緒に運んだ方がいいのだろうか。そもそも、動かしても大丈夫なのか? まさか、繭に触れただけで死んだりしないよな? な!?
くそ、さすがのおれの鋼の神経も、不安で爆発しそうだ。
*パキッ*
そんな時、硬くなっていた繭がついにひび割れ始め、粘り気のある液体が隙間から漏れ出した。おれは立ち上がり、不安と興奮が入り混じった気持ちで繭を見つめる。
繭は完全に割れて中の液体を全て流し出し、巨大な蝶が這うようにして中から出てくると、翅のしわを伸ばすようにしばらくぶら下がっていた。
その色は最初は痰みたいな緑色をしていたが、徐々に光り輝くような白へと変わっていく。
彼女は顔を上げ、「なに? わたしのどこかおかしい?」とでも言いたげな目でおれを見た。
蝶! 無事だったんだね! すごく心配したんだぞ! 駆け寄って抱きしめようとするが、彼女はさっと飛び立って逃げてしまう。
もう、本当にツンデレさんだなあ、ははは。
でも本当に、無事で良かった。進化にあんなに時間がかかるから、すごく心配してたんだぞ。
ほら、約束通り、お前のために何か作ったんだ。美味しくできたかは分からないけど、これからもっと上手くなって、美味しいものをいっぱい作ってやるって約束する!
[まほうのほかん]からカニの甲羅の鍋を取り出して地面に置くと、同時に蝶が空から舞い降りてきて鍋の横に着地し、汁を飲み肉を食べ始めた。今のところ不満そうな様子はないから、そこまで酷い出来ではないのだろう。
鍋は大きいから、食べ終わるまでにはしばらくかかりそうだ。おれは鍋の横の石に腰かけて、蝶が食べる様子を眺める。
本当にすっかり変わったものだ。以前はかっこよくて悪魔的な見た目だったのに、今は純粋で美しい姿になっている。
翅は白みがかった色に輝き、花のような模様が浮かんでいる。角は黄色くふさふさした触角に置き換わり、外殻は青い縞模様の入った白色になった。
見た目はオオミズアオによく似ている。なかなか気に入った、とても綺麗だ。
ちょっと気になるから、[かんてい]先生、蝶の詳細を見せてくれ。
【ムーンライト・バタフライ:Eランク+の魔物】【蒼白い月の光を浴びて色を失った蝶。その魔力は美しくも残酷で、人々の希望を奪う。】
【[ムーンライト・バタフライ]は月の光を模した驚異的な魔法の力を持つが、その真骨頂は触角を通して使う精神系の魔法だ。】
うーん……[ムーンライト・バタフライ]か。聞いたことのない種族だけど、強そうだ。それに、いきなりEランク+まで進化している。おれがまだ[スカル・ランサー]だった頃より、ステータスはずっと高くなるはずだ。
とはいえ、おれから少し離れた場所で、ある程度自由に動き回らせるのはやっぱり心配だ。ステータスは確かに高くなるだろうが、所詮はEランク+のステータスだ。この中間エリアの魔物相手に、まともに渡り合うことすらできないだろう。
Cランク+のカニとの戦いでは結局彼女に頼りきりで、彼女の助けがなければ勝てなかったのは分かっている。だが、それとこれとは話が別だ。
うぐぐ、もう自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。正直に言えば、せめてもう一度進化してから一緒に行動してほしいところだ。
もう一度でも戦いで力を貸してくれれば、きっと次の進化に十分な経験値を得られるはずだ。
まあ、今憶測してても仕方ない。実際にステータスを見てみよう。
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種族:
状態: つうじょう
Lv: 1/18
HP: 12/12
MP: 15/15
こうげき: 10
ぼうぎょ: 7
そくど: 15
まほう: 13
ランク: E+
スキル: [さいせい: Lv1] [ひこう: Lv3] [とつげき: Lv1] [どくばり: Lv1] [にじのやいば: Lv2] [マナドレイン: Lv1] [きぬのせいせい: Lv1] [きぬのせいぎょ: Lv1] [テレパシー: Lv1]
魔法: [そくど: Lv1] [ムーンブラスト: Lv1]
たいせい: [しょうげきたいせい: Lv2] [せいたいせい: Lv1] [ぞくせいたいせい: Lv1]
称号: [アンデッド: Lv2] [しょうかんされたげぼく: Lv-] [からだどろぼう: Lv-] [きょじんごろし: Lv-]
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だな。[スカル・ランサー]に進化した頃のおれより、遥かに強い。新しいスキルや魔法もいくつか手に入れたみたいで、どうやら速度と魔法に特化したタイプらしい。おれが[ダーク・スカル・メイジ]だった頃と同じだ。
だが、ステータスはさておき、彼女はもういくつものスキルを持っていて、一つ気になる魔法もある。レベルを上げてもう一度進化できれば、それだけで十分強くなって、おれについてこられるはずだ。
おお、本当にスープを平らげてるな。進化した後は本当に腹が減ってたんだな? でも、これ本当に美味しいのか? 一応、おれが人生で初めて作った料理だ。あまり美味しそうには思えないんだが。
『心配するな、美味しいぞ。』
うん!? 頭の中に声が響いた。なんだこれ? 誰だ!? まさか、またゼロか!? いや、この声はもっと女性っぽくて、ぶっきらぼうだった。
『わたしだ、馬鹿。』
背筋に悪寒が走り、おれはゆっくりと振り向く。そこには、青く細長い虫の目でこちらを見つめる蝶がいた。
お前だったのか、蝶? 喋れるのか?
『どういうつもり?! 気持ち悪い。』
ぐっ! きつい! クリティカルダメージを受けた気分だ。一体何が気に入らないんだ? そんな言い方しなくてもいいだろう。
思っていたよりずっと生意気で、無礼な奴だ。前は震えながら怖がって駆け寄ってきて、頭を撫でさせてくれるくらい可愛かったのに。もしかして成長期なのか? というか、彼女には子供の魂が宿っているから、進化とともに成長して反抗期に入ったのかもしれない。
突然、腹を立てたかのように、蝶は空になった鍋を脚でつかんでおれの顔に投げつけると、遠くへ飛んでいってしまった。
『気持ち悪い!』
ああ、怒らせちゃったか。
どうやっておれに話しかけているんだろう。種族の説明には精神系魔法の専門家だと書いてあったから、それのせいだろうな。
ああ、そういえば、ステータスに[テレパシー]のスキルがあったな。
【スキル: [テレパシー: Lv1]】【他者の考えを読み取り、自分の考えを伝えることができるスキル。】
おお、単純だけどなかなかすごいな。やる気になれば本当にできるんだな、蝶! 今回の進化ですごいものを手に入れたじゃないか!
『ふんっ!』
頭の中に得意げな響きが伝わってきた。照れてるな、はは!
とにかく、戻ってきた方がいいぞ、蝶。あまり離れてたら、魔物が現れた時に守ってやれないからな!
そう言うと、蝶はすぐさま引き返して、おれの背中に止まった。まあ、カニの一件の後だ、怖がるのも無理はない。心配するな、蝶。何か現れても、一緒に頑張って勝とう!
彼女は肩越しに顔を覗かせ、疑わしそうな、値踏みするような目でおれを見た。
『その呼び方やめて。変だから。』
うわ、ストレートだな。言葉に一切の迷いもない。本当に生意気な思春期の子供みたいだ。
そう言われても、他に呼びようがないだろう。お前には名前がないし、種族名も少し長いしな。
『名前がないなら、あなたが考えればいい。あなたは一応わたしの父親なんだから、わたしを作った時にそうするべきだった。』
ぐうう! 一理ある! でも、本当に一種の父親みたいに見てるんだな……もしかして、生きていた頃の記憶が、どこかに残っているのか?
『何も覚えてない。自分がアンデッドだってことは分かるけど、あなたに作られる前の記憶は欠片も残ってない。』
おいこら!! 勝手に心を読むな!!
『……』
ぐぅ!
つまり、お前はずっと純粋な本能だけで動いてるってことか? というか、複雑な言葉を話せるし、行動も人間にすごく似てるじゃないか。
『人間の魂を使ってわたしを作ったんでしょう? それなら、多少は行動に影響してるのかもね。確信はないけど。』
おおお。そうか、それが理由かもしれないな。正直に言うと、色んな存在の魂の欠片が見えたけど、中でも一番目立ってたのは子供の魂の欠片だった。
それにしても、お前は自分の状況をよく理解してるんだな。おれのことを父親だと思ってるのは、おれがお前を作ったからか?
『そう。』
なるほどな。まあ、じゃあやっぱりおれがお前に名前をつけないといけないんだろうけど、本当におれでいいのか?
『うん。』
本当にストレートだな、お前。回りくどいことなんて気にもしない、こりゃ長話は難しそうだ。
『そんなのどうでもいい。気を抜かずに、いい名前を選んで。』
ぐぅ! よし、何か考えるとするか。




