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第九話 紳

大晦日前日。

私は今日までに冬休みの宿題を、全て終わらせてしまった。暇で暇で仕方が無かったのだ。

しかし、今日からは退屈ではない。紳さんが、勉強が終わった時間を見計らって遊びに来てくれるのだ。

紳さんは、昨日突然やって来て、そして居候することになった人だ。昨晩の食事の時、彼女は立ち上がり、可愛らしい笑顔で自己紹介した。けれど、この人がどういう人なのかちゃんと分からない。

でも、堂月さんと関係があることは確かだ。二人は、とても仲が良い。

私は、そんな彼らを見ている時、少し心が痛くなる。

「やっほー。今日は土産付きなのだ」

ちょうど数学の先生と入れ替わりに紳さんが入ってきた。手には、ワインカラーの物体がさがっていた。それは、駅の近くにあるケーキ店の紙袋だった。


「このクッキー、とっても美味しいです!」

紳さんは、チョコクッキーの味に感激したようだ。私は、どんな事にも素直に感動を表現する紳さんを尊敬した。

「あの店はケーキも美味しいけど、このクッキーが一番人気なんですよ」

私が説明すると、紳さんはうんうんと頷いた。

「これは運命の出会いなのだ〜っ」

そう言ってから、紳さんはゴクゴクとミルクを飲んだが、ふと思いついたように私を見た。

「ねえ、亜志貴って呼んでも良い?あと、敬語は止めるのだ。ボクのことも、紳で良いのだ」

ズキンとした。下の名前で友達みたいに呼ばれるのは、佐和子以来だ。私は急に不安になった。

でも・・・

「そうね、敬語はなし。亜志貴で良いよ、紳」

きっと、今度は大丈夫かもしれない。

ミルクを飲んでいた紳は、ホントに?!と言って、嬉しそうに笑った。

紳の顔は、吸い込まれそうになる。

二重の目はキレイな線で描かれた絵みたいで、輪郭も整っている。とても肌が透き通っていて、眉の形が少し堂月さんに似ているような気がした。

総合的な雰囲気としては人間というよりも、軽やかな感じのするシャム猫のようだ。どこか異世界の香りがする。小説で読んだ、私の憧れる異世界の香りが。

「亜志貴って、すごく良い名前だね」

紳にそう言われて、私は驚いた。今まで、そんな風に言われたことが無かった。

むしろ、変な名前だと笑われてきた。

「そうかな」

私の顔を見た紳が、まるで私の気持ちを読み取ったようなことを言った。

「他人の名前を笑う人は、自分の名前の価値も分からない人なのだ」

紳の言葉は、私に優しかった。心の中が、晴れ渡った。

「紳って、どんな意味なの?」

私が聞くと、紳は何かを一生懸命思い出そうとした。

「んー・・・母さんから聞いたんだけど、たしか、教養のある立派なって意味。でもそれは漢字の意味で、素直な自分をしっかりと持った、心の優しい人になって欲しいからってつけたらしいのだ。まあ、実際そうなってるけどな」

紳はそう言って笑った。

「私は・・・私はね、友達だと思ってた人に、素直な自分を出してたつもりなの。でも、彼女はそんな私とは、友達になれないみたい。みんなそうなの」

私は、いつのまにか紳にこう言っていた。

紳は、何も言わずに突然の私の話に、耳を傾けてくれた。

しばらくして、紳が口を開いた。

「ボク、昔喋り方がおかしい、女の子なのに僕って言うのは変だって苛められてたんだ」

紳がクッキーを齧った。さくさくと、美味しい音がする。

「でも、中学生になって、そんなボクを受け入れてくれた奴がいたんだ。小学校は違ったんだけど、小さい時遊んだことがあった子だったんだ。いつも、ボクを笑う子がいたらその子達のところに行って、どうして自分らしさを出すのがいけないんだって言ってた。ボクにも、ちゃんと付き合いもしないで離れていくような人は、本当の友達じゃないよって言ってくれた。その子のおかげで、ボクは本当の友達がたくさんできたし、楽しい思い出もたくさんできた。今でも、彼とは親友だよ」

紳は少し照れた様にヘヘっと笑った。私には、紳が輝いている様に見えた。

「それでね、亜志貴はその子にそっくりなんだ」

紳の声は、とても落ち着く。私は、そういう人をもう一人知っている。

「ボクたち、良い友達になれそうだね」

どこかで聞いたような台詞を言って、彼女はとても可愛らしい微笑みを浮かべた。

「うん」

私に、大切な友達ができた瞬間だった。

私の、本当の友達。

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