第十話 街にて
僕は、今日は少し遠出をしている。
と言っても、いつも降りる駅より二つ向こうの駅で降りたというだけだが。
今日は、この駅の近くにある服屋に用事がある。一番の理由は、そこで働き始めたという友達に会いに来たのだ。服はついでだ。
「いらっしゃい」
その友達は、小学生の頃からの大親友だ。とても明るくて、良い奴だ。良い奴という言葉で片付けてしまうのは、惜しいかもしれない。
「おう、穏風!久しぶりだな」
彼、瑛悟が、僕だと分かると近づいてきた。
「へえ、おしゃれな店だね」
僕が感想を述べると、彼は嬉しそうに笑った。ごちゃごちゃしていなくて、本当にいい店だ。
「だろ?俺、ついこの間から働き始めたんだ。良い感じだから、好きなんだ。お前が気に入ってくれて、嬉しいよ」
彼と少し話をしてから、僕は服を選んで、買った。そして、彼と別れた。
外に出て、しばらく歩くとコンビニがあったので、僕はそこでレモンティーを買った。
またしばらく歩くと、きれいな公園があった。そこのベンチに座って、一休みした。小さな子供たちが何人か仲良く遊んでいて、その側で若いお母さん達がおしゃべりをしている。平和だった。
今日はもう大晦日。
早く帰って、またいろいろと準備を手伝わなければ。
お正月には、幸時家にたくさんお客様が来るらしい。幸時賢貴さんの仕事関係の人々だと、亜志貴さんは言っていた。
しばらく穏やかな陽射しの中ぼんやりしていると、突然横から声をかけられた。
「おう、こんなとこで何してんだ?」
僕は顔を上げた。そこには、知らない男の人がいた。彼の後ろから西日が当たっていて、顔が見えない。
僕はキョロキョロと辺りを見回したが、誰もいなかった。確かに僕に話し掛けているようだ。
その人は、僕の横に座った。影がなくなり、彼の顔が見えた。
その顔を見たとき、僕は自分の目をかなり疑った。
その人は、亜志貴さんにそっくりだった。
顔だけじゃない。声も、感じも、何もかも。テレビに出てくる、きゃーきゃーと騒がれるようなカッコイイ顔だ。赤くてサラサラしている髪は少し長いが、全然変ではない。瞳の色は、藍色だ。
「どうした。大丈夫か?」
その人はニカっと笑った。僕はもう訳が分からなくなった。
「あの、どこかでお会いしましたか?」
言い終わったとたん、彼の顔は喜びに満ちた表情になった。
それから一つ咳払いをした。
「はい。いつもお会いしていますよ、堂月さん」
その人が声を変えて、妖しげに笑いながらそう言った。
「まさか・・・」
「お分かりですね」
彼は微笑んだ。
嘘だー!
僕は心の中で叫んだ。だって・・・だって・・・・・
「ぼ、僕をからかってるんですか?あなたは男じゃないですか!それに、どうして彼女のことを・・・?!」
僕の反応を、彼は紳のように面白がった。
「俺が彼女だからだよ。加東白。幸時家では亜志貴様のお世話係。どうだ?これで信じるか?」
加東白を名乗る男は、悪戯っぽく言った。もう、否定できない。
僕は彼を見た。よく見ると、幸時賢貴さんと凛さんにも似ている。
「どうして、彼女に?」
僕は訊いた。
「自分の力を試してみたかったからさ。子供の頃から興味があって、今は専門学校と大学に行ってる」
「じょ、女装の専門学校って有るんですか?」
「違う!メイクだよ、メ・イ・ク!まあ、幸時家のパーティーとかにあんまり興味が無いってのもあるけどな。でも、こうして実体を見ても気がつかないってことは、俺の腕が確実に上がったって事だよな」
(そうなのか?)
僕はまだ半信半疑だけれど、一応納得した。
(化粧って、こんなにも人を変えるものなんだな・・・)
しかし、いざ冷静になると、彼の言葉にひっかかりを感じた。
「なんか、まるで幸時家の人みたいな言い方ですね」
僕はもうその時すでに、彼の返事を心の中で聞いたような気がした。
「俺、幸時家の人間だぜ。本名、幸時由乃。加東白は偽名だよ」
僕はもう頭がごちゃごちゃになった。
「ってことは、あなたは亜志貴さんのお兄さん?」
「イェス!」
彼はVサインをした。何だか、夢みたいだ。僕は起きながら夢を見ているのか?
「由乃さんが加東さんだった。由乃さんは男性・・・。はっ、由乃さん、そんなシュミ・・・」
「だから違うって!自分の実力を試してるんだってばっ!」
彼は顔を真っ赤にして、僕の意見を否定した。僕は思わず笑ってしまった。
「で、穏風は何を考えてたんだ?もしかして亜志貴の事か?」
彼はそう言ってニヤっと笑った。今度は、僕の顔が真っ赤になった。
「ちょっと、勝手に人の名前呼び捨てしないでください!それに、僕はそんな・・・!」
「まあまあ、俺のことも由乃でいいからさ」
彼は僕にドードーと言って肩を軽く叩いた。
「それに、図星だろ?」
僕は、彼の言葉にうっ・・・となった。
そう、図星だ。
僕は、最近よく彼女のことを考えてしまう。どうしてかと最初は頭を悩ませていた。
俺の働いてる店に来いよと電話をしてきた瑛悟に相談すると、それは恋の病だべ、と彼は電話口で笑った。昨日のことだ。
〈おうおう、突然何かと思えば。いっちょまえにそんな贅沢な悩み持ちやがって〉
「だってさ、こんなこと相談できるの瑛悟ぐらいなんだ。僕、いくら考えても分かんないし・・・」
〈まあお前はそういう奴だわ、昔から。よし、特別教えてやる。ズバリ、お前は亜志貴さんが好きなんだ!〉
「え?!これが好きってことなの?!」
〈・・・っとに、何にも知らないんだな。そうだよ。で、好きになるとその人のことばかり考えてしまう。側にいるとドキドキするんだ。おまえ、現在進行形でそうなんだろ?〉
「う・・・うん」
〈じゃあそうなんだよ〉
「ん〜・・・そっか。分かった。ありがとう、瑛悟」
〈おう!好きになった奴は大切にしろよ〉
そうだ、僕は亜志貴さんのことを好きになってしまったのだ。
亜志貴さんは、どう想っているんだろう?
「俺は応援するぜ。愛する妹だからな、そこらの奴じゃ駄目だと思ってたけど、穏風なら大丈夫だ」
彼はハッハッハッハッと大声で笑った。砂場の子供たちが、こちらをじっと見ていた。
僕はますます赤くなってしまった。




