酒場にて
王都の北側に位置する小さな村、サーディナ。
交易路から離れており、これと言った特産もない寂れた村だったが、そんなところにも王都での事件の話は届いていた。
俺は村で唯一の酒場兼宿屋を訪れていた。主人に部屋の手配を頼むと、宿帳に名前を書く。
「えっと、レ、オ、ン。職業は勇者……と、これでいいか」
ペンを置いて辺りを見回す。
ちょうど夕食時ということもあり、小さな酒場は喧騒に満ちていた。
1つだけ空いていたテーブルがあったのでセリナを呼んでいっしょに座る。
すると、ウェイトレスのおねーちゃんが来るより先に、カウンターで酒を飲んでいた男が立ち上がって近づいてきた。
禿げ上がった頭で、がっしりした体に軽装鎧を身に着け腰には剣を佩いている。冒険者か、でなければただのチンピラといった風情だ。
手にしたジョッキをドンと乱暴に俺たちのテーブルに置くと、でかい声で話しかけてきた。
「ようよう、お前ぇ見たことある顔だな……俺は知ってるぜ……
今話題の勇者レオンってアンタだろぉ~?」
急に酒場が静まり返り、周りの客が一斉にこちらを見る。
「ああ、そうだ。 隠すつもりもないが、ひけらかすつもりもない。
今は腹が減っているんでね。後にしてくれないかい?」
俺がそっけなく返すと客たちがどよめく。
今回の件ですっかり有名人になってしまったな……。
「つれないねぇ。ちょっとぐらい付き合ってくれよぉ」
にやけたチンピラ冒険者がまだ絡んでくる。
「カイルって言ったっけ? お前らの仲間なんだろう?
何をやったか知らんが、教会に追放されて国から指名手配されたんだってなぁ!」
……!
カイルの名に思わず反応してしまう。俺は黙ってハゲを睨みつけた。
「おー怖い怖い! 流石に犯罪者のお仲間は迫力が違うねぇ!」
がはははは!と豪快に笑うチンピラ冒険者。
安い挑発に頭に血が上りかけたが、なんとか自制する。
こんな所で騒ぎを起こしてもいいことはない。
心配そうにこちらを見るセリナに大丈夫だと手を振って見せる。
「で? まだなんか俺に用があるのか」
冷静に大人の対応をする俺。
ムカつくチンピラ野郎は嫌そうな顔で舌打ちした。
「チッ! ムカつく野郎だぜ。 まぁいい、俺の用は済んだ。
お前が本物の勇者と分かればそれでいい。
お前がここにいるってことは……カイルが近くにいるってことだからな!
そいつに掛けられた賞金1万ゴールドは俺様がいただくぜ!」
再び笑う男にこちらも思わず笑いが出た。
「ははは、面白い冗談だ。
お前がカイルを捕まえるって?
千年かけても無理だろうね!」
俺の言葉に男がブチ切れて叫ぶ。
「なんだとコラァ! 舐めるんじゃねぇぞ、くそがぁ‼」
しまった、ちょっと調子に乗ってしまった。
と、その時、バァン!と大きな音を立てて入り口の扉が開かれた。
ローブを着た僧侶風の若い女性が入ってくる。
急な登場に皆が注目していたが一切気にする様子もなく堂々としている。
一体何者なんだ、この人は……?
後から一人の少年が追いかけて来た。
「ちょっとチェスタ様! なんか目立ってますよ!」
「そう? 私は気にならないけど?」
女性は不躾な視線で辺りを見回す。俺と目が合うと、ずかずかと近づいてきた。
「あらレオン、私より早かったのね。そっちの用件は無事に終わったのかしら?」
そのまま俺たちのテーブルにつく。
「もう宿の手配はできまして? 流石に疲れてしまいましたわ!」
対応に困ってとりあえずニコニコとしてる俺にセリナがそっと耳打ちした。
(この人、変装していますけど……多分聖女エレーヌですよ……!)
何だってぇ~!
大き目の眼鏡と帽子で分かりにくいが、言われてみれば確かにそんな気がする。
これはマズいぞ……
少年もトコトコとやってきて、俺の隣の席に座る。
「レオン様、僕お腹すきました。 何か注文していいですか?」
もしかしてこいつも仲間なのか?
俺の奥の手、それは俺がカイルだとばれないようにレオンに変装することだった。
俺の変装スキルと幻影魔術を組み合わせれば、実の親にだって見破れないような完璧な変装が可能なのだ。
勇者レオンのふりをして情報収集する予定だったが、これは完全に誤算。
しかもこの感じだと、レオンもこの村に来てるのは間違いない。
この地域には他にも村はいくつかあるのに、ピンポイントで鉢合わせるとは、俺たちに運が無いのか、はたまたレオンたちの勘が良いのか。
セリナ、いやセリナに変装したフォウナがおろおろと挙動不審になっている。
そりゃそうだ。
レオンの事をよく知っている俺ならレオンのふりで誤魔化すことができるが、セリナをよく知らないフォウナにセリナの真似は無理だ。
なんとかこの場から逃げ出さなければ……!
「お前ら、俺様を無視すんじゃねぇ!」
あ、チンピラの事忘れてた。ちょうどいいこいつを利用するか。
騒ぎを起こしてドサクサ紛れにずらかれば……
「なんですか、あなた? 私はレオンに用があるの。 後にしてくださる?」
すんごい高飛車な態度でチンピラをあしらうエレーヌ。
うわぁ、この人ヤバい。俺の代わりに問題起こしてくれそう。
「後から来たのはお前だろうが! ふざけんじゃねぇぞ!」
案の定ブチ切れてエレーヌに掴みかかる。
だが次の瞬間、チンピラの体がきれいに半回転!
頭から床に叩きつけられ、無様に転がる。
やったのは……さっきまで俺の隣に座ってた少年?!
あまりの見事さに見守っていた他の客たちから、ワッと歓声が上がる。
「チェスタ様に無礼を働くのは僕が許しません!」
ドヤ顔でこっちを見る。
「どうですか、レオンさん! 僕も中々やるでしょう?」
確かにすごい。まだ若いのにかなり鍛錬しているのがわかる。
こうも簡単に場を収められてしまうとは……
注目度も上がり、ますます逃げ辛くなってしまったぞ。
「どうしましたセリナ。 顔色が良くないですわよ?」
エレーヌに声をかけられセリナがゆっくり立ち上がった。
「すみません、ちょっと疲れが出たようです。 先に休ませていただきます……」
そのまま階段へ向かい、2階の客室の方へ行く。
ナイス判断!
このままこっそり逃げちゃってくれるとありがたい。
こいつらの話から察するに、レオンとはここで待ち合わせしているっぽい。
いつ来るかわからない以上、長居は出来ない。
さっさと俺もこの場を離れなければ……
「……ねぇ、レオンちょっといい?」
不意に真面目な顔をするエレーヌ。
「セリナが休んでくれてちょうど良かったわ。
あなたに話があるんだけど、ちょっと場所を変えませんこと?」
うっ、これはどうするべきだ……?
酒場を出るのは願ったりだが、込み入った会話は正体がバレる恐れがある。
だからって変な態度をとって疑われるのもな……
俺は了解して店を出ることを選んだ。
食事がまだだった少年が文句を言いつつ付いて来る。
しまった、こいつも一緒か。
確かに“二人きりで”とは言ってなかったな……
小さな村なので、店を出ると人気が全然なく、街灯もないのでかなり暗い。
俺の気配察知にも反応が無い。 まだレオンが近づいて来てはいない。
「こっちよ」
塀に沿ってスタスタと歩いていくエレーヌ。
俺は慌てて追いかけて、エレーヌに続いて角を曲がる――
ガッ‼
急に喉元を掴まれ壁に叩きつけられる。
突然の衝撃に目の奥に火花が散る。
な、何事っ⁈
息が出来ない‼
俺を凄い力で押さえつけているのは驚くほど細い腕で……これは、エレーヌなのか⁈
「エレーヌ、急に何を……」
なんとか声を絞り出す。
ついて来た少年も突然の事に驚いている。
「どうしたんですか、チェスタ様‼」
‼
しまった、そういうことか。
「……ふふふ……思った通りですね。
本物のレオンならば、このような状況になったとしても決して私を“エレーヌ”って呼びませんわ
そういうところは信頼できます」
彼女は恐ろしいほど冷たい目で俺を睨み、呟いた。
「あなた、カイルですわね?」
俺はエレーヌの肘を手で押さえ、内側に親指を突きたてる。押さえつける力が緩んだ隙に何とか脱出。
距離を取って対峙する。
ようやく状況を理解した少年も腰の剣を抜いて俺に向けた。
「いやはや驚いたわ……。 あんた、滅茶苦茶強ぇじゃないか!」
俺は二人の様子を伺いながら痛む首をさする。 あんな力で絞められたのは初めてだ。
「当然です。私は聖女なのですから。
聖女は勇者同様、女神様に選ばれた人間ですわ。舐めないでくださらない?」
女神の加護ってやつか?
油断してた。これ程とはね。
それはともかく、雲行きが怪しくなってきたぞ……
簡単には逃げられそうにない。
正直な話、俺が本気を出せば2人を倒すことは可能だろう。
しかし、二重スパイ作戦のことを考えたら、手を出すのはマズい。
誤って殺しちゃったら元も子もない。
それが聖女だったらなおのこと。
出来れば傷1つ付けたくない。
「完全に騙せてるつもりだったけど……いつから気付いてたのかな?」
一応聞いてみる。
「確かにあなたの変装は完璧でしたわ
でもセリナさんの方は駄目ね」
首を振って笑うエレーヌ。
「本物のセリナならばウェインがあんな活躍をしたら絶対頭を撫でますわ!」
は?
なんだそりゃぁ~!
セリナってそんなキャラだったの?
長い付き合いなのに全然知らなかった……
「今ですわウェイン‼」「たぁっ!」
俺の気が抜けた隙に少年がすばやく斬り込んでくる。
だが、俺は伊達に勇者パーティにいたわけではない。腰に佩いていた長剣で軽く受け流す。
レオンに変装するために幻術で立派に見せていた安物の剣なので、バランスが悪くて扱いづらいが防御ぐらいならなんとかなる。
少年と切り結びつつ、エレーヌを見やる。
案の定、何かの呪文を詠唱してる。当然の連携だ。
俺はこれ見よがしにポケットから小袋を取り出すと、エレーヌに向けて放り投げる。
すかさず剣で払う少年。小袋がはじけて粉末が宙に舞う。
なんのことはない、中身はただの香辛料だが、効果はてきめん。
まともに吸ってしまい咳き込むエレーヌと少年。
やっぱり魔法の詠唱を妨害するのはこれに限る。
こういう時の為に料理用のスパイスをわざわざ小袋を分けて持ち歩いているのだ。
この隙に、俺はトラップ用の鋼糸で少年を絡め取る!
「動くな少年! 下手に動くとただでは済まないぞ?」
鋼糸を見せつけてけん制する。
そんなに本数を絡めたわけではないが、見えない刃物に囲まれてるようなものだから、簡単には動けないはず。
「げほっ! 卑怯だぞ!堂々と戦え‼」
少年が悪態をつく。
勝手に言ってろ。 これが何でもありの戦いってやつだ。いい経験になっただろ。
俺はエレーヌが立ち直る前にさっさと逃げ――
「お前たち、何をしている‼」
通りの向こうから走ってくる人影。
しまった。間に合わなかったか。
――勇者レオンが来てしまった。




