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君の名は?

人間はもちろん魔物さえも近づかない、瘴気漂う沼地にその城は建っていた。

いつの時代に何者が建てたのか、それを知るものは誰もいない。

節くれだった悪魔の指のような尖塔が立ち並ぶ姿は見る者に恐怖を抱かせる。

恐るべき悪鬼の城。

魔王城である。


その大広間、ドラゴンの骨で作られたおどろおどろしい玉座に一人の男が座っていた。

現魔王デスディアボロスである。

一見ただの少年のようであるが、頭には禍々しくねじくれた2本の角があり、口元には鋭い犬歯が見て取れる。


そばに控える3体の異形の影は魔王軍の大幹部、四天王と呼ばれる者たちだ。


そこへ伝令の小鬼が慌てた様子でやってくる。


「報告いたします。 勇者により四天王のお一人、黒鋼の処刑人グリム様が倒された件は事実のようであります」

魔王はそれを聞いても一切表情を変えず、興味なさそうであった。

「そうか。 作戦は失敗であったか」

見た目とはそぐわない低くうなるような声は、迫力に満ちていた。


四天王筆頭で、魔族の中でもエリートとされる吸血鬼の一族、鮮血の不死者クロードが呟く。

「グリムがやられたか……

 くくく……奴は我ら四天王の中でも最弱……

 ……などとふざけてる場合ではないっ!」

突然切れる。

「グリムは剣の腕のみで我らと互角に戦える武人。 それが敗れたとなれば、ただ事ではない!

 勇者レオン、早急に対策すべきです!」


「ぐわっはっはっはっは!」

大声で笑いだしたのは四天王の中でもグリムと並ぶ武闘派、獣王ベィヨンだ。2mを優に超える巨躯を持つ狼の獣人である。

「負けたのは、グリムが弱かったからだ!

 俺様は違う! ひ弱な人間ごときに遅れなんか取らねぇ!」

「黙れ脳筋! バカがうつるわ!」

「なんだとこのうらなりがっ!」


罵りあうクロードとベィヨンの間に小柄な男が割って入った。

「まぁまぁ、無駄なエネルギーを使うもんじゃないよ、お二人さん」

魔王軍参謀にして四天王、大悪魔アダダイダである。

「グリムの奴が負けたのが本当だとしても、どうして負けたかまでは分からないだろう?

 正面からの力比べで負けたのなら脅威かもしれないけど、アレがそう簡単に負けるかねぇ……?」

「何をふざけたことを!」

アダダイダの言葉に怒りを露わにするクロード。

「そもそも今回の作戦立案は貴様だったな!

 グリムが砦を一時的に占拠して敵をおびき出す計画だったはずだが、話が違うではないか!」

「こんなに早く勇者が送り込まれるなんて予想してなかったんだよ。

 それにグリムなら勇者に勝てると踏んでたんだけどねぇ……」

「だから俺様に行かせればよかったんだ!」

「お前は黙ってろと言っている!」


騒がしい四天王たちを横目に魔王はぼそりと呟く。

「あのグリムが負けたか……ならばフォウナはどうなったであろうか……」

「フォウナ? 何者ですか?」

クロードにはしっかりと聞こえていたようだ。

「お前たちは知らなかったのだったな。 どうでもよい。 忘れよ」

魔王はそう言い放ち、それ以上は説明する気がない様子だった。

クロードも追及せず、二人との言い争いに戻る。


魔王城が静けさを取り戻すには、まだ時間がかかりそうだった。


**********


「フォウナ?」

「そうです。私の本当の名前はフォウナ=グリーンベルトです。これからはフォウナと呼んでください」

グリム、いやフォウナはそう言って微笑んだ。

「グリムというのは元々はあの黒鋼の鎧の名前なんですよ。

 私の家に代々伝わってきた物で、一族の血に反応し、魔力で自在に操ることができたのです」


フォウナの体調がだいぶ良くなったので、俺たちは近くの村を目指して歩いていた。

人里に出ることはかなりリスキーではあるのだが、急な逃亡だったので物資が心許ない。

フォウナの服はボロボロだったので、俺のマントを羽織ってもらっている有様だし。

やはり一度、きちんと身支度を整えなければ。

それに正体がバレないための秘策が一応はある。 あまり使いたい手ではないが。


空は澄み渡り、風もそよそよと気持ちいい。ここしばらく緊張の連続だったから良い気分転換になる。

俺たちは雑談を続けながら歩を進めた。


「なるほど鎧が四天王だったというわけか」

「そんな感じですね。 

 あの鎧で武勲を立てて四天王になったのは本当は私の父だったのです。

 ですが病死してしまい、以降は私が代わりを務めていました。

 そのことを知っているのは魔王様だけです」

「じゃあ大事な親の形見だったのか……

 すまない、俺を守るため壊すことになってしまった……」

「いえ、いいんです。鎧は守るためにあるのですから。

 それにちょっとだけ、ほっとしたんです……」

「どうして?」

「父は私に跡を継がせるために武術を教えてくれました。

 けれど、急に他界したせいで私が影武者を務めることになってしまい、以後ずっと父のふりをし続けてきたのです」

「……」

「これでやっと、グリムではなくフォウナとして生きることが出来ます。

 父だってそれを望んでくれるはず」

「いい話だねぇ……」


**********


一方その頃、勇者たち一行も名前の話をしていた。


「偽名、ですか?」

「そう。いつまでもエレーヌ様と呼んでいたら、誰かにお忍びの聖女様だってバレちゃうかもしれないだろ」

ふざけた調子でレオンが言う。

「ひっくり返してヌレェとかどうだ?」

「冗談は顔だけになさい!」

怒ったエレーヌがひっぱたこうとするのを軽くかわすレオン。

「おー怖い怖い。 聖女様は手が早いですねぇ。

 全然らしくないですよ。本当に聖女ですか~?」

「私、15歳までは聖女ではなく、普通の街娘でしたから。どちらかと言えば、こっちが素よ」


「まぁまぁ落ち着いて……」

セリナが二人の間に割って入る。

「けど、レオンの言うことは正しいと思います。 聖女様の安全のためにも偽名は必要ですね……

 何か自分で名乗りたい名前とかないのですか?」


「名乗りたい名前、ねぇ……」


しばらく思案するエレーヌ。

「まったく思いつきませんわ! こんなこと考えたことありませんでしたから」

無意味に胸を張るエレーヌにセリナはため息をつく。 そして気を取り直してウェインに声をかけた。

「ウェイン君は何か意見あるかな?」

「僕ですか?! 僕はですね、ティガと名乗りたいです! 昔の英雄の名前ですね!」

そんなウェインを鼻で笑うレオン。

「ば~か、お前に偽名なんかいらないだろ。有名でも何でもないんだから。聖女の偽名を考えろって言ってんの!」

「うぅ、ごめんなさい……」目に見えて凹むウェイン。

「ちょっと! 言い過ぎでしょレオン!

 ウェイン君、別に君も偽名を使ったっていいのよ」

「いいえ、レオン様の言う通りです。僕が偽名を使う必要なんてありませんから……」

「その通り! ウェインはウェインでいいのです! 呼び方を変えるなんて面倒ですわ!」

何故か笑うエレーヌ。さらに凹むウェイン。

セリナは頭を掻きむしりたい気持ちをぐっと堪えた。

(何なのよ、このパーティは! もう少し仲良くしてよ~!)

この先もこれが続くと思うと胃が痛くなるセリナであった。

「セリナさん、どうかしたのですか?」

心配そうな顔でウェインが聞いてくる。

(ああでも、ウェイン君は癒しよね……)

セリナは黙って微笑むとウェインの頭を撫でた。

ウェインも少し恥ずかしそうにしながらも今回は逃げなかった。



結局、偽名はチェスタに決まった。この辺りのルミナス教徒によくある名前だ。

「今から私はチェスタ。旅の僧侶チェスタですわ。よろしくて?」

「はい!チェスタ様!」「わかりました、チェスタさん。よろしくお願いしますね」「了解。 よろしく、チェスタ~」

「一人何かムカつく奴がいますけど、構いませんわ。 さぁ裏切り者を捕まえに行きましょう!」


**********


陽が落ちかけて薄暗くなり始める頃、俺とフォウナは村が見えるところに辿り着いた。

小さな村ではあったが、この辺りはまだ王都に近いため、きちんと警備の兵が常駐しているようだ。

しっかりとした防護柵に囲まれ、立派な門もある。


当然、俺が追放処分になった件も伝わっているんだろうなぁ……


ため息をつく。

でも仕方がない。

俺はフォウナに声をかける。

「予定通り、今夜はこの村に泊まりましょう」

「大丈夫ですか? 正体がバレて捕まったりしませんか?」

心配そうなフォウナ。

「なぁに、教えておいた手筈通りにやれば、絶対大丈夫さ。

 俺を信じなさいって」

俺は奥の手を準備する。

この手はあまり使いたくないのだが、念には念を入れた方がいい。


準備ができると、俺とフォウナは村の門へと向かうのだった。


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