ミッションインポッシブル
グリムを連れて、なんとか勇者レオンから逃げ出した俺は、小さな洞窟に身を隠していた。
枯草を集めて作った即席の寝床にグリムを寝かせ、俺は入り口付近で見張りをしている。
入り口は見つからないようにしっかりと偽装してある。こういう小技は得意なのだ。
感覚の鋭い野生動物にだって見つからない自信がある。
あの後すぐにグリムは俺に背負われたまま意識を失い、丸一日ほど寝たままだ。
死にかけていたグリムにはまだ安静が必要だ。
本当ならばちゃんとした治療所で診てもらうべきなのだが、追われている立場である以上、人里には近づけない。
これからどうしたらいいか。
悩み続けているが、結論は出ない。
冷たい岩の上に座り込んでぼんやりしていると頭の中にルミナスの囁き声が響く。
『もうすでに神託は真実になりました。
四天王も助けたことですし、いい加減にあきらめて、正しく裏切って魔王側に付くことをお勧めします』
こいつはまだ俺の事を監視している。
正しく裏切るってなんだよ……
俺はまだ、仲間を、人間を裏切る気はない。
これまで争ってきた相手に、そう簡単に尻尾を振ることはできない。
それに親友のレオンに勘違いされたままでいるのは御免だ。
そして一番の理由は酔っぱらいのクソ女神の戯言に人生を振り回されるのは嫌だからだ。
『クソ女神なんて本当に無礼ですね。 今に天罰を下しますよ……』
ぬあぁぁぁぁ! マジで癪に障るぅぅぅ‼
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それからほどなくしてグリムが目を覚ました。
「……ここは……?」
「ようやく目が覚めたか。
ここはただの洞穴だ。 ふかふかのベッドでなくて悪かったね」
「あなたは……
ああ、そうでしたね……」
ゆっくりと身を起こすグリム。
俺はカップに水を注いで渡す。
「飲むかい? ただの水だけどね」
グリムは「ありがとう」と短く礼を言うと、カップを受け取り一気に飲み干した。
特に掛ける言葉が見つからず、しばらく沈黙が続く。
前に目を覚ました時は、プロポーズだ何だと二人とも取り乱してしまったが、今は落ち着いている。
あんな恥ずかしいこと、とっとと忘れるに限る。
沈黙を破り、先に口を開いたのはグリムだった。
「まだ助けてくれた礼を言ってなかったですね。
すみません。恩に着ます」
丁寧に頭を下げてくる。
「ははは、助けるも何もケガさせたのはこっちだから。
礼を言われても困るね。
まったく何をしているのやら。 自分でもよくわからんよ」
笑う俺を見てグリムも笑顔を浮かべたが、すぐに真顔になった。
「私たちを攻撃しようとしたあの男、確かお前の仲間の勇者だと思ったのですが……
何故、仲間割れを?
まさか……私を助けたことが原因なのですか?」
美少女が、切なそうな潤んだ瞳で見つめてくる。
う、プロポーズの件を思い出してしまう。
恥ずかしくて思わず目を逸らしてしまう俺。
「えーっと……」
言葉に詰まる。何と答えればいいのだろうか。
今回の騒動の原因は女神様の酔っぱらい神託なわけだが、これは言っていい事なのか?
ルミナスは陰キャのヘタレだが、腐っても女神。
うかつなことをしたら本当に神罰を与えてくるかもしれない。
『私の失敗の事を話すのは当然禁止です。 許可いたしません。
なので、あなたの魂に“鍵”を掛けさせて貰いました。
関連事項を話そうとしても、それを口に出すことは出来ませんよ』
ルミナスが説明を入れてきた。
鍵を掛けたって? いつの間に?
試しに何か言ってみるか。
「実は女神ルミナスはかなり〇〇な〇〇〇でね、〇〇したあげく、〇〇〇な神託をしたんだ」
う、重要な部分だけ声が出ない。
「……? すみません、よく聞き取れませんでした。
女神の神託の話……?」
俺の意味不明な言葉にグリムが困ったように聞き返す。
『あなた、いきなり堂々と全部バラそうとしましたね……
鍵を掛けて正解でした。
なんか怒りを通り越して呆れてしまいます』
憮然とした声で説明するルミナス。
『あと、書くこともできませんよ。 ジェスチャーでも無理です。
鍵はあなたの“伝えようとする意思”に作用させていますから』
なんだそりゃ。 まるで呪いか何かのようだ。
思わず顔をしかめる。
『それと忠告ですが』
まだルミナスは言い足りないらしい。
『私の声はあなたにしか聞こえていませんから、周囲には気を付けるべきです。
顔に出すと変な人に思われますよ』
しまった。
露骨に嫌な顔をしてしまったので、グリムが目に見えてしょんぼりしている。
「すすすすまない、ちゃんと聞いてなくて悪かった。許してほしい……」
ああああああ! ルミナスめ‼ 全部お前のせいなんだぞ‼
俺はグリムに謝ってなだめた後、可能な範囲で説明を試みた。
「……それでは女神ルミナスから人間に、あなたが罪人であると神託が下ったというわけなのですね」
うんうん。
グリムの言葉にうなづく俺。
「そして、その罪とは人類に対する裏切り行為で……」
うん。
そういうことになってる。
「具体的には、四天王グリム、つまり私と通じていた、と……」
……うん。
間違ってはいない。
「でも私、あなたの事は知らなかったんですよね……
女神のした神託が間違ってるとは思え無いし、一体どういうことなんでしょう……
……あっ!」
突然、真っ赤になって俯くグリム。
小声でブツブツと何かを言っている。
「それって…… もしかして……
相思相あ……」
ぶんぶんぶん!
勢いよく首を振る。
「ははは、そんなことあるわけないじゃないですか、フィクションじゃあるまいし……」
何やら一人で勝手に納得してる様子。
「とりあえず、多少辻褄が合わない気もしますが、あなたが王国を裏切って魔王軍に加担し、私を助けたってことでいいのでしょうか……?」
俺は腕を組み、ちょっと悩む。
どう考えたってそういう事になってしまうよな……
グリムを助けたのが紛れもない事実である以上、魔王軍のスパイとか言われても言い逃れは出来ない。
畜生、同じスパイなら魔王軍に潜入する側が良かったのに……
ん……?
待てよ……。
魔王軍に潜入するスパイか!
突然のひらめきに思わず小躍りしそうになる。
そうだよ!この手があった!
この作戦ならば、問題は解決する。
俺はにっこり微笑んでグリムに言った。
「君の言う通りだ。
俺は人類を裏切って魔王軍に付くことに決めた。
だから魔王軍四天王である君を助けたのさ!」
グリムが目を丸くして俺を見る。
ちょっとわざとらしかったかな。
「そうですか。 わかりました」
大きく頷くグリム。
「私の命を救ったことは間違いないし、勇者が本気でお前を倒そうとしたのも事実。
あなたが魔王軍に加担したいというのは信じるに足ると判断します」
優しく微笑むグリム。
「ようこそ魔王軍へ。 我々はあなたを歓迎します」
よしっ!
心の中でガッツポーズを決める俺。
グリムには悪いが、うまくいきそうだ。
(ルミナス、俺の考えはわかっているな?)
『わかりますわ。 私があなたを追放したのも、あなたがグリムを助けたのも全て作戦。
実はグリムに裏切りを本当だと信じ込ませる為の大掛かりな罠で、本当の狙いはカイルをスパイとして魔王軍に送り込むことだった……というシナリオにするわけですね
これならば多分、皆が納得するでしょう』
(その通り! 名付けて二重スパイ作戦!)
『まぁ人間にしては悪くない考えですね……
うまくいったらそれで構わないですし、失敗したとしてもカイルは普通に裏切り者でしたってことで終わらせればいいですものね』
ウフフと嘲るように笑うルミナス。
『でも協力はしませんよ。様子を見させてもらいます。うまくいきそうなら、手を貸すかもしれませんが』
言ってろ! 絶対うまくやってやる。
スパイでもなんでもやり切って、汚名を返上してみせるぜ!
俺は固く誓うのであった。




